第4話 愛しさを力に変えて



 急に部屋の外が騒がしくなった。


「なんだ?」


 廊下に出ると、山本が四人の生徒に囲まれている。その腕には『生徒会支持者』という腕章が。


「おい、山本。お前、生徒会選挙に立候補するんだって?」


「まだ決めていない」


「とぼけんな。イェットの連中が騒いでるぞ」


 イェットとは、能力にまだ目覚めていない者のこと。エリート意識の高い一部の能力者が、揶揄する意図で使っている言葉だ。


 特にカプセルで隔絶されて以降、対立構図は顕著である。生徒会の支持層は多くが能力者で、中には能力ニカで学校の支配を目論む強硬派も存在する。


 だが、数の上では能力者は少数派。すなわち選挙では〝イェット〟の票が勝敗を大きく左右する。連中が山本に絡んでいる理由は、その点にあるようだ。


「仮に出ると言ったら、どうする?」


 山本の問いに、四人の中でリーダー格と思しき男がニヒルな笑みを浮かべる。


「無駄だからやめとけって忠告してやる。親切だろ?」


「忠告だけなら、そうかもしれないけど」


「ハハ、それはお前の態度次第だ」


 ニヒル顔の男が言うと、両脇に立つ男たちが体にオーラを纏わせた。俺は慌てて口を挟む。


「能力による暴行は厳罰。生徒会が定めたことだぞ」


「一般人のオッサンが出しゃばるなって」


「そうしたいが、それ以上やるつもりなら見過ごせない。実社会なら、キミらは犯罪者になってしまうんだぞ」


「ハア!? 能力者を裁ける法律がこの国にあるのかよ? ウゼェこと言ってっと、オッサンからやっちまうぞ!」


 あくまで、脅しているだけだとは思うが、さて、どうしたものか。


「ちょっと、待って!」


 その時、山本や俺の前に立ったのは荒岩滴。


「外に出なさいよ! 相手なら私がする!」



 場所を移動して、砂埃の舞うグラウンド。逆光となった夕日が荒岩の影を長く土の上に落としている。


 その前に二人の男が立つ。一人は棒状に硬化したオーラを右手に構える。青白く輝くオーラ・ロッドといった様相だ。もう一人は全身を黄色のオーラで包み込んでいる。どうやら、運動性向上の能力ニカらしい。


 一応は様々な能力者のデータを取っていた経験上、俺の目にはそれほど強い能力ニカとは映らなかった。


「荒岩、よせ!」


「平気。山本くんは、そこで見てて」


 荒岩は山本に言うと、険しい表情で対峙する二人を見据えた。


「待て――」


 尚も止めようとする山本の肩に、ポンと右手を置く。


「心配か?」


「当然です」


「それは、荒岩が酷い目にあうと思うから?」


「それもありますけど、その逆も」


「逆?」


「荒岩が本気で怒ったら、相手に大怪我をさせかねない。アイツ、とても優しいんです。そんなことになったら、自分だって傷つくに決まってる」


 山本の言葉から、深い思いやりが窺えた。だが、それは彼が誰に対しても優しい男だから。故に、山本は生徒会候補に推されようとしている。


 荒岩滴の想いには、やはり気づいていないようだった。


「たぶん、その心配はいらないぞ」


「どうして?」


「なぜなら、荒岩は怒りで戦うわけではない」


 愛しい人を守るため、と。そこまで言っては無粋だろう。


「やれ!」


 ニヒル顔の号令がかかり、二人の手下が動き出す。先にオーラ・ロッドを振りかざす男が、荒岩に迫った。


 ビュッ! ガシッ!


 剣道の面打ちのように振り下ろされたロッドを、荒岩は紅いオーラを纏った左手で難なく受け止めている。だが、そこにもう一人の男が、素早い動きで襲いかかった。


「危ないっ!」


 山本の見守る先で、腹部に蹴りを受けた荒岩の体が、くの字になって弾き飛んでいく――が。


 ザザッ――!


 両足を滑らせながらも踏ん張り、荒岩は叫びを上げて高く飛び上がった。


「よけてっ!」


 唖然と立ち竦む二人に向かって、上空から荒岩が深紅の拳を振り下ろす。


 ズガッーン!


 爆発のエフェクトのように、辺りには砂塵が舞う。それが晴れると、グラウンドには直径三メートルのクレータが穿たれていた。


 荒岩の一撃のすさまじさを目の当たりにし、クレーターの脇に二人の男がペタンと尻もちをついた。どうやら戦意消失のようだ。


「荒岩、大丈夫か?」


 山本が荒岩の傍に駆け寄った、その時である。二人の元に迫ったのは、真っ白な尾を引いた球体。それを放ったのは、ニヒル顔の隣に控えていた男。


「アイツ、野球の――!」


 ニット帽を目深に被っていたから気がつけなかった。投じられた白球は、目にも止まらぬ速さで山本へと迫っていく。


 その前に立ち、荒岩が叫んだ。


「私が、守る!」


 ビキビキッ!


 白い剛球と紅い拳のぶつかり合いは拮抗。だが、髪とスカートを靡かせながら、荒岩は気合の叫びを轟かせた。


「うわあああああぁっ!」


 オーラの均衡が、轟音と共に弾ける。


「うっ……!」


 激しい耳鳴りに、耳を塞いだ。


 勝負は、荒岩が白球を破裂させることで一応の決着をみる。


「ま、今日は挨拶代わりなんで」


 ニヒル顔は言うと、あっさりと引き上げていく。


「!」


 その際、ニット帽の男が俺の方をちらりと見やったが、すぐに振り返った。なんとも言えない、やるせなさが心に残る。



 保健室に戻ると、俺と荒岩は山本をベッドの上に寝かせた。強烈なオーラのぶつかり合いの拍子、間近にいたショックで倒れてしまったのである。


「せ、先生……」


「大丈夫だ。気を失っているだけだろう」


 心配そうに山本を見守っている荒岩に、聞いた。


「荒岩がきゅっとしたい相手は、優しい奴みたいだな」


「はい……とっても」


「だったらそいつは、きっと一緒になって悩んでくれる」


「え?」


「だからまずは、相手をちゃんと振り向かせないとな」


 それを聞いた荒岩滴は、じっと考えた後で言った。


「今はとにかく守ってあげたい。私の、この愛しさを力に変えて」


「そうだな。それがいい」


 清々しい気分を残し、荒岩は一旦保健室を後にした。それから十分後。


「うーん……」


 山本がは目を覚まし、自分が倒れた理由をしると呆れたように言った。


「やっぱ、荒岩が本気で怒るととんでもないな」


「怒り、ではないと思うが」


「じゃあ、どうしてアイツ?」


「いいから。これからは荒岩のことを、よく見てやれ。そうすれば必ずわかるよ」


「?」


 山本は不思議そうに、俺の顔を見た。


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