亮平 4
12月も半ばの土曜日―
世間はクリスマス一色に染まっていた。
「もう、こんな季節か…」
俺は今、錦糸町のカフェに来ていた。店内はクリスマスソングが流れ、店内には大きなクリスマスツリーが飾られている。テーブルの上に置いたスマホをグッと握りしめて、今までの事を振り返った―。
この半年…俺の心はもう限界だった。鈴音と全く連絡が取れなくなってしまったことでさえ辛いのに、そこへ追い打ちを掛けるような出来事ばかりが俺を襲った。
3ヶ月ほど前についに忍の婚約者をひき逃げした男が捕まった。その知らせが忍の元に届いてから…ますます忍の精神状態が酷くなってしまったのだ。些細な事で泣いたり、叫んだり…手がつけられなくなっていった。俺は忍をすっかり持て余していた。このすがりついてくる手を振り払いたいと何度思ったことか。しかし、忍を捨てたいと思うたびに、もう1人の自分がそれを引き止める。
いいのか?忍はお前の大切な恋人だろう…?と―。
その声が聞こえてくるたびに俺は自分に言い聞かせる。
そうだ、馬鹿な事を考えるな。俺にとって一番大切なのは忍だ。そして鈴音は忍を捨てた悪い妹だと訴えてくる。
違うっ!
捨てられたのは鈴音だっ!あの時、鈴音は泣きながら俺に訴えたじゃないか。忍から今すぐに出ていって欲しいと言われから家を出たのだと…!何故鈴音を信じられない?おかしいのはむしろ忍の方なんじゃないか?その証拠に忍は俺のことを『進』と呼ぶじゃないか…。
「鈴音…俺を…忍を助けてくれ…」
祈るような気持ちで俺はスマホをタップした―。
****
俺からの電話を鈴音はひどく驚いていた。最初鈴音は俺と会うことを拒否してきたが、必死な訴えが功を奏したのか誘いを受けてくれて、俺の今いるカフェに来てくれることになった。
鈴音…もうすぐお前に会えるんだな…。
はやる気持ちを抑えていると、不意に手元のスマホに着信が入ってきた。ひょっとして鈴音からか?
スマホをタップして次の瞬間、暗い気持ちになってしまった。メールの相手は忍からだったのだ。
そこには今、何処にいるのか、早く帰ってきて欲しいと切実に訴えてくる内容が羅列されている。
忍…。
うんざりしながらため息をついて返信しようとしたその時―
「お待たせ」
不意に声を掛けられ、顔を上げた。そこには鈴音が立っていた。見違えるほど綺麗になった姿で―。
思わず声を掛けるのを忘れていると、鈴音が首をかしげて俺を見た。
「鈴音…悪かったな。いきなり来てしまって…」
「いいよ、別に…」
鈴音は硬い表情で言うと、俺の向かい側に座った。
実に、半年ぶりの再会だった―。
****
鈴音との些細な会話…でも俺にとってはかけがえのない時間だった。やっぱり忍といるよりも鈴音といるほうが、ずっと心が安らぐ。本当に何故俺は忍と恋人同士になっているのだろう?どうせ恋人になるなら…。
鈴音の方をちらりと見ると、キャラメルマキアートを美味しそうに飲んでいる。
鈴音…
その時―。
無常にも俺のスマホが鳴り響いた。その相手は…忍からだった。この電話…出ないわけにはいかない。俺はやむを得ずスマホを手に取り、受話器をタップした。
「もしもし」
途端にヒステリックにまくし立てる忍の声が受話器から聞こえた。
『進?!何処にいるのっ?!私のそばから離れないでってあれほどお願いしたじゃない!まさか…鈴音と一緒じゃないでしょうねっ?!』
受話器越しの忍の声は…泣き声だった。鈴音の手前、一刻も早く電話を切りたかった俺は一生懸命忍をなだめた。最初は興奮しまくっていた忍だったが…ようやく落ち着きを取り戻したのか、最後に忍が言った。
『わ、分かったわ…。早く帰ってきてね…愛してるわ。進』
愛してる…。今の俺にはそんな台詞は言えなかった。俺は忍を愛しているのか…?
向かい側に座る鈴音をチラリと見ながら言った。
「…うん。俺も…好きだよ。忍」
その時、鈴音の顔に…驚きと悲しみが浮かんで見えた―。
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