その⑤「シビックお姉さん」

 見事と共に学校を離れる成行。奇妙な体調不良も治まり、二人で高校側の公園へと向かっていた。ここへ迎えが来るのだという。

 迎えが来ると聞いて、何かファンタジー的なものが来るのかと考えた成行。安直あんちょくだが、空飛ぶドラゴンとか、箒に乗った魔法使いとか。その程度の発想力しかないのが、いささか恥ずかしい。


 しかし、成行の想像とは異なり、公園にいたのは赤いホンダのシビック・タイプRだった。運転席に座っていたのは20代半ばの女性。見事とは異なり黒髪のロングヘア。クリームイエローのシャツに、藍色のデーパードパンツ姿。そして、ブラウンのサングラスをかけている。あれはレイバンのレディースものか。

 察するに見事のお姉さんだろう。年齢的に、この人がお母さんはあり得ない。

 「来て、成行君」

 「うん」

 シビックに向かって走り出す見事。空飛ぶドラゴンはいなかったが、シビックの鮮やかな赤色の車体はとてもになる。瞬時にカッコイイと感じさせてくれる洗練された一台だ。


 「お姉ちゃん!」

 見事は運転席の目の前で手を振る。パワーウィンドウが開いて、運転席の女性が顔を現した。

 「コイツが例の少年か?」

 運転席の女性はサングラスを取る。

 「コイツ呼ばわりしないで。同じクラスの子なの!」

 「こんにちは」

 成行は運転席の女性に軽く会釈をする。


 「私の名は静所アリサ。見事ちゃんのお姉ちゃんだ」

 「岩濱いわはま成行なりゆきです」

 見事の姉に会釈した成行。


 「まあ、乗りなよ。少年」

 美人だが、何か変わった雰囲気というか、個性的な人だ。クラスメイトの姉に対する第一印象は、そんな感じだった。


 成行と見事は後部席に乗る。

 「こういうときは君が運転して、クラスの女の子を横に乗せるもんだぜ」

 ルームミラー越しに後部席を一瞥いちべつしたアリサ。

 「いや、僕はまだ免許を取っていい年齢じゃないですから」

 「お客様、シートベルトをお締めください」

 「わかってます。いや、というか免許の話は?」

 アリサの掴みどころのない会話に困惑する成行。


 「お姉ちゃん、やめてよ!成行君に変なこと話し掛けないで!」

 成行とアリサの会話に割り込む見事。

 「ゴメンよ。お姉ちゃん、妹が男を連れてきたって言うから舞い上がっちゃって。許せ、少年」

 「男って!変な言い方をしないで!それに『少年』じゃなくて、成行君よ。ちゃんと名前で呼んであげて」

 「わかったよ、ユッキー」

 フレンドリーに話し掛けてくるアリサ。


 「いや、急に距離感が縮みましたね?何か近すぎませんか?」

 「それはさておき、家へ行こうか」

 アリサはシビックのエンジンをかける。

 「いや、無視しないでください。お姉さん」

 「私は、まだ君のじゃないぞ?」

 「やめてよ、お姉ちゃん!変なこと言ってないで早く車を出して」

 姉の態度にあたふたする見事。


 「本日は、『アリサ交通』をご利用いただきありがとうございます。これより実家に参ります」

 ウグイス譲のような口調で話すアリサ。意気揚々とシビックを走らせ始めた。


 「静所さんのお家はどこなの?」

 肝心なことを聞いていなかった。車で移動するのだ。どこか離れた所に住んでいるのだろうか?

 「同じ市内よ。お姉ちゃんは立川で一人暮らしだけど。ちなみに成行君は?」

 「稲城から来てるよ。だから、通学は楽」

 「確かにそれなら楽だね」

 見事は屈託のない笑顔を見せる。至近距離でそれを見ると、やはり可愛い。


 「稲城から来ているなら、学校帰りに京王閣けいおうかくに行けて羨ましいな」

 アリサが会話に割り込んでくる。

 「そんな所に成行君は行かないわよ」

 「京王閣けいおうかく?東京オーヴァル?」

 「そう、東京オーヴァル京王閣けいおうかく。ユッキー、競輪わかるの?」

 アリサは成行に興味を示したのか、後部席を一瞥した。


 東京オーヴァル京王閣けいおうかく京王閣けいおうかく競輪場と言った方がわかりやすい。東京都内で、都心に最も近い競輪場。アクセスも良く、京王線・京王多摩川駅を降りれば、目の前に競輪場だ。

 「ええ、まあ。そこいらの男子高校生よりかは、知識はありますよ?」

 少し得意げに答える成行。

 「へえ、そうなのか?じゃあ、4年前のオールスター競輪決勝で準優勝したのは誰?」

 「川崎オールスターですね?準優勝は、久留米の寿ことぶき勝男かつお。飛ぶと思ってたから荒れましたね。因みに優勝は、宮城の遠増とおます政広まさひろ

 成行が即答したので、アリサは驚いた様子だった。ルームミラー越しに見えた彼女の仕草から何となくそう感じた。


 「意外。何で詳しいの?」

 見事もこの話題に喰いついてくる。この反応こそ、意外だと思う成行。

 「子供の頃に、父さんが競輪場に連れてってくれることがあってね。それで知ってるんだ」

 「へえ、そうなんだ。お姉ちゃんやママは、競輪を観に行くことがあるから、気が合うかもだね」

 「えっ?魔法使いは競輪ファンが多いの?」

 半ば冗談で言ってみる成行。


 「そうだよ。あっ、言っちゃった!」

 「はっ?」

 「ユッキー、今の話は内緒にしといてくれよな?」

 アリサはそう言ったが、にわかにしんがたい話だ。

 魔法使いの存在は、成行の隣に座るクラスメイトによって実証された。それに加えて、その魔法使いには競輪ファンが多いという話。


 「あの、魔法の話をしませんか?この後の目的から外れているような気がするんですが?」

 「固いこと言うなよ、ユッキー。競輪がわかる男子高校生なんて、そんじょ其処そこらにはいないんだから」

 「魔法使いこそ、そんじょ其処そこらにはいないって思うんですけど」

 「でも、成行君。競輪場のある自治体には、魔法使いは高い確率でいるわよ?それこそ、百パーセント」

 「マジで」

 今度は成行がこの話題に喰い付いた。


 「じゃあ、首都圏だと、調布、立川、さいたま、所沢、川崎、小田原、松戸、千葉とかにも魔法使いがいるの?」

 「ええ、無論。かつて花月園のあった横浜市にもね」

 コクコク頷く見事。特段、驚くような話題でもないらしい。


 「魔法使いに会いたければ、競輪場に来ればいい」

 ドヤ顔でアリサは言った。

 「そんな重要な情報をホイホイ話してもいいんですか?」

 「大丈夫。誰もそんな話を信じないから」

 何か凄いことを言われた気がする成行。


 「いや、それを言ったらおしまいですよね?待って。お姉さんも魔法使いってことでいいんですよね?」

 「ユッキー、私のことは『アリサお姉ちゃん』って呼んでくれよな?」

 「いやです」

 即答する成行。

 「チッ!」

 速攻で舌打ちするアリサ。

 「いやいや、そんな態度はないでしょう?」

 「もう、お姉ちゃん!成行君にマウントしないで!もっとフレンドリーにできないの?」

 「ゴメンよ、見事ちゃん。お姉ちゃん不器用だからさ」

 「いや、不器用すぎるだろ」

 思わずツッコミを入れてしまう成行。


 「ユッキーの質問に答えるよ。私も何を隠そう魔法使いさ。私たち魔法使い姉妹さ。見事ちゃんは16歳だから魔法少女だね」

 「その呼び方はやめて。語弊ごへいがあるから」

 成行を気にする見事。その呼ばれ方が余程よほど恥ずかしいようだ。

 「語弊?正しい呼び方だよ。18歳までは魔法少女と呼んで差し支えない。それに魔法少女って呼ばれて、チヤホヤされるのは高校生までだ。大学生の魔法少女は厳しい・・・」

 遠い過去を振り返るような、そんな顔をするアリサ。過去に何かあったのだろうか。

 

 「あの、質問していいですか?」

 二人に問いかける成行。

 「紋切り型な質問で恐縮ですが、箒で空を飛んだりしないんですか?空飛ぶドラゴンとか?」

 「やだな、ユッキー。魔法使いは、そんなホイホイ箒で空を飛んだりしない。それそこ、アニメの見過ぎだ」

 「いや、その発言は魔法使いの存在を否定してません?」

 当事者たる魔法使いの発言にモヤモヤする成行。


 「でもね、成行君。その指摘は正しいわ」

 今度は、見事が真面目な顔で話す。

 「魔法使いの存在は、いいの。それは魔法使いが望んでいることだから。私たちは魔法を、魔法使いという存在をさとられないように生きている。だからこそ、君との出会いは驚きだった」

 真っ直ぐ成行の目を見て話す見事。その言葉に嘘はないだろう。彼女の真剣な眼差しで、そう感じる。


 「それに今の時代、箒に乗れなくても困らないのよ。九州や北海道に行きたければ、羽田から国内線に乗るし、新幹線にも乗る。それにレア能力だけど、瞬間移動できる人は最初からそうやっている。迂闊うかつに空を飛んで、ツイートされるリスクは避けたいから」

 見事の解説にあっさり納得してしまう成行。彼女の言っていることは、もっともだと思った。

 気軽にあとさき考えずにSNS上に拡散されてしまう時代。リスクマネージメントの視点から、それは至極当然なことかもしれない。


 「それに箒で空を飛ぶには二つの魔法が必要になる。わかる?ユッキー」

 アリサが問いかけてきた。

 「二つの魔法ですか?えっと、まずは空を飛ぶ魔法」

 「正解。もう一つは?」

 「もう一つですか?うーん、箒の操縦テクニック?」

 「ハズレ。正解はだ」

 「ステルス魔法?何かカッコいいネーミングですね」

 「要は姿を消す魔法さ。それができないと箒で空を飛ぶのは禁止なんだよ」

 成行はアリサの言いたいことを理解した。


 「姿を見られるのを防ぐんですね?」

 「その通り。ネットとマスコミ対策だよ。夕方のニュースで空飛ぶ魔法使いが紹介されるのは避けたいし。それに私は思うんだよ」

 「何をです?」

 「やっぱり、かっこいい車を運転するのが一番楽しいってこと!」

 アリサは上機嫌でシビックを加速させた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る