第20章 13 今年のバレンタインは
2月13日―
私は1人、マンションで明日のバレンタインの為のチョコを作っていた。
チョコレートの甘い匂いを嗅ぎながら、湯せんでチョコとバターを溶かす作業をしながら思った。
明日…いよいよ直人さんは‥常盤商事の…恵利さんと結婚するんだ…。きっと彼も出席するんだろうな…。
ファミレスの彼が川口さんの弟だったという事実を知ってから、私は一切ファミレスには寄らなくなった。亮平からはどうしてあの店に入らないのだと何回か問い詰められたことはあったけれども、『何となく飽きたから』と適当な言葉を言ってごまかしていた。
「直人さん…明日は結婚式だから‥今頃は忙しくしているんだろうな…」
直人さんの事は諦めがついていたはずなのに…明日、結婚式だと思うとどうにもやるせない気持ちが込み上げて来る…。
「ううん、駄目駄目!私は直人さんが幸せになることを祈るって決めたんだから!」
首をブンブン振って、直人さんの事を無理に頭から追い出し、バレンタインチョコ作りを続けた―。
****
翌日―
早番で出勤してきた私は小さな紙袋に入れたチョコに自分の名前と『ほんの気持ちです』と書いたメモを添えて社員全員の机の上に置いておいた。今日は朝から駅前でビラ配りだったから遅番の人にチョコを渡せないと思ったから。
「おはようございまーす」
代理店の開店準備をしていると女の先輩が出勤してきた。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、加藤さん。あら?これって…」
先輩の顔が嬉しそうに笑っている。
「はい、ほんの気持ちです。バレンタインですから」
「ありがとう!お昼休みに早速頂くわ」
先輩は嬉しそうにチョコを引き出しにしまった。フフフ…誰かに喜んでもらえるのって嬉しい。だから毎年のバレンタインのチョコ作り、やめられないんだよね。先輩の笑顔で少し元気が貰えた気がする。今日はチラシ配り頑張ろう。
私は心に決めた―。
午前10時半―
「よろしくお願いします」
駅前を歩く人たちにチラシを配っていると、井上君がこちらへ向かって駆け寄ってくる姿が目に入った。
「はー…はー…」
私の前で止り、肩で息をしながら井上君が言った。
「お、お早う…加藤さん…」
「うん、おはよう。大丈夫?ひょっとしてここまでずっと走って来たの?」
ビラを持ちながら井上君に尋ねた。
「勿論。早くチョコのお礼を言いたかったからね」
その言葉に笑ってしまった。
「大げさだな~…たったあれだけの事なのに」
「そんな事はないよ、少なくても俺にとってはね」
大真面目に言う井上君だけど、急に真顔になると言った。
「あ、あのさ…遅番と早番で退勤時間が違うけど…良かったら今夜、2人で飲みに行かないかな?」
「う~ん…ごめんね、無理なんだ」
私は井上君に謝った。
「ええっ?!ま、まさかの即答っ?!ひょ、ひょっとしてバレンタインだからデートとか…?」
「え?違うよ。幼馴染に姉の分のチョコも渡す為に駅の改札で待ち合わせしてるんだよ」
「幼馴染って…例の…あいつ?」
きっと井上君は亮平の事が気にくわないんだろうな。
「うん、そうなの。毎年作って渡していたから今年もね」
「そっか…なら仕方ないか…」
井上君は頭を掻いている。
「ごめんね」
「いや、いいよ。別に謝らなくても…よし、俺もチラシ配りに行ってこようかな!」
井上君は肩から下げた紙バッグを抱え直した。
「うん。行ってらっしゃい」
「ああ、またな」
井上君は手を振ると私の立っている駅前とは反対方向に向かって歩きだして行った。
「さて、続き続き」
そして再び私はチラシ配りを再開した…。
夜7時―
私は改札で亮平が出て来るのを待っていた。それにしても今日が忙しい日で良かった…。そうでなければ1日、直人さんの事を考えてしまいそうになっていたから。きっと今頃は結婚式が終わって…恵利さんと2人で部屋で過ごしているか、2人で食事でもしているのかもしれない。それとも太田先輩の考えたプランで新婚旅行に…?
その時―
「お待たせ、鈴音」
「あ、亮平。はい、これバレンタインのチョコだよ」
改札越しに亮平に紙袋に入ったチョコを手渡した。
「悪いな。それで今年はどんなチョコなんだ?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。今年はガトー・ショコラにしてみたのよ?お姉ちゃんと2人で食べてね」
「おお、それは旨そうだな。よし、それじゃ行くか」
「え?行くって何所へ?」
亮平はPASMOをタップして改札から出てしまった。
「何所って…決まってるだろ?腹ペコなんだよ。何処かで飯でも食って帰ろうぜ。いや…居酒屋でもいいかな?明日は土曜日で仕事は休みだしな…」
亮平がブツブツ言っている。
「いやいや、ちょっと待ってよ。亮平は明日休みだからいいかもしれないけど、私は明日も出勤なんだからね?それにバレンタインなんだからお姉ちゃんと一緒にいないでどうするのよ」
「いや、忍が言ったんだよ。鈴音からチョコ貰うんだから、食事でもしてくればいいって」
「え…?」
「それにさ、今日…予定通りだったなら川口の結婚式だったかもしれないんだろう?」
「!そ、それは…」
「落ち込む鈴音を慰めるのも、幼馴染の俺の役目さ。よし、行くぞ!」
「分ったよ…」
仕方なしに私は亮平の後について行くことにした―。
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