高一だよ

「お前さあ」

錦織が言う。

「わかってねえなあ。誰も自分の思った通りのことなんかできないの。好きなことを仕事にできる奴もいないし、自分をあからさまに出して、それを世の中が受け入れてくれる奴もなかなかいないの。お前みたいにわがままに生きれば干されて終わりだ。お前みたいにできる奴は、そうはいないんだよ」

苦笑いするしかなかった。

「買いかぶりだよ」

俺はそんな大それたものじゃない。

思うがままになんて生きてない。世の中に「合わせて生きられない」ことは、自由なんかじゃない。大きな檻だ。大きな枷だ。

「合わせて生きられる」連中がどんなに羨ましいことか。

でも、それはどんなに説明しようとしても、わかる人間は、まずいなかった。説明するのは、諦めた。


「でもさ、なんでお前が、俺が中坊の時の事知ってんの?イジメられてましたなんて、誰にも言った覚えはないんだけど。言いたくないじゃん、そんなことはさ」

「だから、葵だよ」

「は?」

「美術室で話したかな、お前のこと」


それこそ今日知った話だが、運動部の連中は、授業終了から部活開始までの数十分、美術室にたむろして、美術部員の女子と話をしていたらしい。

それは、俺が知っていたグループとほぼ重なっていた。


かなり緩いがグループ交際の場だったんだろう。ああ、羨ましい。


で、その放課後の一瞬の男子女子の会話。男子はタレント顔負けの美形で、女子はガッキーを思わせる美少女。少女漫画のワンシーンみたいな状態で、その二人が話題にしていたのが、クラスに馴染めてなかった俺。


なんだそれ。


「高梨が?俺が中学でいじられてたって、お前に?」

「うん」

「チクってんじゃねーよ」

おどけてみたが、錦織は笑わなかった。


「俺は、その話を聞いて、お前をすげえと思った。葵も、その話をしたのは」

錦織は言葉を選んだ。

「悪い意味じゃなかった、と思う」


「ふーん」

俺は仏頂面をしていたと思う。

錦織が言いたいのは、決して、俺のことを揶揄して、笑い物にしてたわけじゃないよ、というエクスキューズだろう。でも、今言う必要ある?みたいな感じ。


「だから、お前と葵は同中だと思ってたんだけど」

「違う。確か高梨は、隣の中学だよ」


少子化の現代では考えられない人数が学校にいた時代だ。

俺のいたところは、見渡す限りの田んぼが一気に開発され、流れ込んだ新住民の子供たちで学校が溢れかえった。

元の学校はどんどん分校され、小学校は4校、中学も2校できた。

高梨葵は、自分の中学の姉妹校から進学して来ていたことを覚えていた。


ということは

「小学校は一緒だったはずか。俺の中学の方に、誰か友達がいたんだろうな」

「その友達が、葵に、お前の話をしたってことか」

「でもなんでわざわざ?」


その友達とやらが、ピンポイントで、俺の話を高梨にする意味がわからない。

隣に座ってた片瀬玲子が、口を挟んできた。

「頼んだんじゃないの?」

「なにを」

「あんたが中学で何をしてるか、教えてくれって」

「誰が」

「葵に決まってるじゃない」

「いや、意味がわからない。俺は小学生の時は高梨を知らない」

「葵は知ってたんでしょ」

「え?」

「中学が別れちゃうけど、って、友達に頼んで、風の噂を聞かせてもらってたアンタがさ、高校に入ってみたら、同じクラスにいたとかさあ」


片瀬はだいぶ酔っているようだ。


「これはもう、運命感じちゃうよねえ」

「片瀬、声がでかい」

「でも、そうでしょ?」

「そんな、厨二病じゃあるまいし」

「高一だよ?!」

そう、声を張り上げると、片瀬玲子はガクっと寝落ちした。

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