星降る街
そろそろ帰りの電車がなくなる。
みんな、”いい企画をしてくれた”と、俺の手を取り、肩を抱いて褒めてくれた。
駅までの短い距離の中、片瀬玲子が俺の隣で歩いていた。
「ねえ」
相変わらず酔っている。
「んー?」
「ちょっとは嫉妬した?」
「え?」
少し沈黙した。
「お前に?」
「ばかやろう」
また沈黙した。
片瀬玲子がぽつりと話し始めた。
「葵さあ、好きになれる人を探してたんだよね。今度は、いい感じになれるんじゃないかって。でも、いつもダメで。ずっとダメでさあ」
声が潤んできた。
「あの子が好きになりさえすれば、受け入れたい男子はいっぱいいたのに、ダメなんだよね」
「ダメ、か」
「夢しか見てないから。夢で心がいっぱいで、私が入る余地なんかないってね。『竜馬がゆく』かよ。『男の夢に、女の入る余地なんかないゼヨ』とか?バカバカしい。男なんかそんなもんじゃないよ、って、言ったんだけどね」
「はは、男はサルだからなあ」
片瀬玲子は俺を睨んだ。
「フリーのクリエイターだっけ?かっこいいことやってんじゃん」
「かっこよくなんかない」
「どーでもいいの」
片瀬玲子は、ふん、と鼻息を荒くした。
「それ、あんたの夢なの?あんたが人生かけたいことだったの?」
痛いところを突く。
言ってはいけない言葉というのがあるだろう。
酔いの責任にして、そういう言葉を吐くのはダメだぞ。
そんなだから離婚するんだ、お前は。
「夢かー」
駅の改札がピコーンと鳴った。
「じゃあな、みんな」
と、改札の中に吸い込まれていく同級生に手を振った。
遠くまで来てくれてありがとな。
全員がホームに消えていくのを見送ると、改札に背を向けた。
自宅に向かうのは、この線路じゃない。
一歩、二歩、ゆるゆると歩いた。
早足で歩くのは目的がある時。一歩一歩踏みしめるのは、今、この時が過ぎ去ってほしくない時。
街はそろそろジングルベルが始まる季節だった。
それでも、まだ息が白くなるほどではなく、特に今夜は暖かい。
ゆっくり歩いた。
時々止まった。
何度目か、止まった。
夜空を見上げた。
長いため息を吐いた。
雲の間に間に、星が見えた。星を見上げて、しばらく立ち止まっていた。
通行人は、俺に関わりなく、歩いていく。
「終わったなあ、、」
しばらく、自分の意思で何かを始めて、それをまとめて終わらせたことがなかった。
仕事の歯車の中で、誰かが決めたものの、その一部分を穴埋めして、それを次の人に渡す。仕事は次々やってくるから、ちゃんと着地したのか、途中でポシャったのか、それをいちいち気にしている暇がない。
そういう癖がついてしまっていたなあ。
このクラス会も、俺だけだったら、途中でフェイドアウトしていたな。
「ありがと」
声にならない声で、つぶやいた。
星は、ただ、光っていた。
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