第3話 能力者はかく悩む



 相談にきている荒岩滴に聞く。


「荒岩は、自分の能力ニカが嫌いか?」


「嫌いというか、怖い」


「どんな風に?」


 荒岩は夕陽を眺めながら、ポツリと言う。


「好きな人がいたら、きゅっ、って。したくなるじゃないですか」


「きゅっ、とは――つまり、抱きしめたくなると?」


 荒岩の顔が、急激に真っ赤になった。


「たたたっ、たとえばの話ですけどっ!」


 それから自らを落ち着けるように、ふっとため息を吐く。


「私の力でそんなことしたら、相手はどうなっちゃうのかなって……そんな風に想像すると、怖いんです」


「そうか……」


「がっ、学校が大変な時に、好きな人とかで悩むの変かもしれないけど」


「いや、そんなことはないぞ」


 彼女の将来にとっては、確かに重大な問題。特に思春期のこの子にとっては。


 多くの能力者は、自らが得た特別な力を誇らしく思うもの。だが中には、能力なんか使えない方がいいと思う者だっている。この前、相談にきた男子生徒もそうだった。


 彼は中学時代野球部のエースで、高校へ進学後は全国大会で活躍をし、やがてはプロになることを夢見ていた。地元の強豪校への入学は内定していたという。


 だが、彼の望みは叶わなかった。判別テストで能力者判定とされた者は、当学校への入学を拒むことはできない。能力至上主義のこの学校において、彼と共に野球をしようという者は皆無だった。仮に部を作ったとしても、対外試合が認められるはずもない。


 それでも腐らずに、彼は一人黙々と投球練習に打ち込んだ。いつかプロになると、その想いを胸に秘めて。だが皮肉にも、そのひたむきさこそが不幸を生む。投球練習を続ける日々の中で、彼は能力ニカに目覚めてしまったのだ。


 能力ニカが覚醒するパターンにはいくつか種類があるが、その中で鍛錬型というのがある。彼の場合、速い球を投げたいという強い想いで継続した訓練が、覚醒の呼び水となったのだ。


 彼は俺の前で、一球だけ全力投球をしてみせた。グラウンドから校舎裏の山に向かって投じられた球は真っ白なオーラの糸を引き、数百メートル先の林の中へと消えた。


 直後、ズンと大きな地鳴りがして、大木が一本倒れた。


「全力で投げると、こうなってしまうんです」


 彼は口元に涼し気な笑みさえ浮かべ、淡々と話した。


「こんな球、プロにだって打つのは無理です。インチキだから」


「インチキって……キミ自身の力だろう?」


「同じことですよ。打てないし捕れないし、なにより危険。この力がある限り、僕はプロになんてなれないんです」


「……」


「確かに少しでも速い球を投げようと、毎日練習してきました。だけど、こんな滅茶苦茶な力を望んだわけじゃない。僕は只、普通に野球がやりたかっただけ……」


 無念そうにそう話した彼に、俺はかけるべき言葉がみつけられなかった。能力に覚醒したことで、皮肉にも彼の夢は遠のいたのだ。


 彼や荒岩滴のように、能力について人知れず悩みも抱えている者も決して少なくない。果たして俺は、どう力になってやればいいのか。自問する毎日だ。


 ノックの音がして「ちょっと、いいですか」と、一人の男子生徒が保健室に顔を覗かせた。さっき話題に出た山本一矢だった。俺も以前から見知った顔だが、その登場に真っ先に反応したのは荒岩の方だった。


「や、山本くん? どうして、ここに?」


「荒岩こそ、具合でも悪いのか?」


「もしかして……私のこと心配で?」


「いや、別に。俺の方も、先生に用があったから」


「あ、そう!」


 荒岩はあからさまに不機嫌な顔をした。


「お、おい……怒るなよ」


「怒ってなんかなぁい!」


 荒岩はそう言うと、手をかけたまま膝の上に置いていた握力計のグリップを、ぎゅっ、と握り込んだ。


 すると――バキッ!


 鈍い音がして、握力計は二度と測定ができないまでに破壊。それを見た山本は、「あーあ」と手で目元を覆った。


「ご、ごめんなさい……」


 当の荒岩は恥ずかしそうにしゅんと頭を下げる。山本の反応から察すると、こんなことが日常茶飯事なのかもしれない。二人の様子を見て、他にも察することがあった。


 山本に言う。


「用ってなんだ?」


「あ、ええ……個人的な普通の相談ですが」


「そうか」


 次は荒岩に。


「荒岩も第七寮だったのか?」


「はい……すいません」


「どうして謝る?」


「だって……」


 第七寮とは、この学内で最も小さな学生寮。第六寮までが数十名から百名ほどの生徒が暮らすのに対し、第七寮は十名足らずで、寮といっても寮母や世話人が常駐するわけでもない。


 カプセル内壁の際にある古い民宿の跡地に、彼らが勝手に住み着いた――否、そうせざるを得なかった、という方が正しいだろう。


 第七寮のことを心ない者は「要介護能力者の吹き溜まり」と揶揄する。能力者の中には、能力ニカを発現することで他人に迷惑を及ぼしてしまう場合がある。もちろん故意ではなく、力の制御ができないのだ。そんな能力者が追いやられたのが、第七寮。


 そこで世話を買って出たのが、この山本一矢である。ちなみに山本自身は、まだ能力ニカに覚醒してはいない。


「山本、今は荒岩と話している。悪いが、しばらく外で待っていてくれないか」


「そうですね。わかりました」


 山本は出ていく前に、荒岩の横顔をちらりと見やる。彼にしてみれば、なんで俺に黙って相談にきたのか、とでも言いたげ。彼女の悩みの根幹に、自分が関わっているとは自覚してないようだ。


「……」


 荒岩は上気した顔を下に向けたまま、じっと黙っている。たぶん、否、間違いないだろう。彼女が「きゅっ」としたい相手は、どうやら山本のようだ。


 本来なら少女の恋バナに、俺のようなオジサンが口を挟むのはお門違い。だが、彼女の悩みは深くその能力ニカに関わっている。


「す……好きな人のことを、想った時に」


 荒岩は唐突に言った。


「ん?」


「いえ、怒った時もそうですけど。それ以上に能力が発揮されるのは……恥ずかしい言い方だけど、胸がキュンとした時なんです」


 すなわち恋しい気持ちこそが、彼女の能力の最大のキーということ。


「それで、私……すごく悩んでいて」


 荒岩は山本の待つ、廊下の方を眺めた。恋する乙女を前に、俺は頭を掻く。


 将来、荒岩が誰か(仮に山本)と結婚した場合、感情が昂る度に、怪力が発揮されては生活が儘ならないのは確かだろう。彼女が危惧するように、感情にまかせて抱きしめれば、その相手は……。


 能力の制御か感情の制御か、あるいはその両面? 俺ができそうなアドバイスは、結局はその程度か。だが、彼女がいかに訓練を重ねても、能力を完全に制御できる保証なんてない。更には単に秘めるというならともかく、感情それ自体を制御するなんて、大人の俺だって不可能だ。


 野球の彼の場合と同様、俺はまた無力感に苛まれようとしている。


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