その③「捕虜尋問」
成行が目を覚ますと、彼は椅子に縛られていた。
周囲を見渡す。ここはどうやら古い工場らしい。窓へ視線を向ける。周囲は暗くなり始めている。この場所の照らすのは、防災用の携帯式電気ランタン。これが三つ置かれ、周囲を暗さから守っている。
今この瞬間は、金曜の夕方だろうか。それがわからない。
誰がこんなことをするのか。言うまでもない。先日の誘拐犯だ。またも、捕まってしまった。尾行されていたのだろう。一瞬の隙をつかれた格好だ。
今の成行は、身動きが取れないが、口は塞がれていない。
しかし、周りには誰もいない。
再度、周囲を確認する成行。この場所は放置されて暫く経つのだろう。使われなくなった機械や、破れた段ボール、乱雑に置かれたパレットが寂しく佇む。どれも埃を被っている。
成行は、先日自宅で出会った不審者の言葉を思い出す。
誘拐犯は、魔法使いの特殊部隊だと。それが事実なら、危機的状況だ。
連中は、今度こそ自分を逃がしまいとしているだろう。前回、脱出できたのは運が良かったのだ。目の前に誰かいなくても、他の場所で待機か、監視しているはずだ。
どうしたものかと悩む成行。
と、彼はあることを思いつく。魔法を使えばいいのではないか。まだ特訓を始めて間もないが、見事の衣類を吹き飛ばしたときに比べれば進歩しているはずだ。
炸裂の魔法でロープを切れるかもしれない。
だが、ここで雷鳴の言葉も思い出す。魔法で戦うなという言いつけ。
では、この状況からどう逃れる?戦わなければいいのか。だが、今回はそれが難しいかもしれない。
見れば、すぐ側に自分の通学鞄が置いてある。スマホは、あの中にあるだろうか。
椅子に縛られた状況では、スマホを取り出せないだろう。今回ばかりは、頭や体を捻っても、どうにもなりそうにない。
「どうする・・・?」
思わず呟く成行。
「どうにもならないさ」
不意に聞こえた声。
暗がりから人が現れる。
目の前に現れたのは、やはり上下黒尽くめ姿の男。顔は、またも目刺帽でわからないが、声で判断できた。若い男。二十代だろう。今まで聞いた声では一番若い。
思わず口をつぐむ成行。ゆっくり近づいてくる男を睨む。
「そんなに睨まないでほしいな、岩濱成行君」
男は優雅に言う。
「ゲストにこんな扱いは酷くない?せめて、ロープを解いてほしいな」
「だが、そうすると、キミはここから逃げるという失礼な真似をするだろう?」
男は自分用のパイプ椅子を用意し、成行の真正面に座る。
「僕はお家が恋しいだけさ」
柄にもなくキザに言ってみせる成行。悪い癖だと思いつつも、言わずにはいられない。
「私も故郷が懐かしい。それにキミの場合はガールフレンドのことも恋しいんじゃないか?」
「静所さんは僕の師匠だよ。アンタ、何者?僕じゃなくて、何か探し物があるんでしょう?」
「話が早くて助かるよ」
目刺し帽越しで顔は見えないが、金持ちか何かだろうか。粗野な雰囲気はない。笑い方が上品だった。
「九つの騎士の書だよね?」
「その通り。我々の調査で、キミが過去に本の魔法使いに出会ったという情報を得てね。それでキミに協力してほしいと考えたわけだ」
「人に何かをお願いする待遇じゃないよね?」
成行は体をよじらせ、不当な扱いを受けていることをアピールする。
「キミこそ、勝手に人の飲み物を飲んだのではないかね?」
そう言われて黙ってしまう成行。魔法強化剤のことだ。
「あれを飲んだということは、君が魔法を使えるということだ。そういうわけだから、キミを拘束しているロープは特殊な物を使用している。魔力を弾くロープだ。キミには解くことができないぞ」
「なるほど、それはナイスアイディア」
うんざりした様子の成行。すると、男は笑う。
「実は、こうしてキミに会うのは初めてじゃないんだ」
「何?」
それはどういうことだ。でも、この声は聞き覚えのない声だ。どこで出会っているというのだ。
「キミを初めて見たのは、キミの学校だよ。静所見事さんが猫とおしゃべりしているときだ。あのとき、私もあそこにいた。私のおかげでキミは見事さんと知り合えたんだぞ?」
男は得意げに言う。それを感謝しろとでもいうのか。だが、これで見事に出会えたトリックを知ることができた。
「だと、するとアンタも空間魔法を使えるの?僕が初めて静所さんと出会ったとき。あのとき、静所さんは空間魔法を発動していたはずだ。本来、僕は彼女に出会えないはずだった」
「偶然の産物だ。彼女の空間魔法に干渉し、猫君との会話を聞きに行ったんだがね。思わぬ来客がいた。それが―」
「僕ってことね」
「その通り」
フフフっと笑う男。
「それに今回、キミを誘い出すのも簡単だった。あっさり騙されてくれたからね」
「あのメッセージはアンタの仕業か?」
ペンケース張られた付箋のメッセージ。筆跡までは気にしていなかった。まさか、見事以外の人物が書いたとは少しも考えなかった。
「ああ、難しい小細工よりも、シンプルな方が疑われにくいと思ってね」
男の言い方が少し憎たらしい。
「でも、森林ゾーンでの出来事は、静所さんの落ち度じゃないってことだよな・・・」
「落ち度?ああ、キミが彼女と初めて出会ったときのことだね?彼女の魔法使いとしての腕は、文句のないレベルであると思うよ。ただ、如何せん経験不足だ」
「経験不足?アンタ、いやアンタ方はどこかの国の軍隊?」
「詳しくは教えてあげられないが、それで正解だ」
自宅で出会った不審者からの情報。裏が取れた。
「CIA?ロシア?中国?」
「彼らとは関係ない」
「じゃあ、日本の機関。自衛隊?それともPCT?」
PCTとは、Police Commando Teamの略省。以前、日本の警察特殊部隊であったSATが、名称と組織や装備を改変された特殊部隊のことだ。
「いずれもハズレだ。我々が、どこの国の機関に所属する部隊かは教えられない。申し訳ないね」
「僕も九つの騎士の書に関して情報提供したいけど、できないんだ。条件魔法がかかっていて、過去の記憶を思い出せない。申し訳ない」
それを聞いて男は何か考えているようだ。
「その話は嘘じゃなさそうだな」
男は腕を組む。
「困ったな・・・」
「僕も困ってる。アンタたちに協力できなくって。死ぬほど残念だ」
不敵に笑ってみせる成行。
「なら、他の形でキミには貢献してもらうつもりだ。キミの飲んだ魔法強化剤。恐らく、今のキミは魔法が使えるはず。一般人がどういうメカニズムで魔法を使えるのかを調査する必要があるんだ。キミを我が国に連れ帰って、研究に協力してもらおう」
穏やかに穏やかでないことを言う男。
「僕をモルモット扱いするの?」
「モルモット?ああ、あの生き物か?あれよりもいい待遇を約束しよう」
今度は男の方が不敵な笑いをした。
「冗談じゃない!」
今更ながら暴れだす成行。
心の中で魔力をオンにする。しかし、何か手ごたえがない気がした。本当にロープのせいで魔法が使えないのか。
「無駄だよ。そのロープは性能がいい。我が国の自慢の一品さ」
男の高笑いが憎たらしい。
「うわっ!」
暴れすぎて成行は椅子ごとひっくり返ってしまった。
「しばらく横になって、楽にしてくれ。私は部下と話をしてくる。あと、今回は見張りがいる。残念だが」
男はそう言ってその場を立ち去った。
ざらつく床の感触が不快だ。どうにかして、このピンチから脱しなければならない。
どこの国かわからないが、日本国外に連れていかれる可能性が高い。そうなったら、日本に帰って来られないだろう。
見事や雷鳴はこの異変に気づいているだろうか。少なくとも、見事は待ち合わせに来ないと気づいてくれているはず。しかし、どうやってこの場所を見つけ出してくれるだろう。
こんなことならGPS発信機でも、もらっておけばよかった。今更、後悔しても遅い。まさに、後悔は先に立たずだ
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