お試しで始まる恋もある

「付き合っちゃえばいいじゃん」

 抹茶ムースに添えられたミントの葉をフォークでどかしながらアリサが言う。和スイーツをメインに出すカフェの二人席だ。

「なんか適当に言ってない?」

 江波くんに告白されたと真剣に相談したのに。


 文化祭の打ち上げの二次会で付き合ってくださいと告げられた。カラオケ店の廊下だった。ドリンクバーのおかわりを取りにきた私を追いかけてきたらしい。江波くんとは同じクラスだったけど、それだけ。これまで接点はなかった。印象が強いほうでもなく、正直よく知らない。成績は悪くなかったような気もする。


「いや、でもさ」フォークで私を指すアリサ。「好きだって言われて悪い気はしなかったんでしょ」

 それはそう。考えさせて欲しいと判断を保留にしたのもだから。でも、好意を向けられて嫌な人なんている? 自分を好きだと言ってくれる誰かがいるのは普通に嬉しい。


「だったら、試しに付き合ってみればいいじゃん。ホント駄目なときは、告られた時点で、え? 無理ってなるから。茜は重く考えすぎ。合わないと思ったら別れたらいいんだよ。ほら、あれ。クーリングオフみたいな」

 経験則だろうか。さすがモテる人間の言うことは違う。

「でも」プリンの黒蜜ときなこを意味もなくスプーンで混ぜる。「そんなの失礼じゃない?」


「失礼っていうなら、よく知らない相手にコクるってのも大概でしょ。そういうのってだいたい勝手に幻想抱いて勝手に幻滅したりするんだよ。こっちを巻きこまないで一人でやってろって感じ。そもそもさ、打ち上げでってどうなのって私は思うわけ。どうせ盛り上がったその場のノリでとかそういうのなんじゃないの。お酒でも入ってテンションあがったりしてさ」

 カラオケでお酒なんて出ていたっけ。よく覚えてないけど私の記憶にはない。制服姿の客にアルコール出す店員もいないだろう。


「勢いだったとしても、それで本気じゃないってことにはならない。本気だからこそ、勇気が出ないこともあるよ。祭りのあとの雰囲気に背中を押してもらっただけなのかもしれない。そういうのは疑っちゃいけない。素直に信じるべき。他人の気持ちは気持ちとして尊重したい」


「茜は純粋だねぇ。付き合えたら儲け物くらいの感覚でコクって来る男子もいるんだよ。数打ちゃ当たるみたいに見境なくとかさ」

「江波くんはそんなんじゃない。と思う。アリサにも行ってないんだし」

 なんで私が江波くんを擁護しなければいけないのか。

「ほら、それは私が高嶺の花で手が出せなかった、とか」

 いつの間にかお皿は空になっていてアリサがフォークを紙ナプキンの上に置いた。私も最後の一口を食べてしまう。


「ともかく、さ。ものは試しで付き合ってみればいいんだよ」

「でも」

 自分でもなにに拘っているのかわからなくなっていた。黒糖プリンの甘みが口のなかにずっと残っている。


「なんでそうお堅いのかね。でも、茜みたいな生真面目な子のほうがチョロかったりするんだよね。実際交際してみたら案外すぐに好きになるかもよ」

 アリサの言葉を完全に信じたわけではない。ただ、ずるずると答えを先延ばしにするのが気を咎めたから。

 私は江波くんと付き合うことにした。


 本心を隠したままなのはアンフェア。まだよくわからないこと、迷ったこと、それからアリサのアドバイス、全部打ち明けた。

「好きになったのが東堂さんで良かった」

 放課後の空き教室で江波くんはそう笑った。

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