虚無と光と
高梨葵のことは、覚えていた。
ちょっと可愛い子がクラスにいたな。
と、だけ覚えていた。
今度の同窓会で、同級生たちが色々と古い写真を引っ張り出して、思い出を語り合っていた。写真を見れば、可愛い子は他にもいっぱいいた。
マドンナだったあの子、この子がいた。
容姿だけなら、高梨葵が特別なわけではなかった。
ガッキーを彷彿とさせると言ってなかったか?
彷彿とはさせるけど、芸能人の美貌は化け物だ。
化け物と比べてはいけないよ。
"綺麗だと思います”
と、美術教師に高梨葵が抗議した時、俺はびっくりした。
びっくりしすぎて、その時の一切の感情が、まるまる封印された。
それは自分の心にボチャンと投げ込まれると、底の方にゆらゆらと落ちていった。
心の底にたまる、ゴロゴロとした石の中の一個だった。
苔がついた、ただの石ころ。
俺は、その石を拾い上げた。
今回、ごろごろ掻き回されて、苔が剥がれ落ちていた。石にひび割れが入っているのがわかった。
触っちゃいけない、と思った。
触りたい、触りたくてたまらない、と思った。
俺は歳をとった。
キレる老人、とまではまだいってないつもりだが、辛抱が効かなくなった。
若い方が精力が有り余って辛抱が効かない、というのは多分嘘だ。
精力があれば、自分の感情が暴れるのを抑えるチカラが出る。
感情を押さえつけるチカラがなくなるから、暴走させてしまう。
石のひび割れをなぞった。
”パキン”
と、音がした。
オパールやメノウを知っているだろうか。
採掘された時は、ただの泥まみれの汚い石だ。
それを、場所を選んでカットすると、煌めく宝石の顔を表す。
石は、割れた。
封印されていた、15歳の俺が、15歳の俺の感情が、溢れてきた。
キラキラと美しく、烈火のように熱く、怒涛のように容赦ない。
今頃になって。
今頃になって。
「今更どうしろって言うんだ」
思わず呻いた。
腰が痛え。
ボロボロの軽ワゴンになった俺の体に、15歳の俺の感情というフェラーリエンジンが乗り込んできたんだ。
体がぶっ壊れるのは当然だ。
「腰がいてえ!」
腹立ち紛れに叫ぶ。
中年が、泣いてる姿なんてゾッとしたもんじゃない。
でも、痛みに耐えてる姿なら、まだ様になる。
カムフラージュだ。
心が、泣いているんだ。血を流すほどに、泣いているんだ。
ぐちゃぐちゃの涙と鼻水に塗れて、泣いているんだ。
死んだ、と聞いた時、すぐに取り乱せたらよかった。
取り乱せるような、感情と、ずっと向かい合えていたらよかった。
気がついていなかった。
苦悶しながら、俺は、ああ、こいつは高梨葵を好きだったんだ、と他人事のように”俺”を見つめていた。。
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