川口直人 22
その日は結局先輩達にピエールマルコリーニのチョコを渡す事で、加藤さんの手作りチョコは死守する事が出来た。
そして今、家路につきながら加藤さんの事を考えていた。
「楽しみだな…帰宅したらじっくり味わってチョコを頂くことにしよう…」
そしてふと思った。これが…本命チョコだったらどんなにか良かったのに―と。
****
シャワーを浴び、すっきりしたところで俺は加藤さんからの手作りチョコを開封した。
「どれどれ…」
早速一口かじってみる。
「…美味しい」
本当に美味しいチョコだった。本来なら味わって食べるつもりでいたのに…気付けばあっと言う間に無くなってしまった。
「これだけお菓子を上手に作れるんだから…きっと料理も得意なんだろうな…」
俺は料理を作るのは好きな方だし、上手な方だと思っている。友人に作って食べさせた事もあるし、付き合ってきた女性には全員に手料理を食べさせてきた。自分が料理をするせいだからだろう。今までの俺は誰かに料理を食べさせて貰いたいと思ったことは無かったのだが…。
「一度でもいいから…加藤さんの手料理を味わってみたいな…」
そして帰り際コンビニで買って来た便箋と封筒をリュックから取り出すと、簡単な手紙を書いた。
『チョコレートありがとう。とても美味しかった。 川口』
「…これだけでいいかな…?」
本当なら手紙では無く、電話やメールで加藤さんにお礼を言いたかった。けれど、警戒されているのか、それとも俺の事など眼中にないのか、連絡先を渡したものの加藤さんからは一度も連絡が入ってこなかった。
「俺って…彼女にとって…迷惑な存在なのかな…?」
そう思うと、胸が痛くなった。何故だろう…?彼女とはあまり一緒の時間を過ごした事は愚か、話もあまりしたことが無いのに、どうしてこんなに加藤さんの事を好きになっていたのだろう?自分で自分の気持ちが分らなかった。
「明日の朝…出勤前にポストに入れるか…」
そして残り物のご飯で手早くチャーハンを作り、即席スープで晩ご飯を食べた―。
****
加藤さんに会えない日が10日程続いていた。…彼女に会いたい。だけど、一向に連絡は来ない。ポストに投函した手紙は読んでいるはずなのに…。やはり俺の存在は迷惑でしかなかったのだろうか…?こんな中途半端な状態で過ごすくらいなら、いっそのこと告白して、すっぱり振られてしまったほうが楽になれるのだろうか…?
「酒でも買って帰るか…」
仕事帰り、駅前のスーパーに立ち寄った時…何て嬉しい偶然なのだろう。加藤さんとアルコール売り場でばったり出会った。
「「あ」」
2人で顔を合わせ、同時に声を上げた。加藤さんは缶チューハイの棚の前にいた。
「こんばんは、偶然だね」
何食わぬ顔で挨拶するが、俺の心臓は煩い位にドキドキなっていた。
「う、うん。こんばんは。今仕事帰りなの?」
加藤さんはアルコール売り場で会ったことが恥ずかしいのか、うつむき加減で返事をする。でも…俺のことを尋ねてくれている。それが嬉しかった。
「ああ、そうなんだ。何かアルコールとつまみでも買って宅飲みでもしようかと思っていたんだ。ちょうど明日は仕事が休みだし」
「そうなんだ…偶然だね。私も明日は仕事が休みだから…。それじゃまたね」
え?加藤さんも明日、休み?すごい!何て偶然なのだろう。しかし、加藤さんは何故かアルコールを買わずに立ち去ろうとする。
「待って」
「何?」
「アルコール…買って帰らないの?」
「あ、そ・そうだね…でもまたでいいかなと思って」
「それならさ、どこかで2人で居酒屋に行こうよ。安くて旨い焼き鳥屋がこの近くにあるんだ。加藤さんは焼き鳥好き?」
この際だ、駄目もとで誘ってみよう。
「う、うん…好き…だけど…」
「よし、なら決まりだな」
レジカゴに入れた品物を全て棚に戻し、出口に向かって歩き出す。
「え、ちょ・ちょっと待って。私まだ行くとは…」
加藤さんが後ろから追いすがってくるのは分かっていた。…ごめん。
「あの、川口さん。私は…」
「この間のバレンタインのお返し…させてよ」
振り向くと、俺は真剣な目で加藤さんを見つめた―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます