亮平 29
俺は忍のリハビリを兼ねて3人で日帰りで出掛ける計画を立てていた。折角鈴音と忍の3人で高尾山に行けると思ったのに、鈴音は断りを入れてきたのだ。2人だけで行ってきてくれと言われた時は正直かなりショックだった。鈴音…そんなに俺と忍を恋人同士にしたいのか?俺はもう忍の事は何とも思っていないのに?俺が好きなのは鈴音なのに、少しも俺の気持ちに気付いてくれない。もう気持ちが萎えそうだった。だけど、俺が忍と親しげにしていると鈴音は満足そうにその姿を見ている。
鈴音が俺と忍が仲良くしている姿を見ていたいと望むなら…俺は鈴音の前では忍と恋人同士のふりをしても構わない…。いつしかそう思うようになっていた―。
そして俺は鈴音が立てた計画通りに忍と一緒に高尾山へ行った…。
****
20時―
俺は鈴音が代理店から出てくるのを店の外で待っていた。手には高尾山で買ってきた鈴音へのお土産が握りしめられている。
「まだかな、鈴音…」
その時、社員通用口から男がふらりと出てきた。その人物は…。
「あ、お前は…!加藤さんの幼馴染の…!」
男は俺を見ると顔色を変えた。そして敵意むき出しの目で俺を見つめてくる。
「何だよ。俺がここにいたら悪いのか?」
俺も負けじと男を睨みつけていると、そこへ鈴音が現れた。
「井上君。お待たせ…え?」
鈴音は俺と井上という男を素早く見ると、間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと亮平!何してるのよっ!」
その言葉に苛立ちが募る。何故鈴音は俺を責める言い方をするんだ?
「あ…加藤さん。俺が店の前で待っていたらいきなりこの男が現れたんだよ」
井上が鈴音を見た。その顔は口元が緩み、目が笑っていた。こいつ…!露骨な表情を鈴音に向けやがって!鈴音は何故ここにやってきたのかを尋ねてきた。だから俺は鈴音に渡したいものがある事と迎えに来たことを告げると、うつむいてしまった。
何故だ?何故そんな風に困ったような態度を取るんだ?俺がここに来るのは…嫌だったのか?
「加藤さん、大丈夫か?」
すると井上が鈴音に触れようとした。
「おい!勝手に鈴音に触るな!」
思わず叫ぶと鈴音が強い口調で言った。
「いい加減にして!亮平っ!」
「鈴音…。俺はただ…ただの同僚が勝手にお前に触ろうとしたから…」
鈴音に叱責されて声が震えてしまった。
「それを言うなら亮平だってただの幼馴染でしょっ!」
「!」
その言葉に俺はズキリと胸が傷んだ。そうだ…確かに俺は鈴音にとってはただの幼馴染…だけど…!
そんな俺達の様子を見ていた井上が珍しく気を利かせて鈴音に俺と一緒に帰るように進言してくれた―。
****
気まずい車内の中、鈴音は車内で川口と電話で会話をしていた。その顔は笑顔で…とても楽しそうに見えた。
そして…。
「ううん。駅前で待っていてくれると助かるかな」
じゃあねと小さな声で鈴音は言って、電話を切るとハンドルを握っている俺を見た。
「亮平…駅前で降ろしてくれる?」
「…分かったよ…」
俺は、そう応えるしか無かった。
やがて俺の運転する車は新小岩駅に到着した。鈴音が車から降りる時…俺はダメ元で必死で鈴音に目で訴えた。
俺はお前が好きだ!と…。鈴音が狼狽した様子で俺を見ている。…ひょっとすると俺の気持ちが通じたのか?なのに鈴音は俺の腕を振り払って車から降りようとする。
駄目だ!行かないでくれ!
気づけば俺は鈴音の腕を掴んでいた。
「鈴音…!」
「な?何…?」
鈴音が怯えた様子で俺を見る。
「土産…忘れてる」
「え?あ、お、土産ね…?」
俺は無言で鈴音に土産を渡し…少しだけ会話すると逃げるように車でその場を走り去った。…見たくなかったからだ。鈴音が川口の元へ行く姿を見るのが…。
そして鈴音はその夜、川口と恋人同士になってしまった―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます