雨は降らなかった

守秘義務のギリギリのところで、野外イベントの取材であること、雨天の場合は参加できること、までは白状した。


「じゃあ、雨が降ればいいのね」

女子が横から入ってきた。

「甘利さんにお願いしておくね、雨降らして、って」


高梨葵の他にもう一人、早世した同級生がいた。

甘利裕子という。

申し訳ないことだが、同窓会で、ちゃんとその名前を告げられていたのに、全くピンときていなかった。改めて言われてみれば、その存在感は覚えていたが、名前を忘れていた。

その程度の人間のために霊験を表してくれるとも思えなかったが、甘利裕子の墓参りに行くという彼女らに、それを頼むことにした。


前日まで、穏やかな日が過ぎた。天気予報も、1日快晴。これはクラス会は諦めだ、と思った。

甘利も俺のためにそこまでしてくれねえよなあ、と、タイムラインに冗談を書き込んだが、ウケなかった。


当日、朝、天気予報が外れて、少し雨がぱらついた。

どう見ても、野球が中止になるような雨ではなかった。

ところが、午前中に、帝都野球から発表があった。

「荒天の予報のため、順延します」

目を疑った。

雲は切れ、風は弱まっている。

予報はどうあれ、これは晴れに向かう天気だ。

午後になり、薄日まで差し始めた。

野球関係のSNSは案の定「試合できただろ!」という苦情で大混乱になっていた。

それはそうだ。一大決戦のために、両校の職員学生はもちろん、OBたちが大挙して押しかけてきている。有給で駆けつけたOBも多いはず。順延のために、決定的瞬間を見られなくなる人間も大勢いるのだ。


だが、発表された以上、中止だ。


「なんだかわからないけど、参加できることになった」

狐につままれたような気分のまま、俺は会場に向かった。

「やっぱりガッキーを取ったな」

タイムライン上で、錦織がやけにこだわっていた。

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