その②「不審者」
調布市内からおよそ40分。三人の乗ったランクルは、成行の自宅前に到着した。途中、多少の渋滞はあったが、無事に着いた。
「じゃあ、行ってきます」
「時間はかからないよな?」と、運転席から成行に確認する雷鳴。
「15分か、20分くらいで戻りますから」
そう言い残して成行はランクルを降りた。雷鳴と見事はランクル内で待機。成行だけが自宅内へ戻った。
昨日の午後、自宅へは戻っているのだが、何だか久しぶりに帰ってきた気がする。
自宅内へ入った成行は、リビングやダイニングなどを一通り確認する。しかし、異常は見当たらない。人が侵入した形跡はない。心配のし過ぎだったかと思いながら、二階の自室へ向かう成行。
階段を駆け上がり、自分の部屋へ入る。
ここも異常なし。部屋へ入って真っ先にそう思った成行。ベッドや机の周辺など、物色された様子はない。
やはり心配し過ぎか。油断にも似た安堵が成行の気を緩ませる。
「さてと・・・」
さっさと教科書を探そう。そう思ったときだ。
成行は息を飲んだ。
ドアに
助けは呼ばない方がいいと直感した成行。声を上げるよりも先に、弾丸が自分自身を撃ち抜くだろう。
拳銃の先端に、黒い
だが、拳銃の種類まではわからない。正解は、ベレッタAPXである。
何と言葉を発すべきかと考えていた成行に、不審者の方から声をかけてきた。
「岩濱成行だな?」との問いかけに、無言で頷く成行。
不審者は男性。決して若くない。声から察するに40代くらいか?
成行はとあることに気づいた。不審者が自分の名前を確認してきたことを。彼は意を決して言葉を発する。
「以前、どこかでお会いしました?」
芝居染みたセリフだが、成行自身の中で生じた違和感がそうさせていた。
コイツは誘拐犯じゃないかもしれない。決定的な根拠はないが、成行の直感は自分自身へそう
「今日、ここで初めて会うはずだ」
不審者の回答で確信した成行。やはり、先日の誘拐犯とは声が違う。偽警官や、顔面フリーキック男たちとも異なる声だ。
「その何て言うか、お金が欲しいのであれば、
「こっちは貴金属類に用はない。私が求めているのは、キミと同じかもしれない」
「僕と同じ?」
不審者の意味深な発言に、怪訝そうな表情になる成行。
何のことかと思案していると、不審者が答えを教えてくれた。
「キミを誘拐した連中さ」
「僕を誘拐した連中?」
思わずオウム返しをしたが、これで目の前の不審者が誘拐犯一味ではないことが確定した。だが、同時にこの不審者は、なぜ誘拐事件のことを知っているのかという疑問が生じた。
「私をどこの誰かと考えているな?」と、不審者は構えていた銃を下す。
「ええ。でも、先日僕を誘拐した人とは違いますよね?僕に何か御用で?」
「私は誘拐犯の一味とは関係ないし、キミの命を奪うことも目的じゃない。私は、私の理由で、キミを誘拐した連中を追っているんだ」
一体、何者なのか?成行は手当たり次第、問いかけてみる。
「誘拐犯を追っている?警察の方ですか?」
「違う」と、即否定の不審者。
「じゃあ、自衛隊?」
「ハズレ」と、これまた不正解。
「外国の特務機関?アメリカ?中国?」
「それも不正解」
会話のラリーをする成行と不審者の男。
「私の正体に関しては、知らぬが仏だ」
不敵な態度の不審者。だが、ここで言い返す成行。
「生憎ですが、僕は誘拐犯の心当たりはなくって。むしろ、知っていたら僕の方が教えてほしいくらいですよ」
「もっともな意見だな。誘拐犯には、何か探し物があっただろう?」
「ええ。魔法の本を探していました」と、素直に答える成行。
「私も魔法の本に興味はあるが、それ以上に、その本を追い求める連中に用があるんだ。つまり、キミを誘拐した連中のことだな」
「やけに執着しますね。彼らとトラブルでも?」
「まあな。理由はあるが、キミは知らない方がいい。余計に面倒臭いことになるぞ?」
不審者の男は、なかなか本心を言おうとしない。何かはぐらかすような答え方をしている。
「お引き取り願えませんか?連れには15分で戻ると伝えています。もしかすると、こちらへ様子を見に来るかも?」
成行は不審者の男に言う。すると、不審者の男は笑う。
「揺さぶりが下手だな、少年。雷鳴と殺し合いになるのは別に構わない。それはそれで結構だ」
それを聞いて動じてしまった成行。なぜ、雷鳴のことを知っている?しかも、殺し合いになるのは構わないという
「それは困るな・・・」と、素直な気持ちを口にした成行。
すると、成行の反応が面白かったのか、また不審者の男は笑った。
「素直で結構だ。では、キミに提案したいことがある」
「提案?」
何を提案するというのだろう?
「ああ。誘拐犯を捕まえるのに協力してほしい」
想定外の提案だった。まさか共闘の申し出とは。
「でも、正体不明の人とは組めないな」と、透かさず答える成行。
「うむ、それもそうか。では、考えてくれないか?少なくとも、キミにメリットのある話になるよう考慮する」
「メリットのある話?」
怪訝そうな顔をした成行。
「ああ。せっかく高校生活が始まったのに魔法使いに関わり合って、誘拐犯に狙われて、散々な目にあっているだろう?」
「ええ。普通じゃないです。その点は、もはや異常と言っていいでしょう」
「なら、せめて誘拐犯の脅威を取り除く手伝いをしたいと私は言っている。キミは誘拐犯の脅威から解放され、私は誘拐犯一味を捕らえられる。お互いに損のない話だ」
確かに損のない話だ。だが、話が上手すぎるようにも感じる成行。
「いい話ですが、僕一人では決めかねます。相談させてほしい」
「それはダメだ」
「そんなキッパリ否定しなくても」
「相談するって、誰に相談する?雷鳴か?」
本当に、この男は一体何者だ。雷鳴さんとは、どんな関係があるのだ?そう思いつつも、平静を保つ成行。もしや、雷鳴の知り合いを装っているのか?
「ええ、まあ。今、僕がお世話になっている方ですから」
「キミはまだ彼女のことをよくわかっていない。確かに雷鳴は凄腕の魔法使いだが、私から言わせれば色ボケ魔女だよ」
そう言ってせせら笑う不審者。
「酷い言い様だ。本人が聞いたらさぞ怒るでしょうね」
自分自身がイラっとしたことに気づく成行。
「なあに、私だって凄腕の魔法使いさ。真っ向勝負なら引けを取らない。それに色ボケ魔女だということは、彼女自身がよく理解してるはずさ?」
不審者の態度が気に入らない成行。世話になっている人の悪口を耳にするのは、こうも不快なのか。だが、目の前の男が、決して雷鳴を見くびっているようにも思えなかった。
「まあ、考えておいてほしい。キミ自身の意思で。あと、間違っても今日のことは雷鳴に言うな。そのときは、キミを撃ち殺す」
不審者の男はキッパリ言い切って笑った。
何か言い返そうと思ったが、それを思い留める成行。つまらないことを言って、拳銃で撃たれる展開は避けたい。先日の顔面フリーキックの教訓を生かさねば。
「まあ、考えときますわ」
わざと慣れない関西のイントネーションで答えた成行。
「じゃあ、私はこれで」
そう言って不審者の男は成行の部屋を出て行った。と、思ったらすぐに引き返してきた男。
「一つアドバイスだ。ここの家、雷鳴に頼んで魔法を用いた施錠をしてもらえ。そうすれば、一般人はもちろんのこと、私みたいな魔法使いの侵入も防げる」
「ご忠告、どうも・・・」
「それと―」
不審者の男は一瞬、間をおいて言った。
「共闘を申し込む上で、キミに情報を提供しよう。誘拐犯は特殊部隊だ。魔法使いのな。それと、連中がキミを知ったトリック。それを解明するためのなぞなぞを出そう」
「なぞなぞ?」
「盗み聞ぎをするとき、直に盗み聞ぎする以外にはどうすればいいでしょうか?」
「なんじゃ、そりゃ?」
反射的に言葉が出る成行。
「じゃあな!」と、不審者の男はその場を離れた。そして、今度こそ戻って来なかった。
彼がいなくなってから、成行はそっと部屋の外を見た。が、誰もいない。本当に帰ったようだった。
「はあ・・・」
溜息を吐く成行。一難去ってまた一難とは。
取り敢えず、本来の目的である教科書と参考書を回収し、ランクルへと戻った。
不本意ながらも、先程の忠告を参考にする成行。魔法を用いた施錠が可能なのか、雷鳴に確認した。あっさり、それが可能だと言われた成行。彼は雷鳴に魔法の施錠を依頼した。
成行は、雷鳴と見事を伴って玄関まで戻る。
「ユッキー、普通に施錠してくれ」
「えっ?はい」
雷鳴の言う通りにする成行。
成行が玄関の施錠をした後、雷鳴がドアノブをガチャガチャと揺さぶってみせた。
「えっ?何、今のは?OKなんですか?」
「ああ。終わったぞ?施錠完了だ」
何事もないような風に答える雷鳴。
どうみても施錠したドアをガチャガチャと開けようとしただけで、何も魔法を使ったようには見えない。
「どんなメカニズムの魔法なんですか?」
「それは企業秘密だ。あっ!疑ってるな?」
「いや、疑いたくなりますよ!ドアノブを触って、施錠確認をしたようにしか見えないでしょう?」
「じゃあ、聞くが私は逐一、呪文を唱えないといけないのか?言っては何だが、それは非効率だぞ」
「いや、非効率って。何と言うか、何かなあ・・・」
どうやら本当に魔法による施錠がなされているらしいが、納得できない成行。
「ユッキー、前も言ったよな?サブカル基準で考えるなって。魔法使い業界にも合理化とか、効率化というものはある。特に簡単な魔法は、呪文カットで発動できるように、簡略化が進んでいたりもする」と、得意げな表情をする雷鳴。
「呪文カットって、そんなコストカットじゃなんですから・・・」
「まあ、これも追々教えてもらえ。キミの師匠から。なっ、師匠?」
雷鳴は見事の肩を叩く。
「なっ!私が教えるの?」
「言っただろう?見事が師匠だって」
「もう!」
見事はプイっとそっぽを向いた。
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