第15章 19 そこから先は言わないで

トゥルルルル…


『もしもし?』


まさか1コール目で亮平が電話に出るとは思わず、少し驚いてしまった。


「こんばんは。亮平…まさか私の電話待ってたの?1コール目で出るんだもの」


冗談めかして言う。


『ああ、そうだよ。ずっと鈴音からの電話を待ってた』


「!」


あまりにも素直に答える亮平に驚いてしまった。


「そ、そうだったんだ。ごめんね、電話待たせてしまったみたいで。PASMOがポストに入っていたからお礼を言おうと思って電話入れたんだよ」


『ああ、やっぱりそれが無いと通勤の時不便かと思って届けに行ったんだ。念の為にインターホン押したけど…やっぱり留守だったんだな。今帰ってきたのか?』


その声は何処か寂し気に聞こえた。でも…そう聞こえるのは私の気のせい?


「うん。ほんの少し前だよ。先にお姉ちゃんに電話入れてたから」


『忍に電話入れたのか?』


「そうだよ、そう言えば何時ごろPASMO持ってきてくれたの?亮平も今日はお姉ちゃんと一緒に過ごしたんでしょう?」


何となく自分ばかり楽しんできたと思われたくは無かったので、さりげなく尋ねてみた。


『違うよ。俺は忍の家にカードを取りに行っただけだ』


「え?お茶も飲まなかったの?」


『ああ、上がらなかったからな。玄関先で受け取っただけだ』


「どうして…?」


『え?何が?』


「どうしてよ…?お姉ちゃんと元の恋人同士になるんじゃなかったの?」


そうだよ…そうでなくちゃ私は一体何の為に身を引いたのよ…。すると電話越しから亮平のため息が聞こえた。


『鈴音、俺…車の中で言っただろう?忍よりも好きな相手が出来たって』


「!」


思わず息を飲んでしまった。


「で、でも…フラれてしまったんでしょう…?」


内心の動揺を隠しつつ私は言った。


『ああ、確かにフラれたけど‥‥俺はまだ諦めた訳じゃないからな』


淡々と語る亮平。え…?そ、それってまさか…?


「そ、それじゃ‥‥どうするつもりなの…?」


駄目だ、冷静さを装っているつもりなのに…声が震えてしまう。


『フラれたって言っても…俺はまだ告白すらしていないからな。フラれるかどうかは…告白してから決めようと思う』


「だ、だけど!相手の人は迷惑に思うんじゃないかな?!その告白を‥!」


『どうかな‥?相手は優しい女だしな。それに…俺は卑怯な男だ。相手の優しさに付け込もうとしている。告白して困らせて…悩ませて、その隙に相手の男から奪おうと考えているようなずるい男だから…』


「!」


ああ…やっぱりそうだ。亮平が告白しようとしている相手は…私なんだ。だけど…!

私はギュッと目をつぶった。


『鈴音、聞いてくれ。俺は…』


「あ、あのね!亮平っ!」


私は亮平が何か言い出す前に口を開いた。


『な、何だよ。急に大きな声出して…』


「じ、実は亮平に報告があるの」


『報告?だけど今俺が先に…』


「いいから、聞いて!」


駄目だ、亮平にその言葉を言わせるわけにはいかない。そしたら完全に全てが終わってしまう。川口さんを含め、今の私たちの関係が…。


『わ、分かったよ。何だ?報告って?』


「私…川口さん‥ううん、直人さんに同棲しないかって誘われたの!」


『ど、同棲ッ?!』


亮平の息を飲む気配が伝わってくる。


「そう、同棲。だから前向きに考えてみようかと思って。やっぱり好きな人とはずっと一緒にいたいと思うじゃない?」


『鈴音‥お、お前やっぱり本気で川口の事…?』


亮平の声が震えている。


「勿論好きだよ。そうじゃないと深い関係になるはずないでしょう?」


『!』


とうとう言ってしまった。亮平の前で…。


「だからさ、亮平も…フラれた相手の事はいつまでも追いかけないで、お姉ちゃんが好きだった頃の自分をおもい出してごらんよ?私の望みは…2人が恋人同士に戻る事なんだから。ね?」


『‥‥分かったよ』


少しの沈黙の後、亮平が返事をした。


「それじゃ、電話切るね。これから直人さんに電話するから」


『何だ。のろけか?分かったよ。じゃあな』


それだけ言うと、亮平は電話を切った。私は自分から電話を切ることが出来なった。


ツー

ツー

ツー


通話口から音が聞こえてくる。


「亮平…ごめなさい‥でも、もう全て遅いんだよ…」


気づけば私の両目から涙が溢れていた。とうとう…亮平の気持ちを拒絶してしまった。子供の頃からずっと大好きで…振りむいてくれなくても、それでも未練がましく思い続けて…やっと忘れる為に恋人を作ったと思ったら、その矢先に亮平が私の方を向いてくれたのに…全ては手遅れだった。私は涙をぬぐった。

さっき別れたばかりなのに、どうしようもなく川口さんの声が聞きたくなった。


気づけばスマホをタップして電話をかけていた。


トゥルルルル…


『もしもし?』


1コール目で川口さんが出てくれた。


「直人さん…」


『どうしたんだい?鈴音』


電話口から優しい声が聞こえてくる。気づけば私の口から言葉が出ていた。


「今すぐ…直人さんに会いたい」


と―。




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