ずっと見てきた人がいる
劇的で刺激的な日々を期待していたわけではない。毎日のごとくイベントが発生したって疲れる。けれど、あまりにも何も起こらなすぎ。クラスが同じだから顔を合わせない日はない。一緒に下校もする。休日にはデートらしきものもした。ただ、それは同性の友達と大差がなかった。アリサの収まっていた場所に江波くんが入った。それだけ。カップルらしい華やかさはない。ときめきもない。
彼が隣にいて居心地が悪いということはなかった。最初に無理だと感じなかった、その直観が正しかった? アリサの言葉の通りだとすればそうなる。
同じ時間を過ごしていれば、少しずつ彼の人となりや趣味嗜好もわかってきた。やっぱり、印象の強いタイプではない。極端なところがなく、特筆すべきものはない。どこにでもある特徴の、どこにでもある趣味の、その寄せ集めとして彼の個性は形作られていた。
けれど、それでも彼はどこにでもいる誰かではなかった。私にとって彼は、江波くんという個人だった。
とはいえ、まだ友達と変わらなかった。それは江波くんがそう接しているせいもあったのかもしれない。事実として付き合ってはいる。けれど、それ以上を望んでいるような素振りが彼にはなかった。
自分から告白しておきながら、江波くんは関係を進展させるつもりがないのだろうか。
このまま異性の友人という間柄のままなのだろうか。
そもそもなぜ私だったのだろう。
彼が隣にいるのが当たり前になったころ。ファストフードで二人でテスト勉強をしていて、ふとノートから顔をあげると横にいた江波くんが私を見ていた。
「なに?」
詰問するような口調でもなかったはずだけど、彼は慌てて視線をそらした。
「あ、ごめん」と謝りそれからつぶやく。「やっぱり目なんだね」
「へ?」
思わず変な声をあげてしまった私に、江波くんが「ほら、それ」と。
「そうやって驚いたりすると、東堂さん、はっきり二重になるんだよね」
自分のことだから他人から指摘されるまでもない。メイクするときは鏡とにらめっこしている。奥二重だと知らないわけがない。
ただ、単純に疑問。
「いつから、気づいてたの?」
「自己紹介のときかな」
それって入学式の日じゃん。
出席番号順に一言ずつという定番のやつ。けれど、自分の席で立ち上がってではなかった。どういうわけか、うちのクラスはいちいち教卓まで行かないといけなかった。彼が言うにはその際発見したんだとか。
「一番前の席だったから、斜め前から見上げる形になって。それで、あれ? 二重なのかなって」
「普通そこまで観察する?」
「たまたまだよ。何人も自己紹介聞いてると飽きてくるでしょ。だいたいみんな同じようなことしか言わないし。やることなんて表情観察するくらいしかなかったんだ」
「江波くんって真面目そうでいてそういうとこあるよね」
そういうとは、どういうことを示しているのか。けど、なんとなく江波くんらしいなと妙に腑に落ちた。
「最初は、ふーん奥二重なのかくらいだった。ただ、そう思って見ると、東堂さん、一見表情薄そうだけど目に感情が出やすいんだなって。それが判明してから自然に目で追うようになってた」
「ねぇ、もしかしてだけど。好きになったきっかけってそれなの?」
うーん、としばらく思案していた江波くんは結局最後には「たぶんそう」と同意した。
「もちろんそれだけじゃないけど。でも、きっかけなんてそういうものじゃないかな。どんなものだって、最後まで辿っていけば、行き着くのはひどく単純なものだったり」
ずっと見てきた。それで好きでいてくれる。その事実に安堵している私がいた。
「始まりは私のこの目だったと。でも、今まで見てきたなら、これは違うなぁみたいのなかったの? 幻滅というのかな。たとえば、一目惚れだったとしても、その感情がそのまま続くとは限らないでしょ。どこかで、この人やっぱり好きじゃないかもみたいになる瞬間があったりするんじゃ」
「ないよ」断言した。「好きになったのは、東堂さんって人。もしかしたら東堂さんにだって嫌な面はあるかもしれない。でも、それも含めて東堂さんだ。否定なんてしたくない。全部受け入れたい。それが好きになるってことだよ」
無条件に私の存在が肯定される。
頬が火照って彼の顔をまともに見れなくなった。
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