錦織啓斗

結局、図書室には行けなかった。


校内での懇親会が始まった。

一人二人、挨拶はしたが、あちこちで、グループができると、誰も、顔見知り程度の俺と長く話す必要もなく、俺はただ、いつ頃帰ろうか、とだけ考えていた。


そんな時だった。

「よう」

と、声をかけてきた男がいた。

錦織啓斗だった。

彼が、俺のことを覚えていたのが、少し意外だった。

近況も聞かずにいきなり彼はこう言った。


「お前なら知ってたんだろ?」


「ん?」

なんのことだ?と、首を傾げるだけで、言葉が出なかった。


「葵のことだよ」


高梨葵を、下の名前で呼び捨てていた。

そういうことか。いいなリア充は。

「高梨がどうしたって?亡くなったってな」


「知らなかったのか?」

錦織は意外そうな顔をした。

「知らなかったよ。もう、こっちには、家も何も残ってないから、こっちのことは何もわからない」


別の奴が横から話に割り込み、錦織に絡んできた。

「高梨の話か〜?」

もう酔ってるみたいだ。

「おまえら、付き合ってるって噂あったよな〜」


一瞬、間があった。


「付き合ってねえよ」

錦織が吐き捨てた。

錦織の言葉に、そいつは「お、おう」と言うと、後ろの奴にまた絡んだ。

俺は俺で、その言葉のトゲが、なぜか、俺に向けられていたことを感じて戸惑っていた。

なんだこの展開?


錦織たちは10人くらいのグループを作っていた。

サークルとかではなく、ゆるい、遊びに行くときに声をかけやすい集まりという感じだったように思う。

中心になっていたのは小峠という男で、錦織は女子を誘う餌みたいな感じだったと思う。よく知らないが。


確かに、そのグループに高梨葵もいたし、噂が出ても不思議はないだろう。


でも、俺は接点はなかったはずだが?

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