最終章 次のことを考えよう

その①「土曜の朝」

 成行は目を覚ました。今日は土曜日。嬉しい土曜日の朝だ。

 なぜ、嬉しいのか。それは、久しぶりに何事もない土曜の朝だから。


 ゆっくり体を起こし、背伸びする。今朝は晴れて天気がいい。朝の陽ざしが、かくも心地良いとは。


 ベッドを出て、一階へ向かう。静所家のリビングだ。そこでは見事が一人朝食の準備をしている。

「おはよう、静所さん」

 成行が挨拶すると、おはようと挨拶をしてくれた。どこか恥ずかしそうな様子だが、それは昨夜のことが原因だろう。


 成行を助けて、調布へと帰る車中。見事は心配したと泣きじゃくった。成行はゴメンと謝りながら、彼女をなだめた。

 静所家へ戻ったが、話をすると長くなりそうなので、土曜日に改めて話をしようと決めていた。

 見事は鍋で何か作っている。コーンスープだ。いい匂いがする。

「僕も手伝うよ。何をする?」

「じゃあ、お皿をテーブルに運んで」

 見事が指さした方には、スクランブルエッグと焼いたベーコンにレタスが添えられたプレートが四人分ある。昨夜はアリサも泊ったので四人分の朝食だ。だが、まだ雷鳴とアリサは起きてきていない。


「パンを用意するけど、いい?」

「うん。お願い」

 見事は頷く。

 何だが、見事の様子がよそよそしい気がした。成行は見事に言う。

「昨日は心配かけてゴメン」

 見事の手が止まる。

「詳しいことは、あとでみんなに話すけど、その、何ていうか、もっと上手くできたのかもしれないけど、あれが精一杯だった」

 見事は黙って話を聞いている。

「でも、結果的に最善の選択ではなかったけど、見事さんのおかげで助かった。だから、ありがとう」

「私が間に合わなかったら、成行君は死んでいたかもしれないよ・・・」

 静かに言う見事。コンロに向かい、成行の方を見ようとはしない。


 あのとき、間一髪のところで見事が駆けつけた。彼女は空間魔法で、降り注ぐ瓦礫を防いでくれたのだ。もし、見事が間に合っていなかったら、成行の命はなかっただろう。

「それはゴメン。謝って済むことじゃないかもだけど・・・」

「もっと自分を大切にしなきゃ・・・」

 見事の声が震えている。

「えっ?うん・・・」

「私の弟子になったんだから、まだ教えないといけないことも沢山あるし」

「うん・・・。そうだね。そうだよ。まだ、見事さんに沢山、魔法のことを教わらなきゃね」

 成行は見事の側に行く。

 見事はサッと目を擦った。そして、優しく微笑む。

「さあ、朝ご飯にしよう。ママとお姉ちゃんを呼んでこないと」

「うん」

「それと成行君」

「何?」

「私のことを名前で呼んでくれたね」

「えっ?」

 見事に指摘されて初めて気づく。

 「えへへっ」

 見事は嬉しそうにコーンスープを皿へよそい始めた。成行も思わず笑みがこぼれる。

 「じゃあ、僕は二人を呼んでくる」

 「うん」


 成行が振り返ると、ダイニングテーブルの席に雷鳴とアリサがいた。

 「あれっ!いつの間に!」

 「えっ!ママ、お姉ちゃん?」

 仰天する成行と見事。

 一方、雷鳴とアリサはニヤニヤしていた。

 「何だよ、ユッキー。そこは見事ちゃんにキスする場面だぜ。ハリウッドだと」

 「ちょっとでも期待した私たちがバカみたいじゃないか」

 顔が赤くなる見事と成行。

 「いつからいたんですか?」

 成行は二人に言う。


 「ユッキーが言い訳するあたりから。面白そうだから、二人で気配を断って、そのまま見ていたんだ。なあ、アリサ?」

 「うん。じれったいなって思いながら見ていたよ。そこはもっと攻めていいところだぜ、ユッキー」

 「何をですか」

 一方、今度は怒りと恥ずかしさで顔が赤くなり始める見事。

 「もう!ママも、お姉ちゃんも意地悪!二人は朝ご飯無し!」

 「何でそうなるんだ!」

 「みっ、見事ちゃん!お姉ちゃん、見事ちゃんをそんな風に育てた覚えはないぞ」

 「もう!うるさい!無しったら、無し!」

 魔女家族のやり取りを見ていて、思わず笑ってしまう成行。

 生きて帰って来れてよかった。そう感じずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る