その⑦「再び炸裂の魔法使い」

 成行の魔法習得は驚くくらいに早く進んだ。

 まさか、初日で『オンとオフ』の習得ができるとは思ってもみなかった。成行本人。そして、師匠である見事も同じように驚いている。

 これは誘拐犯のアジトで飲んだが原因だろう。過剰摂取の不安もあったが、今のところ副作用はない。


 見事の指示で次のステップへ進むことになる成行。いよいよ炸裂の魔法を放つのだ。


 「成行君、中央にある大きな岩があるわよね?あれに向かって炸裂の魔法を放って。ただし、注意点。威力をしっかりイメージすること」

 「それは『オンとオフ』みたいな感じで、イメージする指標となるものがあるの?」と尋ねると、「あるわ」と頷く見事。


 「威力は『だいちゅうしょう』ね」

 「だいちゅうしょう?」

 「ええ、そう。難しく考えないでね。発想の仕方は簡単。まず、最大限の魔力を放つイメージを『だい』。そこから少し弱い威力、または通常くらいの魔力を『ちゅう』。そして、一番威力の小さい魔力を『しょう』。こんな感じで、まずはイメージして。実際に発動するのは、『だいちゅうしょう』の威力をイメージしてからにしましょう。じゃあ、成行君、オンにして」

 見事の指示通り、オンの状態で、『だいちゅうしょう』のイメージをする成行。


 「まだ、イメージするだけよ。それぞれのイメージが固まったら教えて」

 「うん・・・」

 成行は目を瞑り、威力のイメージをする。

 見事はそばで、これを見守る。成行はイメージを五分ほど行った。


 「静所さん、準備いいよ」

 「じゃあ、試しに威力を『中』で。さっき言った岩に向かって、放ってみて」

 成行は岩から20メートル程離れた所に立っている。


 目を開ける成行。オンの状態にして岩を見る。スッと右手を指示のあった岩へかざした。

 「静所さん、何て言えばいいの?」

 「えっ?何のこと?」

 「魔法を放つときのだよ。何て言えばいいの?」

 「別にそれは無くてもいいわよ。そんな決まりはないし。大事なのは、魔法を放つってイメージの方よ」

 そういうものなのか。だが、何か合図ではないが、決めセリフがないと魔法を放つタイミングがとれない。


 「じゃあ、行きまーす!」と軽い調子で言った成行。

 「うん!やっちゃって!」と見事も同じようなテンションで答えた。


 一呼吸ひとこきゅうおいて、成行は叫んだ。

 「炸裂!」

 次の瞬間、成行の右手の先にあった大きな岩が、凄まじい轟音と共に弾け飛んだ。まるで花火を打ち上げたときのような轟音だった。


 「うひゃあ!」と声を上げたのは見事。

 思わず身を屈めて、炸裂時に放たれた成行の魔力を避けた。


 一方、成行は・・・。

 「あいたたたた・・・」

 何と5メートル近く後方に吹き飛んで、尻餅をついていた。


 「大丈夫、成行君!」

 見事が駆け寄る。そして、倒れ込んだ成行を抱きかかえる。


 「僕は平気・・・」と、答えつつも尻と腰が痛い成行。痛みに耐えながら前を見れば、先程の岩は粉々になっていた。


 「成行君、本当に威力『中』にした?今のは威力『大』でしょう?」

 見事は目を丸くしている。


 「いや、僕としては、あれが『中』です・・・」

 見事に支えられ、ゆっくり体を起こす成行。

 「ウソでしょう」

 そう言いつつ、見事は木端微塵の岩を眺める。


 この岩は、高さおよそ2メートル、幅も2メートルほどある代物しろもの。それが今や、おかき煎餅せんべいの山のようになっている。


 見事は成行が立ち上がるのを補助する。

 「ありがとう、静所さん」

 「今日はここまでにしましょう。成行君、魔力をオフにして」

 「うん・・・」

 成行は心の中で、オフと叫ぶ。スッと魔力が停止する感覚がした。


 「歩ける?」

 「大丈夫・・・」

 「そんな風には見えないけど・・・」

 見事は心配そうだが、成行としては取り敢えず大丈夫だ。


 炸裂魔法を放った勢いで後方に弾き飛ばされて、尻餅をついた。

 だが、骨折はしていない。打撲という程度でもない。先程は痛みもあったのだが、それも治まってきている。こうも都合よく回復してくれるのだろうか。


 成行を案じた見事は彼に付き添う。断ったが、肩を貸してくれた。申し訳ないのと同時にドキドキする成行。


 小屋に戻る二人。戻ってすぐに見事は小屋の施錠をした。

「一旦、調布へ戻りましょう。成行君」

「うん」

 二人は特定ドアで、瞬時に調布市内へと戻った。

 


                  ※※※※※



 静所家での夕食後、成行は見事、雷鳴と共にリビングにいた。

 早速、特訓初日の報告を行う。まずは、記録をしていた見事がレポート内容を話す。

 「成行君は、『オンとオフ』は初日でほぼ習得完了。正直、びっくりするくらいの成果だけど、それは魔法強化剤の効き目だと思われる」

 「僕もがんばりました」

 透かさず、レポートに注文をつける成行。


 「まあ、成行君のがんばりもありました」

 見事はしぶしぶ言い加えてくれた。


 「ただ、威力調整にはまだ課題あり。本人にはその気がなくても、『炸裂』の威力が強すぎます。ここはまだ練習の必要あり。今日の報告は以上」

 黙って見事の報告を聞いていた雷鳴が口を開く。


 「オンとオフが、そんな簡単に習得できたのは凄いな」

 「やっぱり凄いことなんですね?」

 成行は雷鳴に尋ねる。


 「例えば、見事が小さい頃に修業したときは、早く習得できたが、それでも3日はかかったはずだ。アリサも、それくらいかかった気がする」

 「習得には個人差があるんですよね?」と、成行。


 「ああ。早いと数日。遅くても2週間かかることはない。それを考えると、ユッキーの場合は、凄いというより異常だ。見事、ユッキーがオンとオフの練習をしたのはどれくらいの時間だ?」

 「えっと、オンとオフ、両方トータルで1時間もかかっていないはず。待って、もう少し早かったかな?」

 見事は手帳を再確認する。それを聞いて唸る雷鳴。


 「やっぱり、それだと早すぎだ」

 「でしょう?私、思ったのよ。成行君、魔法強化剤の過剰摂取をしていないかって」


 少し不安げな表情の見事。彼女の顔を見て、自分まで心配になる成行。

 「ユッキー、もう一度思い出してくれ。どれくらい飲んだんだ?くだんのしそジュースは?」

 成行を見る雷鳴。


 「えっと、沢山かもしれないです。少なくとも、ペットボトル1本分くらいは飲んでいるので・・・」

 「昼間も思ったんだけど、何でその辺がアバウトなの?」

 今度は見事が聞いてきた。


 こうなったら事実を話すしかない。成行は事の顛末てんまつを正直に話した。


 「何でそんなことしたんだ!あり得んだろう!」

 これを聞いて呆れながら怒る雷鳴。


 「すいません。でも、喉が渇いてたし、ジュースの匂いが凄く美味しそうで、我慢できなくて。それにまさか、魔法強化剤だなんて思いもしませんでした・・・」

 申し訳なさそうに言う成行。


 「ユッキー。恐らくだが、キミは魔法強化剤のを飲んだ可能性が高い。あくまで私の予想だが」と、渋い表情で話す雷鳴。

 「ですか?」


 「そうだ。その魔法強化剤は、希釈きしゃくして摂取するのが正しい飲み方だったと思われる。それこそ、スーパーで売っている『だしつゆ』のように。ほら、『だしつゆ』って何倍かに希釈きしゃくして使うだろう?肉じゃがとか、そばつゆにするときに。それと同じだ」

 「つまり、僕は誤った飲み方をしたと?」

 「そうだ」と、即答した雷鳴。


 「僕はどうなるんです?」

 「まず一般人のキミが魔法使いになってしまった。それと異常に魔法の習得が早い。これは過剰摂取が原因だろう。あと、それによる副作用がどうかという話だ」

 「副作用の話は昼間もしたわ」と、見事が付け足して言う。


 「その辺は特訓と並行して記録が必要だな」と、見事を見た雷鳴。

 「それに関して、私もそう思ったから記録している」

 手帳を指さしながら答えた見事。

 「頼んだ、見事」

 雷鳴は頷きながら言った。


 そして、雷鳴は成行に尋ねる。

 「で、ユッキー。体調に変化はないか?異常はないか?」

 「それは今のところ、大丈夫です。条件魔法は別としても、魔法強化剤の副作用的なものは感じないです」

 今日の特訓を振り返りながら話す成行。炸裂魔法の威力には驚いたが、体調不調はない。今のところ問題なしだ。


 「そうか。異状ないなら、取り敢えず経過観察といったところかな。明日も引き続き特訓だな」

 「はい。頑張ります!」

 威勢の良い返事をする成行。

 「見事も、宜しく頼むぞ」

 「OK」

 これで今夜の特訓報告は終了した。


 改めて特訓のことを思い出す成行。

 少し緊張したことを覚えている。が、それと同じくらいにワクワクもした。

 オンとオフの感覚は明日もしっかり練習しよう。今日できたが、これをしっかり自分に定着させなくては。


 あとは威力の調整。これはまだ練習しなくてはいけないだろう。だが、焦らずに着実に。それと副作用にも注意だ。今のところは何もないが、今後もそうかといえば、そこは不透明。自分の体調のことだから、ここには注意せねば。

 そんな風に今日の振り返りをする成行。一言、『頑張ろう』っと心の中で呟いた。





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