その⑤「西東(さいとう)村」

 翌日、水曜日の放課後を迎えた。


 約束通り、今日これから特訓が始まる。

 昨日、聞いた説明はとても簡単だった。だが、いざ今日になってから、どんな特訓となるかドキドキしていた。


 「成行君、着替えて。動きやすいように、ジャージとか体操着でいいから。あと、外用のスニーカーを持ってきて」

 「わかった」

 「着替えたら一旦、リビングへ集合ね」

 「了解」

 成行と見事は、それぞれ着替えに向かう。


 今、借りているゲスト用部屋へ戻る成行。ベッドは一つだが、小型のテレビとデスクが用意され、エアコンも完備されている。部屋の内部は簡素だが、ビジネスホテル並みの設備はあった。


 制服から学校の体育用ジャージ上下に着替える。着替えて、すぐリビングへ向かうが、成行の方が先に着いた。見事の指示通りスニーカーを用意もしてある。


 リビングには誰もいない。雷鳴は外出中。西武園競輪場・FI開催の最終日を、現地で観戦するため、ランクルで出かけている。


 見事が来るまでソファーに腰掛けて待つことにする成行。

 少し眠かったので、ウトウトし始めたタイミングで見事がやって来た。


 「お待たせ!」

 見事も、成行と同じく上下体育用のジャージに着替えていた。

 「僕も、静所さんジャージだけど、激しいバトルとかしないよね?」

 「いきなり、そんな事はしないわよ?」

 「なら、よかった。ジャージがボロボロになる心配はないか」

 「大丈夫。夕べも話した通り、やることは基本中の基本からだから。じゃあ、特訓会場へ行きましょう。案内するわ」


 ついて来てという見事に、大人しく従う成行。

 今からどこへ行こうというのか。まさか、近所の公園でもあるまい。この家の敷地内を隈なく歩き回ったわけではないが、人目を気にせず特訓できる場所はなさそうだった。


 そんな風に考えていると、見事はのドアの前で止まる。

 そこは、一階の雷鳴・書斎の隣。ドアには、『衣装保管庫』との表示があった。

 「ここ?」

 思わずドアを指さす成行。


 「うん。ここよ」

 見事は何事もないかのように答える。

 「いや。でも、ここは―」

 外ではなく建物内。なぜ外履きの運動靴が必要なのだろう。


 「これが只の衣装部屋じゃないのよ。入れば、わかるわ。じゃあ、私に続いて」

 見事は何か得意げな様子でドアを開ける。


 内部はドアの表示通り衣装部屋だった。

 恐らく雷鳴所有の衣類や靴、バッグなどが、ところせましとあった。いずれも高そうな品ばかり。やっぱり金持ち魔法使いなのだなと思い知らされる。


「成行君、こっちよ」と、見事は部屋の奥を指さす。

 すると、そこにはドアがあった。


 そのドアは、衣装部屋の雰囲気とは不釣り合いな堅牢な造りになっている。まるで防護扉のような雰囲気だった。

 そのドアにも表示がされている。『開放厳禁・施錠せじょうを確認せよ』これだけ見ると、非常用扉と勘違いしてしまいそうだ。


 このドアの向こうに特訓場があるのか?思わず首を傾げる成行。

 そんな成行に対して見事は言う。

「そうよね。この向こうに特訓する場所じゃあるのかって思うわよね?」

 見事は鍵を開ける。鍵は暗証番号を入力するタイプだ。それを黙ってみている成行。開錠されドアが開く。


 ドアの向こうには、別の部屋があった。

「来て」

「うん・・・」

 その部屋に入ると、そこはまた衣装部屋とは異なる雰囲気。

 煉瓦造りの部屋で、部屋の中心に木製のテーブルとイス、それにソファー。そして、暖炉もあった。テレビや冷蔵庫は設置されていない。

 天井は一面いちめん白塗しろぬりになっている。高価な調度品は見当たらないが、パッとみた雰囲気は別荘と言って差し支えない。


 だが、この部屋の窓の外の景色に、成行は違和感を覚えた。何と、外には緑豊かな自然が広がっているのだ。


 思わず窓辺へ近づく成行。外は明らかに調布市内とは異なる景色が広がっている。

 窓の外、比較的遠くない場所に山が見える。この建物が一面、山に囲まれていることがわかる。


「これは一体どういうこと?」

 すると、見事は部屋のとある場所を指さしていた。


 そこには外へと繋がるドアがあった。そのドアにも表示がされている。『ここは東京都西東京郡西東村』と。


「えっ?東京都?これは一体?」

「『特定ドア』って呼んでいるんだけど、特定の場所と瞬時に行き来できるようになっているの」

「特定ドア?『どこでも』ではないのね?」

「残念ながら。でも、凄いでしょう?」

 得意げな様子の見事。


「凄い。でも、一応、外は日本なのね?」

「そりゃそうよ。自然がいっぱいだけど、一応都内だし」


 東京都・西東京にしとうきょうぐん西東村さいとうむら。同じ都内ながら、成行は訪れたことのない場所。

 西東京にしとうきょうぐんというだけあって、都内西部に位置している山間部の村だ。林業と農業が主要産業だと、小学校の社会科で習った気がする。


「この建物はどうなっているの?別荘的な位置づけ?」

「別荘って程じゃないわね。山小屋的な扱いかしら。この特定ドアで調布の家と繋がっているから台所も、お風呂も、トイレもないの」

「なるほど。必要な物は全て調布にあるわけだ」

「そういうこと。それに、この建物はあくまで中継地点という扱いだから、内装が簡素なの」

「普段は使うことはない?」

「最近だと、今日来たのが久しぶりかしら?それこそ、本当に野外での魔法の練習のためにあるようなものだから」

「でも、いくら山間部でも村の人はいるよね?人目は大丈夫?」

「それは心配なく。この西東村は魔法使いの村だから」

「なんと!」


 またもや、サラッと聞いた重要な情報。魔法使いの村とは、どういうことなのか。

「言ったままのことよ。村人が魔法使いなの。この村は、ママが室町時代の後期に作った村で、魔法使いの隠れ里的な扱いなんだって」

「何と言うか、そんな凄い歴史ある村なのね・・・」

「そうは言っても、のんびりした村よ。大きなお寺とかはあるけどね」


「ふうん・・・」

 魔法使いの村と聞いても、イマイチ実感の湧かない成行。

「この村の話は、一旦ここまで。外に行きましょう。今日の特訓開始!」

 そう言って、外へ出た見事。成行も見事に続いて外へ出た。


「おおっ!何か空気感が違う!」

 外の空気に触れて、大きく深呼吸した成行。


「『都会の喧騒を離れる』って言うけど、このことなのね」

 そう言って背伸びをした成行。それだけ周りの空気が心地よく、新鮮なのだ。


 どうやら、ここは山の中腹に位置しているらしく、眼下には集落が見える。


「見て。下の方に集落が見えるでしょう?あれが西東さいとう村のメインストリートね」

 見事が解説する。

 山間の細い幹線道路。それに沿うように、ちらほらと住宅や小さな商店が見える。そこを少し離れれば、何かを栽培している畑も確認できる。

 だが、それ以外は見渡す限り緑一色。林業を行っているのだろう。杉の木が多いことにすぐ気づく。


「えーと、地理的にはどうなっているの?」

「地理的に?単純よ。西には山梨県。北は埼玉県って感じ」

 見事は、それぞれ西と北を指さして解説した。


「ここ、冬場は雪が降ることもあるからね。積もるときは、結構積もるわよ」

「それは小学校の社会科で習った記憶がある」

「一応、特定ドア以外にも、車で来られるようにはしてあるの。ほら」

 見事が指さした方には道があった。


「あそこを下っていけば、西東村のメインストリートへ繋がるわ」

「勝手に誰かが来る心配はないの?」

「けっこう下の方に門が設置してあって、普段は施錠してあるから。一応、別荘があるという建前にしてあるけどね」

「なるほど」

「それに魔法で普段施錠しているから、泥棒も魔法使いも勝手に出入りできなくしてあるし」

「なら、安心か」

「そういうこと。じゃあ、こっちにきて」

 成行は見事と共に別荘から少し離れた場所へ歩く。

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