封印

この一瞬の出来事の時、俺はどんな顔をしていたのだろう。

感情をなくした、能面のような顔だったんじゃないかと思う。


俺は、”庇われることに慣れていなかった”から。


赤ん坊の頃からと言っていいと思う。


何かが起こると、それは俺の至らぬせいにされてきた。

「我慢しろ」と「お前が悪い」以外の言葉を思い出せない。


幼稚園くらいの時の記憶だと思う。

公園で遊んでいて、ジャングルジムを登っていたら、上から砂を振りかけてくる悪ガキがいた。

砂は俺の目に入った。

”痛えな”

と、そいつの足を引っ張ると、金玉がジャングルジムに当たった。

そいつは大泣きした。

大泣きしながら、俺の頭をポカポカ殴った。


遠くから、そいつの保護者が駆けてきた。

俺はほっとした。

「保護者」は、「被害者」である俺に詫びを入れ、この理不尽な悪童を連れて去るはずだ。


違った。


「何するんだ、このガキが」

「保護者」は、俺をジャングルジムから引き剥がして、砂場に引き倒すと、悪童を”大丈夫か”と、抱き上げ、頭を撫で、さらに俺を一喝した。


幼稚園児の俺は、泣きながら公園を出たと思う。


「保護者」というものは、保護児童がどんな理不尽な攻撃を受けても”すみません、ほら謝れ”と言うものだと思っていた。先に手を出された、と抗議しても”言い訳をするな”と言うものだと思っていた。それ以外の対応を見たことがなかった。

子供を守る”保護者”がいる、という経験は、かなりショッキングなものだった。

今でも、自分は保護されるに値しない存在だという思いは残っている。

欧米では、固まる前のコンクリートに残された足跡、というらしい。

この凹みは、コンクリが砕けるまで消えない。


そんなものだから、「汚いよ」と言われたら、「そうですね汚いですね、ほらダメだ」という流れになるものだと、勝手に合点していた。


”綺麗だと思います”


なんて、想定外の言葉だった。

準備ができていないと、人間は、慌てる。

パニックを起こした時、大部分は感情を表に出すのだが、一部、俺のような人間は一切の感情を封印する。

他人から見れば、不機嫌そうな、無関心そうな、姿になる。

それは自己防衛反応なのだ。いや、自分を守ることには、結果としてならないのだが。


その時、俺は、その時の俺の感情の全部を、封印してしまったんだと思う。

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