その③「静所さんの正体」

 校舎南側のグラウンドで練習しているサッカー部員の声が聞こえる。

 昼休みから3時間以上経過し、森林ゾーンの入口へと戻ってきた。こんな形で、ここへ戻って来るなんて想像もしていなかったが。


 15時半を過ぎて、これから徐々に日が落ちる時刻へと向かう。

 森林ゾーンの遊歩道は、かなり暗い。昼どきですら、あの薄暗さだった。今や闇に飲み込まれるのでないかという雰囲気になっている。


 「本当にいるのかな?」

 そんな疑問が浮かぶのも無理はない。手紙には、で待っていると記されていた。見事からの手紙で知ったあの広場の名前。名前は洒落ているが、薄気味悪い遊歩道の先で、彼女は待っているのだろうか?


 「行こう・・・」

 成行は遊歩道を進む。

 森林ゾーン内は、やはり昼どきよりも暗かった。遊歩道を進んでいると、そのことがよくわかる。時折、風でなびくく木々や、雑草が不気味に唸る。野生動物といわず、モンスターが出現するゲームの世界へ迷い込んだ気分だ。

 しばらく歩くと、遊歩道が緩やかな下り坂になる。満月の広場の手前まで来た。

 前方に開けた場所が見えて、見事の座っていたベンチも見える。しかし、そのベンチには誰も座っていない。


 「あれ・・・?」

 成行は遊歩道をゆっくり下る。

 満月の広場へ出ると、そこは遊歩道の暗さとは無縁。空を見上げれば、西に傾く太陽が見える。

 「満月の広場か・・・」

 広場内を見渡みわたすが、ベンチがポツンとたたずむだけ。だが、見事の姿はない。


 「静所さん、いないじゃない」

 遊歩道の周囲とは異なり、遮蔽物がベンチしかない満月の広場。彼女が隠れる場所はない。それとも近くの茂みに潜んでいるのか。

 「静所さん!」

 成行は叫ぶ。だが、返事はない。聞こえるのは、風が草木を揺する音のみ。

 「何だよ。マジでいないじゃん・・・」

 改めて周囲を見渡す成行。


 「んっ?」

 異変にすぐ気づいた成行。彼は急に走り出す。

 向かったのは、この広場へと続いていた遊歩道の出入口。

 「これは一体・・・!」

 そこには何もなかった。正確には草が生い茂り、ここへといざなってきたはずの遊歩道がなくなっていた。

 慌てて、周囲を見渡す。しかし、どこにも外へと繋がる遊歩道がない。そんなものは、最初からなかったかのように、草木が広場を包囲している。


 「マジかよ・・・」

 いよいよ怖くなってきた。いや、完全に怖い状況だ。怪奇現象だ。

 心臓の鼓動が速くなる。

 よもや異世界に迷い込んだのか。いや、まさか。それは困る。


 深呼吸をして、もう一度、広場を見渡す。やはり、遊歩道への出入口がなかった。

 「そんなバカな・・・」

 「バカな話じゃないわよ?」


 不意に聞えた声。

 振り返ると、誰も座っていなかったベンチに彼女がいた。静所おとなし見事みこと。オレンジ色のロングヘアが風に靡く。昼時と同じで、日に照らされてキラキラと黄金色こがねいろに輝いて見えた。


 「静所さん・・・」

 急に現れたクラスメイトに、驚くよりも安堵する。思わず彼女に駆け寄る成行。

 「静所さん・・・!」

 見事は微笑む。

 「座って、ここに」

 彼女は自分の右隣に座るように、そこポンポンと叩いてみせた。


 「うん・・・」

 言われるがまま、そこへと腰掛ける。緊張した面持ちの成行に、見事は穏やかに微笑んでみせる。

 「来てくれてよかった」

 「あんな風に書かれると、来ないわけにはいかないでしょう」

 「効果てきめんね」

 無邪気に笑う見事をよそに、あまりリラックスできない成行。


 「そんなに怖がらなくてもいいわよ。ただ、確認したいことがあって」

 「昼休みのこと?」

 「そう。単刀直入に聞くわね。見たでしょう?」

 一瞬、言葉に詰まる成行。ひと呼吸おいて答える。

 「見たよ・・・、パンツ。白かった」

 「ウソでしょ⁉何で見えたの‼」

 頬を赤くしてスカートを思わず押さえる見事。


 「ウソです。すいません・・・」

 恐る恐る回答する成行。

 「もう!次に馬鹿なこと言ったら許さないから!」

 ムッとした表情の見事だったが、咳払いをして話題を戻す。


 「あれは何だったと思う?キミがお昼に見た出来事は?」

 「腹話術?」

 即答する成行。

 「えっ?アハハっ!本当に?」

 見事は堰を切ったように笑いだす。彼女の反応に戸惑う成行。あんな手紙を送っておいて、実は昼休みのことをそんなに気にしていないのか。

 怪訝そうな表情の成行をよそに、見事は笑いながら話す。


 「腹話術ね!成程、そんな風に見えたのね?」

 「違うの?じゃあ、あれは何?」

 「あれは猫とおしゃべりしていたのよ」

 猫とのおしゃべりを認めた見事。

 「信じてないの?」

 「そんなに簡単に認めていいの?」

 「何で?本当のことよ?」

 余裕の表情で言う見事。

 「だけど、あまりにあっさり認めるから・・・」

 「じゃあ、やっぱり腹話術ってことにしてくれる?」

 彼女の問いかけに唸る成行。

 「そんな難しい顔しないで。早い話、私が魔法使いだからよ」

 「えっ?」


 とんでもない発言が出た。見事は自分が魔法使いだと名乗った。



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