川口直人 21
加藤さんが戸惑った瞳で俺を見ている。自分でも図々しいお願いをしているのは十分承知していた。でも、それでも彼女の作った手作りチョコレートを食べて見たかった。
「わ、分かりました…。作ります」
加藤さんは頷いてくれた。
「本当?嬉しいな」
笑顔で答えるも、次の言葉で再び落ち込むことになる。
「それじゃ、明日の朝川口さんのポストに入れておきますね」
「え…?そうか…ポストに…」
ひょっとして…図々しいお願いをしてしまった為に避けられてしまったのだろうか?
「川口さん?」
加藤さんが心配そうな顔で俺を見ている。
「あ、いや。何でもない。それじゃ明日楽しみにしてるよ」
いつの間にか、もうマンションの前に来ていた。そこで紙袋を返すと加藤さんが言った。
「ありがとうございます。ここまで持ってきていただいて」
「うん。それじゃまたね」
「はい、おやすみなさい」
2人でマンションの前で別れて、別々の部屋へ帰っていく。それが何とも言えず虚しかった。ここで俺と加藤さんが恋人同士だったら、どちらかの部屋へ上がって…彼女がバレンタインのチョコを作っている姿を見る事が出来たのに…。
俺は溜息をつきながら、マンションの部屋の鍵を開けた―。
****
翌朝―
出勤する前にさり気なくポストを覗いてみると、既に紙包みが入っている。
「ま、まさか…もう入れてくれたのか?」
はやる気持ちを抑え、ポストからと紙包みを取り出して早速中身を取り出した。
「これは…チョコレートバー…?」
手作りチョコなんて貰ったのは初めてだった。過去に付き合って来た女性達から貰ったバレンタインチョコは全て市販品ばかりだった。加藤さんから…たとえ、無理を言って作って貰ったチョコだとしても…嬉しかった。
「…ありがとう」
小さく呟くと、リュックの中に手作りチョコをしまい、幸せな気分で仕事場へ向かった―。
****
昼休み―
休憩室でコンビニで買って来た弁当を広げて食べていると、先輩たちがぞろぞろと戻って来た。
「あ、お疲れ様です」
声を掛けると、次々と先輩達から「お疲れ様」の言葉が返って来る。
そしてそれぞれ弁当を広げると賑やかな会話が始まった。
「ふぅ~今日はハードだったな」
「ああ。早く飯食おうぜ」
「そう言えば今日、バレンタインだったな」
「誰かしらチョコくれないかな~なぁ。川口」
「え?」
不意に先輩に話をふられた俺は驚いて顔を上げた。
「何だ?川口がどうしたんだ?」
「こいつ、今日の客の奥さんからチョコ貰ったんだぜ?」
「よ、マダムキラー!」
「顔がいい奴は得だよな~」
次々と先輩たちがからかってくる。
「よして下さいよ。人聞きの悪い…」
俺は先輩たちの言葉を聞き流し、生姜焼き肉弁当を食べ終えた。すると1人の先輩が言った。
「なぁなぁ。どんなチョコ貰ったんだよ。その人妻から」
…嫌な言い方をする先輩だ。仕方なしにリュックから本日引っ越し先の奥さんから貰ったチョコを取り出した…その時に加藤さんがくれたチョコが一緒に出てしまった。
「へ~すっごいじゃないか!ピエールマルコリーニじゃないか!」
「何だ?それ有名なのか?」
「いや、知らん。ただそう書いてあっただけだ」
「何だ。知ったかぶりかよ」
勝手な事ばかり言ってる先輩たちの一人が加藤さんが作ってくれたチョコに目を付けた。
「あ?何だ。それもチョコか?」
そして取り上げてしまった。
「あ!駄目ですよっ!そのチョコはっ!」
慌てて先輩からひったくった。
その結果…
俺は大いに先輩達にからかわれる羽目になるのだった―。
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