その日

高校を卒業して、その後、数回の転居で、誰の連絡先もわからなくなっていた。

それでいいと思っていた。

なのに、まだメールアドレスを持っている人間が少数派だった時代から使っていた、もはや化石のようなメールアドレスに、一件のメッセージが着信した。


「まだこのアドレスは連絡つきますか」


「同窓会をします」


「もし、都合がつくなら、あいましょう」


正直、仕事が忙しかった。

出かけたところで、共通の思い出を持つ友人が多い訳でもなかった。

そういうリア充であったなら、誰の連絡先もわからなくなることなんてあり得ないだろ?


「忙しいので、」


と、書いて、送信しようとして、やめた。


図書室を見れるかな?と、思ったからだ。

数少ない高校時代の思い出がある場所だった。


その当時、熱血教師ドラマが大ヒットしていた。

主人公を演じた俳優が坂本龍馬の大ファンで「竜馬がゆく」をあちこちで推して歩いていた。

図書室に、「竜馬がゆく」が全巻そろっていた。

興味が湧いて、読んでみた。

あまり面白いと思わなかった。

だが、読み終えると、他の司馬遼太郎作品を読み始めた。

蔵書の司馬作品を全部読み終える頃には司書の教師と仲良くなっていた。

司馬作品を次々購入リクエストしたら、通してくれた。

入学した時、棚一段ほどだった司馬遼太郎コーナーが、卒業する頃には、図書室の一角を占める量になっていた。


アレがどうなったか、見てみたいと思った。


「出席します」


そう、送信した。


そして、今日、という訳だ。

学校に向かいながら、我ながら驚いた。

いくらなんでも、というくらい何も覚えていない。


こんなに何も覚えていない学校に、オレは本当に在籍していたのだろうか?

半ば本気でそう思った。

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