第15章 20 私に甘いその理由

ピンポーン


501号室のインターホンを押すと、すぐにドアがガチャリと開いて川口さんが姿を現した。


「鈴音…」


川口さんは私をじっと見つめた。


「ごめんね…いきなり電話掛けちゃっ…!」


言葉を言い終わる前に…私は川口さんに強く抱きしめられていた。


「お帰り、鈴音。」


私の髪を撫でながら川口さんが言う。


「うん…ただいま…」


川口さんの胸に顔をうずめ、私は言った―。



夜9時―


川口さんの部屋でテレビを観ていると、バスルームに行っていた川口さんがを声を掛けてきた。


「鈴音、お風呂沸いたよ」


「うん、ありがとう。」


持ってきたバックから自分の着がえや洗面道具を持っていそいそとバスルームへ来ると川口さんが言った。


「その洗面道具、予備として俺の部屋に置いておかないかい?」


「え…?」


「これから鈴音が次の日に休みの時は泊まりに来て欲しいんだ。少しでも長く一緒にいたいから…」


私の頬に手を触れながら言う。


「うん、ありがとう。それじゃ今日持ってきてくれた洗面用具置かせてもらうね。私も…直人さんと長く一緒にいたいし」


「本当かい?ありがとう!鈴音っ!」


川口さんは私を力強く抱きしめた後に体を離すと言った。


「じゃあゆっくり入っておいで」


「うん」


コクリと頷くと、川口さんは笑みを浮かべてバスルームから去っていた。そして私は早速お風呂に入らせてもらう事にした―。



****


カコーン


洗面器をタイルの床に置いた音がお風呂場に響き渡る。そして私は久々にお湯が張られた浴槽へ身体を沈め…。


「ふぅ~…お風呂ってやっぱり気持ちい。最高…」


改めて私はバスルームを見渡した。高い天井に追い焚き機能が付いたお風呂。広い洗い場に温度調節機能付きのシャワー…。


「やっぱり家賃が12万5千円ともなればお風呂もついてくるのかな…?」


きっと川口さんは引っ越し屋さんという肉体労働の仕事だからお風呂付のマンションを賃貸しているのかもしれない。でもこんなに素敵なお風呂を貸してくれたのだからあがったらお礼を言わないと…。


色々考えながら私は久しぶりのバスタイムを堪能した―。


 薄い水色のダブルガーゼのチュニック風パジャマに着替え、濡れた髪をバスタオルで良く拭いてドライヤーで乾かした後、私はバスルームから出てきた。

すると川口さんはローソファに座ってテレビを眺めていた。


「直人さん、お風呂ありがとう。とても気持ち良かったよ」


すると川口さんは目を細めて私を見ると手招きした。


「おいで、鈴音」


言われて川口さんの元へ行き、隣に座るといきなり抱きしめられた。


「な、な、何?」


思わず真っ赤になって川口さんを見ると彼は言った。


「そのパジャマ、可愛いね。良く似合ってるよ」


そして私の髪に顔をうずめると言った。


「うん、鈴音の匂いがする…やっぱり落ち着くな。…好きだよ」


言いながらますます私を抱きしめてくる。一方の私は先ほどから甘いセリフばかり耳元で囁いてくるので恥ずかしくてたまらない。今まで過去に何人かの男性と付き合ったことはあったけれども、川口さんみたいなタイプの男性は初めてだ。隆司さんだってこんなタイプじゃなかった。


「鈴音…耳まで真っ赤だ。ひょっとして…恥ずかしいの?」


川口さんが尋ねてきた。


「そ、それは恥ずかしいよ…ね、ねぇ‥直人さんて誰と付きあってもこんな感じだったの?」


抱きしめられながら私は尋ねた。


「こんな感じって?」


「だ、だから…今みたいな、こんな感じ」


もう勘弁して欲しい。羞恥で顔が赤くなり、見られない為に俯いた。すると川口さんは言う。


「違うよ。今まで過去に付き合ってきた女性にここまで過剰な事はしたことがないよ。鈴音が初めてだよ」


「え?本当に?」


信じられない。驚いて川口さんを見つめると彼は言った。


「一目惚れだったんだ‥」


「え?」


「初めて引っ越し作業で鈴音に会った時…何て可愛い人なんだろうって目が離せなくなっていた。それにあんな風に引っ越し作業の後に栄養ドリンクにどら焼き迄くれた人は誰もいなかった。すごく気遣いの出来る優しい人なんだって思ったよ」


川口さんは愛し気な目で私を見つめながら頬に触れる。


「鈴音の傍に幼馴染で親しくしている男が傍にいる事を知った時は‥すごくショックだったし、あの男に嫉妬したよ…」


「え‥?」


「だから…鈴音が幼馴染の男じゃなくて、俺を選んでくれた事すごく嬉しかった。だけど嬉しい半面、不安なんだ。油断すればあの男に鈴音を取られそうで…余裕が無いんだろうな。今、こうして鈴音は腕の中にいるのにすぐにいなくなってしまうんじゃないかと不安になってくるんだ…」


「!」


その言葉を聞いた時、以前までの自分の心を見透かされたようでドキッとした。だけど、さっきは…亮平から電話を切った後、どうしよも無い程に声が聞きたくなった相手は川口さんだった。だから私は言った。


「私が亮平と付き合う事は絶対に無いよ。だって私の恋人は直人さんだから…」


「鈴音…」


川口さんの顔が近づいてきたので目を閉じるとキスされた。


そして、今夜も私と川口さんはベッドを共にした―。










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