その⑥「オンとオフ」

 そこは一面、草が刈ってあり、簡素な運動場というような場所だった。

 そして、大きな岩が無造作に複数あった。波消しブロックのような大きな岩だ。


「じゃあ、まずは『オンとオフ』から始めましょう。成行君、利き手は右?」

「そうだよ」

「じゃあ、右手をあの岩に向かって伸ばして」と、手本を見せる見事。

「こう?」

 成行は右手で岩の方を指す仕草をした。


「うん。そんな感じ。それで魔法を発動するイメージをして。それがつまり『オン』ね」

「わかった。『オン!』」

 『オン』と口にした成行。

「あっ。別に声に出さなくてもいいわよ。でも、最初はそれでもいいかな?どう?何か体に力がみなぎる気はしない?」

「う~ん。何も・・・」

 渋い顔をする成行。


「瞬発的に力を籠めるようなイメージをして」

 再度、アドバイスする見事。

「オン!」

 すると、成行の体内を、スッと何かが通り抜けるような感覚がした。

「今、何か感じた。何かスッとするような感じ」

 それに驚きと喜びを感じつつ、見事に言う成行。


「そう!その感じ!もう一回」

 見事が笑顔を見せる。

「この感じか。じゃあ―」と、再び叫ぶ成行。


「オン!」

 今度は、何か力が入る気がした。

 明らかに、一回目に叫んだときと異なる。魔法が発動できているという感覚がした。


「最初に『オン』って言ったときよりも、何か力が入ったよ」

「かなりいい感じね。その調子。これを繰り返して。今は力が入る感覚が、すぐ消えちゃうと思うけど、正しくオンができるようになると、車のエンジンがかかるのと同じで、ずっと力が入った感覚が続くわ」

「OK。やってみる!」


 成行は見事の指示通り、それを繰り返す。

 10回目を超えたくらいから、見事の言う通り、体に力が入った感覚が持続するようになった。


「かなり順調にオンができるようになったわね。これは凄いことだわ」

 真剣な顔で言う見事。

「本当に?僕って才能があるのかな?」

 照れ笑いする成行。

「いや、成行君が凄いんじゃなくて、キミが飲んだ魔法強化剤のことよ」

「そこは素直に弟子を褒めてほしいなあ・・・」

「じゃあ、柴犬みたいに撫でてあげる?」

 悪戯っぽく笑う見事。

「もう、いいですよ」

「拗ねないの。でも、凄くいい感じで特訓できているのは事実。そこは褒めます」

「やった!」

 思わず笑顔の成行。


「これでオンができるようになったわね。次はオフね」

「オンの逆だけど、どんなイメージをすればいいの?」

「スイッチを切る感じ。例えば、テレビのリモコンや、部屋の電気をオフにするイメージ」

「スイッチを切る感じか?じゃあ、やってみるよ」


 早速、右手を岩に向かってかざす成行。

「この場合も『オフ』って叫ぶの?」

 確認する成行。

「それは成行君に任せるわ。でも、最初はそれでいいと思う。イメージしやすいでしょう?」

「うん。その方が僕もわかりやすい」


 再度、手をかざす成行。

「では・・・」


 咳払いをして叫ぶ成行。

「オフ!」

 だが、体に籠った力が抜けた気がしない。


「そんなすぐには上手くいかないな」と、率直に言う成行。

「これも繰り返しね。力が抜ける感じがしたら教えて」

「うん」

 成行は見事の指示通り、『オフ』と叫ぶ。見事は、彼の脇で手帳にメモをしていた。


 成行が10回ほど『オフ』と叫んだときだ。スッと力が抜けた。

 といっても、成行に体力的な影響があったわけではなく、オンになる前の状態に戻った感じだ。

「この感じか・・・」

 成行はオフの状態になったことをしっかり感じた。


「静所さん、オフができた」

「本当?早いのね」

 メモをしていた見事は手を止める。


「何をメモしていたの?」

「成行君の成長記録。レベルアップに必要でしょう?」

「なるほど。じゃあ、僕は優秀な弟子って書いてくれた?」

「『魔法強化剤の影響は大。成行君の成長は早いのはそのせいかと思われる』って書いたわ」


「もう。静所さんは素直じゃないな。ツンデレさんかな?」

「どうして、そうなるのよ!じゃあ、『成行君は地道に努力をしている』っと」

 あきれ顔で書き足してくれた見事。

「ありがとうございまーす」

 素直にうれしい成行。


「でも、成行君の魔法使いとしての成長は早いわ」

「静所さんから見ても?」

「ええ。今日の僅かな時間で、オンとオフの習得ができたのは想定外ね・・・」

 腕を組み、真剣な表情の見事。


「マジで?」

「魔法強化剤の影響は大きいはずだけど、できるようになるのは、話が出来過ぎているというか、少し怖いかも」

 怪訝そうな表情を見せた見事。


「えっ?」

「成行君、しそジュースはどれくらいの量を飲んだの?」

「えっと、少なくとも500mlのペットボトル一本分は飲んだ」

 成行の言葉を聞いて、さらに考え込むような表情をする見事。


「少なくともって、つまり実際には、それ以上の量を飲んでいるの?」

「うん、多分・・・」

 床にこぼれたジュースを飲んだとは話していないため、答えづらい成行。


「そうすると―」

 手帳に何かを書き込みながら喋る見事。

「成行君、魔法強化剤を過剰摂取しているかもしれないわね」

「えっ?飲み過ぎってこと?」

「そう。ママから聞いたことがあるんだけど、魔法強化剤はそんな大量に摂取するようなものじゃないの。それこそ、普通のジュースやお茶とは、違うんだから。成行君は飲み過ぎの可能性大ね」


 見事の言葉に一抹の不安を覚える成行。

「それはやっぱりよくないこと?」

「成分がわからないから答えようがないけど、副作用の心配はあるかも。そう考えると、特訓だけじゃなくて、健康管理も必要ね」

 見事は更に手帳へ何かを書き込んでいる。


「何か恐いな・・・」

 今はオフの状態のため、特に体の変調を感じない。

 その代わり、副作用というキーワードが成行を不安にさせている。

「成行君の健康管理も、特訓と並行して記録するわね」

「お願いします。何か不安になってきた」


「でも、今は何かおかしい感じとかしないでしょう?」

「とりあえず、体調不調はないよ」

「じゃあ、どうしようかな?」

 見事は空を眺める。


 時刻は十七時を過ぎて、山梨県方面の空に日が沈み始めている。

「じゃあ、もう少しだけ特訓しましょうか?」

 見事はそう言って手帳を閉じる。

「何をするの?」

「いよいよ『炸裂』の魔法を発動よ」

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