第23話「手紙」

春馬有生様


拝啓

日々ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。


なんてね

私はご清祥じゃないみたいです。

我が親友と書いてトモと読む、滝沢潤くんにこの手紙をお願いすることにしました。

本当は、こんなものも残さず、いつの間にかあいつ居なくなったな、どうしてるのかな、くらい、何気なく消えて行きたいと思ってました。


私は、生まれて、気がついた時から、病院で過ごしていました。

時々ウチに帰っても、少しはしゃぐと苦しくなって、救急車に何回乗ったのか、覚えていません。

だから、友達も病院の中の子の方が多くて、でも、その友達もいつの間にか、帰ってこない子がいっぱいいて。

なんとなくだけど、いつか私もそうやって、いつの間にかいなくなる、その順番が来るんだろうな、って思っていました。


調子がすごく良くなると、幼稚園に通える時がありました。

でも、時々現れる女の子に友達ができるわけもなく、一人で園庭の隅でお花を眺めているだけでした。

お絵描きをする日、先生が”お友達の顔を描きましょう”っていうんだけど、お友達がいないから、描けるわけもなくて、やっぱり花を眺めて泣いていました。

その時、一人の男の子が、来て、10本くらいの花を差し出して「これ持って」って言ったんです。

小さな小さな花束を抱えて、その子の方を向くと、その小さな画伯は、急に怖い様な目になって、私の全身を見つめて、クレヨンを操り出したんです。

画用紙の上を七色のクレヨンが自由自在に動き回る姿は、魔法の様でした。


春馬有生様

覚えていなかったみたいですね。ちょっと残念。

それが、キミでした。


その絵がすごい賞を取った、と、お見舞いにきた先生が自慢していました。

その時、毎日苦しさと戦うだけだった私に、目標ができました。

また、キミに私の絵を描いてもらう。

そのためにどうしたらいい?と両親に聞いたら”モデルさんになりたいのね?”って、とても嬉しそうに言ってくれました。

私が未来を語るのは、多分初めてだったから。


幸い、小学生になると、病状は落ち着いて、たまたま所属したちびっ子モデル事務所の仕事が評価されて、私は、モデルになることができました。

でも、肝心のキミが、絵を描かなくなってしまいました。

このままじゃ、私の夢が叶わないじゃない。

どうしたらいいの!?って、悩みながらも、受験は容赦無く迫ってきます。


必死で勉強しましたよ。仕事と、病院とで、普通の子より学校に行ける時間は全然少なかったから。


そうしたら、神様が、ご褒美をくれました。


初登校の日、教室に入ったら、キミがいるじゃないですか。

息が止まるかと思った。


ずっと思い描いていた、真剣な眼差しは、その瞳の奥に押し込められてしまっていたけど、紛れもないキミでした。

ネクラもとい、物静かで、面白みがなくてもとい、真面目で、

温かいハートのキミは、変わっていませんでした。


ごめんね。

キミには、辛いことをさせてしまったね。絵を描くのは、辛かったよね。

わがままでごめん。

でも、私には私の都合があるんだよーーー。


私には、もう時間がなくて、

無理やり描いてもらわないと、間に合わないんだ。



あのね

勘違いだったらホント恥ずかしいから、なかった事にして欲しいんだけど

私を描くキミの視線が、途中から変わってきたよね?そこはほら、私カリスマモデルですから?カメラマンの感情を読み取るなんて簡単なわけよ!

画家さんは、違うのかな、、、、


春馬有生!おまえ!私のこと好きだろ!


って、思ったから、滝沢潤に一緒に嘘をついてもらうことにしました。

モデルとアイドルの交際なんて、当たり前すぎるけど、二人は付き合ってる、ってことにしてもらえないかな、って。

潤にも酷いことしちゃったなあ。


その時まで、ほんとに、私は「いつの間にか消えた」ことになりたいと思ってた。

私が、キミの中に残る分量を、できるだけ少なくしたかったんだ。


それなのに、


ごめんね

ごめんね


花束を持った私の絵を描いてもらったあの時から、

あの時から、ずっとずっと、私は、キミが好きでした。


ずっと、キミの中にいたいよ。

忘れないで欲しいんだよ。

キミの隣に居られる時間がないことはわかってる。


わがままでごめんね。

私を、消さないで置いてくれるかな。


これから、いろんな人と、いろんな人生を送ってね。

幸せになってね。


でも、ちょっとでいいから。

忘れないでいてくれると嬉しいなあ。




じゃあね。


風宮アヲイ

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