亮平 30

 鈴音は車から降りると川口と一緒に行ってしまった。俺は何も出来ずにその様子を車の中で見送り…ズキズキするほどの胸の痛みに苦しんでいた。


 女々しい男だと思われてもいい。俺は鈴音の状況が知りたかった…。


 自分の部屋で何度電話を入れても鈴音は出ない。メールを入れても返信がない…。頭の中では鈴音と川口が一緒にいる様子が浮かんでしようがない。

いや、落ち着け…鈴音は今度川口に告白されたら付き合うかもしれないと言っていたが…そんなのはきっと口先だけだ。そうに決まっている…。

だけど…?もし2人が恋人同士になったら俺は冷静でいられるのだろうか?


 結局、この日は一睡もすることが出来なかった…。




 翌朝―


「とうとう…夜明けになってしまったな…」


部屋の時計を見た。

5時…。

いてもたってもいられず、俺は非常識な時間とは分かっていたが、再び鈴音の電話番号をタップした。


トゥルルルル…

トゥルルルル…


10コール鳴っても鈴音は出ない。仕方ない…また後で掛けるか…。


7時になった。俺はすぐに鈴音に電話を入れると今度は通話中の音が聞こえてきた。通話中…?それじゃ、やっぱり鈴音は川口とは一緒にいなかったのか?僅かな希望を持ちつつ、俺は一度電話を切った。


「5分後にもう一度掛けてみるか…」


誰に言うともなしに、俺はポツリと言った。そして、5分後…俺は打ちのめされる事になる―。



****


『私、川口さんと…ううん、直人さんと昨夜恋人同士になったの。正式に』


受話器越しから鈴音の声が聞こえてくる。え?何だって今…川口じゃなくて直人って言ったのか?俺の聞き間違いじゃないだろうな…?


「鈴音…昨夜正式に恋人同士になったって…?」


声が震える。鈴音に動揺を悟られていないだろうか?


『言葉通りの意味だよ』


鈴音の淡々とした声が受話器から聞こえてくる。ま、まさか…昨夜正式に恋人同士って…。


「それって…ひょっとして…?」 


頼む…嘘だと言ってくれ…!


『そ、そんな事言わなくたって分かるよね?!私たちは子供じゃない。大人なんだから。大人には大人のお付き合いの仕方があるでしょうっ?!』


途端に俺の脳裏にベッドで抱き合う鈴音と川口の姿が脳裏に浮かんだ。一瞬で身体がカッと熱くなる。それと同時に激しい嫉妬と川口に対する激しい怒りがこみ上げてきた。


「…っ!あいつ、何って手が早い男なんだ!しかも鈴音は交通事故で退院して間もないってのに…!お前に無理させたのかっ?!俺言ったよな?情に流されて…軽々しく付き合ったりするんじゃないぞって!なのに簡単に…関係を…」


自分でとんでも無いことを口走っているのは分かっていたけど、止めることが出来なかった。結果鈴音を怒らせてしまい…その後も会話を重ねたが最終的に鈴音は電話を切ってしまった。


彼を待たせたくないから電話を切ると言って…。



 いても立ってもいられなくなった俺はどんな口実でもいいから鈴音の近くへ行きたかった。そこで忍の元へ行き、鈴音が忘れていったPASMOを取りに行った。忍は驚いた顔を見せたが、すぐにPASMOを手渡してくれた。


「ありがとう、忍さん」


すると忍が神妙な顔をして俺に尋ねてきた。


「亮平君…。ひょっとして鈴音ちゃんの事…好きなの?」


「え?!」


その言葉にドキリとした。


「な、何故…?」


すると忍は笑みを浮かべると言った。


「あんなに分かりやすい態度を取っていれば誰だって分かるわよ。尤も肝心な鈴音ちゃんは全くその事に気付いていないみたいだけどね?」


「…」


俺は何と返事をすれば良いか分からず、押し黙ってしまった。


「…頑張ってね」


忍が俺に言う。


「はい!」


忍に勇気付けられ、俺は鈴音のマンションへ向かった。


会えないのは分かっていたが―。




 






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