その④「新しい約束と過去の記憶」
もしも、入学直後に見事がそんなこと言っていれば、彼女を残念美人だと思ったかもしれない。しかし、昼休みの一件を目撃した後では、そんな風に考えられない。さらに、たった今、発生した怪奇現象。彼女の告白を信じざるをえない。
「魔法使いなの?」
「信じてない?」
「いや、そんなことは・・・」
クラスメイトの突飛な発言に、成行はふと思い出した。
そういえば・・・。10年前の記憶。その当時にも、自称・魔法使いの女の子に出会ったことがあった。公園で遊んだこと。そして、魔法を見せてもらったこと。
「僕、前にも魔法使いに出会ったことがある」
「えっ?本当に?」
成行の発言に、今度は見事が驚きの表情をみせる。
余程、驚きだったのだろう。彼女は思わずベンチから立ち上がっていた。
同じく立ち上がり、見事を見つめる成行。
「信じない?」
先程、問いかけられたことを、そのまま彼女へと返す。成行から顔を逸らした見事。何かを思案した様子の彼女は、再び成行の顔を見る。
「その話を聞かせてくれる?」
「いいよ。座って」
見事にベンチへ座るように促す成行。
「今から10年前。6歳のときだよ。僕と同い年くらいの女の子だった。その子が、自分は魔法使いだって言っていたんだ」
「その子が魔法使いだという証拠は?」
真剣な表情で問いかけてくる見事。
「えっと、本を見せてくれた。いや、魔法を使うために、本を使うみたいだった」
それを聞いた見事は黙り込んでしまった。
見事の反応を見た成行は、彼女に問いかける。
「信じてもらえた?」
成行は自分の話が疑われているのかと思った。
「いえ、その話をもう少し詳しく聞ける?」
「何か変なこと言った?」
「いや、その話が本当だとすると、ちょっとね。本をどんな風に使うの?」
「今も言った通り、魔法を発動するために本を使っていたと思う。僕は魔法使いじゃないし、よくわかんないけど。でも、そんな気がした」
「成程ね・・・」
「これでいい?」
「ええ、いいわ」
「何か気になるな。何かあるの?本を使う魔法使いに?」
「ええ。まあね・・・」
何とも要領を得ない回答だ。見事の素振りは、何かを隠しているようにも見えた。彼女は再びベンチから立ち上がり、成行に問いかけた。
「お願いしたいことがあるの、成行君。昼の件や、私が魔法使いであることを黙っていてほしいの」
「それは構わないけど・・・」
勿論、最初からそんなことをする気は、成行にはない。
「よかった。成行君が話のわかる人で」
見事はまた笑顔を見せる。
「秘密をしゃべるって言われたら、どうしようかなって思ってたの」
「じゃあ、僕が秘密を守れない男だったら?」
見事にそう問いかけると、彼女から笑顔がスッと消える。そして、無表情でジッと成行を見つめて何も答えない。
「ちょっと、何か答えてよ!恐いよ、静所さん!」
「フフフッ!恐かった?」
見事は悪戯っぽく微笑む。
「恐かったよ」
「ごめんね。でも、魔法使いって一般人になめられたら終わりだから」
「いや、そういう発言が恐いんだって!」
冗談なのか、本気なのかわからない発言にたじろぐ成行。
「そんなに恐がらないで。それとね、もう一つ」
「今度は何?」
「今、成行君が話してくれたことに関して」
「僕が話したこと?昔、魔法使いに出会ったことがあるって話?」
「そうよ。えっ?まさか、また嘘なの?」
「違う、違う!嘘じゃないよ!ただ、こんな話をしても、誰も信じてくれないだろうって思って。誰かに話すのは、静所さんが初めてだよ」
「過去、誰にも話してないのね?」
「勿論。そんな話をして信じてもらえるワケないし」
魔法使いの女の子と遊んだ話は、嘘じゃない。小さい頃のことだからといって、勘違いの類などでもない。
ただ、そんな荒唐無稽な話をしても、信じてもらえなかっただろう。子供の嘘だと思われて、おしまいだっただろう。それは当時から感じていたことで、今でも何となく覚えている幼い日の記憶だ。
「その話をしてほしいの。私のママに」
「静所さんのお母さんに?どうして静所さんのお母さんに話すの?」
思わぬ登場人物。なぜ、見事の母親が登場するのか。
「それはママから直に説明してもらうわ」
成行は迷った。幼き日の記憶を話すのは、別に構わない。しかし、この話題に喰いついてくる見事と、急に話題に出てきた彼女の母親。何が、どう関係しているのか。
「お願いします。じゃないと、私・・・」
頭を下げつつも、睨むような表情を一瞬見せた見事。
「えっ?何、脅すの?」
「もう、協力してよ!乙女の秘密を勝手に覗いた罰だと思って。安いもんでしょう?」
両腕をブンブン振って懇願する見事。普段の真面目そうな雰囲気からは想像できない子供っぽい仕草だ。
「乙女の秘密?パンツが白い件に関して?」
「しつこい!今日は白じゃなくて、水色よ!」
「えっ?」
「あっ!もう!成行君のおバカ!」
顔が伊勢海老のように赤くなる見事。
「何か協力したくないな。人にものを頼む態度じゃないよね?」
「じゃあ、いいや。このまま、ここに成行君を閉じ込めて帰ろう。魔法使いの存在をばらされても困るし・・・」
冷めたい表情で言う見事。その反応に成行は怯える。
「ちょっと!何でそんなことを言うの?わかったよ、協力する!するよ!是非、協力します」
調子に乗り過ぎた。機嫌を損ねて本当に帰れなくなるのは困る。もはや拒否する選択肢はない。
「思い立ったが吉日よ。今から私の家に来て」
「今から?」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど」
また急な話になった。いきなり見事の家へ行くことになるとは、少しも考えていなかった。だが、クラスメイトの女子の家に行くのだ。少しドキドキし始める成行。
「待って。ママに連絡するわ」
見事はスマホを取り出すと、メッセージを打ち始めた。5分と待たないうちに、彼女とその母親のやり取りが終わったようだ。
「ママと連絡が取れたわ。行きましょう、成行君」
そう言って見事が指さした先には、遊歩道への出入口があった。
「凄い。本当に魔法使いなんだ・・・」
成行は目を丸くする。
先んじて遊歩道へと歩き出す見事。成行もすぐに続いた。
「ねえ、静所さん」
歩きながら成行は見事へ尋ねる。
「教えてくれない?本を使う魔法使いの秘密」
不意に足を止める見事。すると、彼女は成行の方を振り返ると一瞬、躊躇って話し始める。
「私も詳しい話は知らないの。いや、正しくは詳しく話せないと言えばいいのかしら?その魔法の本は、魔法使いにとって伝説のアイテム。いや、都市伝説的なものなのよ」
見事は話しながら再び歩き始める。
「伝説?じゃあ、僕が出会った女の子は凄い魔法使いなの?」
「それは、ここで検証しようがないわ。それを検証するためにママに会ってもらうの。本に関する情報は、ママの方が圧倒的に多く持っているから」
成行は過去の記憶を呼び覚まそうとした。10年前に出会った女の子は、そんなにも凄い物を持っていたのか。
しかし、よく思い出せない。記憶が曖昧というより、そんな凄い魔法を見たという記憶そのものがない気がした。もし本当に凄い魔法を見ていたら、そんなこと忘れるはずがない。何かおかしい。
「成行君」
見事がまた足を止め、振り返る。
「そういえば、ちゃんと確認していなかったわ」
「何を?」
「具体的にどんな魔法だったかを。10年前、成行君が出会った女の子は具体的にどんな魔法を使えたの?」
「具体的に?」
「そう、具体的に。例えば、箒で空を飛ぶとか。炎を起こすとか」
「えっと、具体的には・・・」
成行は重大なことに気づく。
「具体的に?えっと・・・?」
思い出せない。具体的にどんな魔法を見たのか、思い出せないのだ。
そのことに愕然とする成行。おかしい。なぜ、思い出せない。魔法使いの女の子。楽しく遊んだこと。本を使う魔法使い。だが、肝心な魔法を思い出せない。あの子は、どんな魔法を使ったのか。
おかしい。おかしい。おかしい。思い出そうとすると、頭の中が白くなる気がした。
「成行君!」
ハッとする成行。すぐ目の前に見事の顔があった。
「大丈夫?何かあった?」
深刻そうな表情で成行を見つめる見事。
「いや、大丈夫?何が?」
何だったのだろう。何かがおかしい。何を考えていた。成行はよろけて倒れそうになる。
「それは私がキミに聞いているの?立てる?」
「うん。大丈夫・・・」
「私にはそんな風に見えないよ?」
「大丈夫だから・・・」
頷きながら答える成行。
不思議な感覚だった。これまでも六歳頃を思い出すことはあった。しかし、今のような感覚に襲われたのは初めてだった。
「歩ける?」
心配そうな見事。彼女は成行の肩を支えている。
「大丈夫だよ、静所さん。一人で歩けるから」
徐々に体の中からフワッとした感覚が消えていく。急な眠気に襲われるような気分だった。記憶が記憶を呼び起こそうとするのを拒絶したように思えた。
「今、何があったの?」
「何か急に気が遠くなるというか、眠くなるというか。昔のことを思い出そうとしたら、そうなったんだ」
「えっ?本当に?」
険しい表情になる見事。一瞬、何か考えて成行に言う。
「成行君。それは魔法かもしれない。やっぱり今日中に話を聞いた方がいいわね」
「これ、魔法なの?」
変な感覚だったが、魔法というより体調不良に近い。そんな魔法もあるのかと、少し驚く成行。
「とにかく、一旦ここを離れましょう。足元に気をつけて」
見事は成行のことを気にかけながらゆっくりと歩いてくれた。
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