レクイエムを聴きながら
「あーあ、玲子、飲み過ぎ」
錦織がさっと立ち上がると、片瀬の様子を見た。
「おい、起きろ」
片瀬玲子はむにゃむにゃしている。
幹事が来て、そろそろお開きという流れになった。
駅での短い待ち時間、錦織と肩を並べた。
「なーんか、意味のわかんないこと言ってたなあ、片瀬」
「そうか?」
錦織も何か言いたそうだった。
逆に、言いたくなかったのかもしれない。
「葵が亡くなったって聞いて、お前はどう思った」
と、聞かれた。
「びっくりした」
「それだけか」
「子供がいたら、早くに別れるのは残念だったろうな、とか」
「ホントか」
「あとは、、なんだろう、よくわからない」
「それだけか」
しばらく黙った。
30年会うことのなかったクラスメイトに持つ感情って、そんなにバリエーションは多くないのでは?亡くなったと聞いても、日常は何も変わらない。
でも、ひとつ違ったことがあった。
「あのさ、この曲をヘビロテしてるんだ、最近」
スマホに動画を再生して見せた。
インディーズとメジャーの間の、マニア好みのバンド。
人気が出たのはコミックソングからだったが、時折泣ける曲をぶっ込んでくるので知られていた。
再生したのは、一見、ウエディングソング。
「自分は結婚することになった。青春を共に過ごしたお前、『いつか会う日には』祝福してくれよ」
という歌で、メッセージの宛先は「結婚式に呼べない友」。
俺は頑張る、死ぬまで頑張る、お前もそこで頑張ってるよな、絶対。
コメント欄にも「元気が出ます」「結婚式で流します」という言葉があふれていた。
しかし、一つだけ「ボーカルのピアスをみてわかります。あの人に宛てた曲ですね」「泣きました。届くといいですね」というコメントがあった。
このバンドのバックボーンはよくわからないけれど、歌詞を聞いていれば、そのコメントの意味がわかった。
この、一見ウエディングソングに見える歌を捧げた相手に、歌の主人公は「もう、二度と会えない」のだ。
ぶっちゃけよう。メッセージの相手は、もう、この世にいない、という歌なんだ。
全校同窓会の後、無性にこの歌が聞きたくて、聞きたくて仕方なくなった。
錦織は、じっと聞いていた。
「このバンド、なんていうんだ」
と、訊かれた。
「聞くのは初めてか」
「ギターがすげえな」
電車が入って来た。
帰る方角は別々だ。
錦織が乗り込んだ。
「レクイエムなんだよ、これ」
俺がいうのと同時に、電車のドアが閉まった。
錦織は、笑ってサムズアップをした。
俺は腰をさすった。重い、嫌な感じがした。ちょっと座りすぎたのかもしれない。
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