一炊の夢

最寄駅から学校までの道。

巨大な公団住宅が面していた。

そんなことすら覚えていなかった。


学校の全てが見えていなかった。


外に、夢中になっていたものがあった。

小さな劇団だった。中央線の沿線にあった。

高校入学直前、池袋でたまたま公演を見て、そのパワーに魅せられた。

主催者は社会人で、団員はほとんど大学生だったが、高校生も混じっていた。

すぐに手伝いをするようになり、稽古場に通い、舞台に上げてもらった。


目眩く感覚だった。


その劇団は、小劇場ブームというのに、乗っかっていた。

そのうち、テレビで見たことのある女優が出入りするようになった。

サブカルチャーに参加している、芸術性の高い路線をとっていたんだと、今はわかる。

当時は、ただただ、雲の上の世界が、目の前で渦を巻いているとしか思えなかった。


学校の授業は上の空だった。

授業が終わると稽古場へ飛んでゆき、稽古していた。

そう、だから、中央線の駅から稽古場までの道の記憶は鮮明だ。

今でも、あの店は残ってる、あそこの店はビルになった、と一々思い出せる。


女優の伝手で、劇団にエキストラの仕事が入るようになった。

俺は、ある映画で、3行ほどのセリフを現場で即興でもらうことができた。

火事の現場で大慌てしている群衆の一人、だった。


変な間の芝居をしてしまったら、大きくウケた。

その中に、国際的に大活躍していた大御所俳優がいた。

撮影終了後、大御所俳優は、わざわざエキストラの控え室に訪ねてきてくれた。


「あの芝居をしていたのはキミだな」

と話しかけられて、頭が真っ白になり、支離滅裂なことを口走った気がする。

大御所俳優はさらに声高らかに笑った。

「いやあ、面白い。キミみたいなのは運が良ければ、『運が良ければだよ』いい俳優になれるよ。うん。頑張りたまえ」


俳優として成功できるチケットをもらった気になった。

だが、程なく劇団は解散。主催者だけは個性派俳優として活動しているが、他の団員がどうなったかわからない。


俺は「運は良くなかった」。

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