第6章 師弟コンビ結成

その①「仲裁」


 成行と見事は、雷鳴がランドクルーザーで迎えに来るのを学校・敷地内で待った。

 三十分ほど待って、見事宛に学校前にランクルが着いたとの知らせが届いた。

 見事は体操着姿だが、ランクルは校門のすぐ脇に止まっているので、それくらいの距離を移動するのは平気らしい。


 「行きましょう、成行君」と、成行を睨む見事。

 「はい・・・」

 見事の近習きんじゅうのように黙って従う成行。


 白のランクルの側まで来ると、雷鳴が窓を開けて手を振る。 

 「おーい!こっちだ、こっち!」

 あんな大げさに手を振らなくても大丈夫なのだが。成行は見事とそちらへ向かう。


 「わかってるわよ、ママ!」

 見事はランクルへ乗り込む。彼女はランクルの助手席に座った。

 「その様子だと制服は木端微塵になったのか?」

 体操着姿の見事を眺めながら雷鳴は言う。


 「そうよ!それに今日は、この姿でバスに乗るのは嫌だし」

 見事は穿いているブルマを指さして言った。

 柏餅幸兵衛学園では、女子体育着はブルマ、ショートパンツ、ハーフパンツ、ジャージの中から好きに選んでいいことになっている。体育や部活、競技など、その状況に応じて自由に選択すればいいとの方針なのだ。


 成行は後部席へひっそりと座る。そして、雷鳴に静かに話し掛けた。

「あの、雷鳴さん。出発前に、一ついいですか?」


「何だ?」

 雷鳴は後部席を振り返る。

「僕、一旦自宅に帰りたいんですけど?」


「何か忘れ物でもあるのか?」

「取りに行きたい教科書とか参考書があるので。それに家の様子も確認したいので。用が済んだら、また静所家へ戻ります」

 申し訳なさそうに話す成行。


「それは構わないが、一人で行かせるわけには行かないな。行くなら、このまま三人でユッキーの自宅へ行こう」

「わかりました。それでお願いします」

「じゃあ、出発!」

 意気揚々とランクルを発進させる雷鳴。

 三人が乗るランクルは一路、稲城市内の成行の自宅へ向かった。


 出発して三分も経たぬときだった。

「そうだ、ユッキー」

 前を見たまま雷鳴が話し掛けてきた。


「一つ聞き忘れていたことがあったんだが、いいか?」

「はい。何ですか?」

「ユッキーは川崎市内の、どのマンションに閉じ込められていた?」

「マンション?あっ・・・」

 回答に詰まる成行。そういわれてみると、どこのマンションか名前を確認していなかった。脱出優先で、それを確認し忘れていた。


「その様子だと名前を覚えてないようだな?」

 ランクルが赤信号で止まる。ルームミラー越しに雷鳴と視線が合う。


「覚えていないわけじゃないんです。そもそも確認してないです・・・」

 申し訳なくて、思わず俯いてしまった成行。

「そんなことだと思った。じゃあ、大まかな住所は覚えているか?」

「はい。それは何となく・・・」

 あの夜、看板地図で現在地を調べたので、それは覚えている。成行は、その看板地図の話をした。


「でも、どうするんですか?神奈川県警の手を借りる気はないんでしょう?」

「まあな。だが、コネはあるんだ。それを使って、そのマンションを探してみる。だから、二人は誘拐犯のアジト探しはしなくてもいいからな」

 念を押すように二人へ言った雷鳴。川崎市には競輪場があるので、現地の魔法使いのコネがあるのかもしれない。


 成行は雷鳴に聞く。

「川崎市の魔法使いさんに協力してもらうんですか?」

「そんなところだ。品川、川崎、横浜近辺には魔法使いが多いからな」

 雷鳴は淡々と答える。

「大井と川崎の競馬。競輪もあるし、平和島のボートもありますからね」

「そういうことだ」

 確かに、あの辺は公営競技場が密集している。かつては横浜市にも花月園競輪場があった。

「品川、川崎、横浜付近は経済規模でも大きい街だからな。魔法使いが単なるギャンブラーだと思われては困るぞ?」

 雷鳴から釘を刺される成行だった。

 

「それとユッキー。キミの魔法について、聞かせてくれるか?」

 会話内容が今、最もホットな話題に変わる。すると、見事はバツが悪いのか、助手席の外へと目を向けた。


 見事の動向に目ざとく気づいた成行。

「えっと、これはどう説明したいいのか・・・」

 見事本人がいる手前、中々説明しづらい。


「今更、何をモジモジしているんだ?早い話、ユッキーが魔法で見事を素っ裸にしたんだろ?」

 雷鳴の直球に、見事の顔がサッと赤くなる。

「ママ!」

 思わず叫ぶ見事。そして、ルームミラー越しに成行を少し睨む。


「成行君から説明してもらって!」

 見事は再び助手席の車窓に視線を向けた。信号が青になり、再度発進するランクル。景色が動き始める。


「では、僭越せんえつながら―」

 咳払いし、先程の森林ゾーンでの顛末てんまつを話し始める成行。


 見事は黙って何も言わない。それは成行にとって気まずかったが、雷鳴は飄々ひょうひょうとした様子で話に耳を傾けていた。

「つまり、あれだ。アクシデントということだな?」

 一通ひととおり成行の話を聞いた雷鳴はそう言った。


「アクシデントで片づけないでよ!明らかに失格①よ!」

 透かさず見事は異を唱える。

「本当にすいません・・・」

 謝るほか手立てのない成行。


「悪意がなかったとはいえ、確かに失格①だな」

 笑ながらそれに同意した雷鳴。


「本当に悪意はなかったの?」と、見事は顔を赤くしながら後部席を振り返る。

「ないです。皆無です!」

 キッパリと嫌疑を否定する成行。

「ふんっ!」

 見事は不機嫌そうに視線を前に戻した。確実に見事はまだ怒っている。


「だが、凄いな。ユッキー」と、感心した様子で成行に話し掛けてきた雷鳴。

「褒めないで、ママ!」

 透かさず釘を刺す見事。


「だって、そうだろう?何の修業もなしに、そんなことができたんだからな」

 やはり、あのとき魔法が使えたのは凄いことのようだ。雷鳴にそう言われたら間違いない気がした成行。


「だが、そうなるとユッキーが飲んだのは、しそジュースじゃなくて、魔法強化剤で確定だな」と、雷鳴は断言した。

「あのしそジュースで、僕は魔法使いになってしまった。そういうことですか?」

「その通り」と、頷く雷鳴。


「成行君は、特例とくれい事項じこうで魔法使い登録されるんでしょう?」

 そっぽを向いていた見事が雷鳴に問いかける。

「無論な。魔法を使える者を放っておけないからな。その件を説明をしよう、ユッキー」

 雷鳴はニコッと笑ってみせた。それを見た成行は何があるのかと身構えてしまう。


「恐がらなくたって大丈夫だ」

「人体実験とかされないですよね?」

「う~ん。どうかな?」

 意地悪な笑みを浮かべる雷鳴。冗談だと何となくわかるが、あまりいい気はしない。


「まっ、心配するなって」と、軽い調子で雷鳴は話し続ける。

「まず、ユッキーは東日本魔法協会に魔法使い登録される。晴れてキミは魔法使い認定だな」

「修行とかしなんですか?漫画やアニメみたいに」

 成行は雷鳴に言う。


「何でもかんでも、サブカル基準で話すな。だが、基礎習得は受けてもらうからな?」

「それって、要は修行ですよね・・・?」

「そう考えてくれていい。キミの師匠も、もうここにいることだし」

 そう言って雷鳴は助手席を一瞥する。


「はっ?私が成行君の監督をするの?」

 思わぬ展開に驚きを隠せない様子の見事。


「待って、ママ!何で私が成行君の監督をしないといけないの?魔法なら、ママに教えてもらった方がいいと思うし、私には成行君にされた仕打ちが!」

 またも見事から睨まれる成行。


 しかし、そんなことは関係ないとばかりに雷鳴はこう続ける。

「だからこそだろ。ユッキー、見事のことをおのと仰ぎ、しっかりと魔法を教わること。見事はユッキーを指導し、基礎的な魔法を扱えるようにすること。これをきっかけに仲直りするんだな」

「そんなぁ・・・」

 見事は不服な様子だが、それ以上異議を申し立てなかった。


 一方、成行も異議を唱えなかった。

 見事をあんな目に遭わせたので、気まずいは気まずいのだが、彼女から魔法を教わること自体は不服ではなかった。雷鳴の御膳立て通りに仲直りのきっかけになればいいが。


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