完全版12 龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー
嬉々として、手際よくナップザックから出した工具ベルトを着け始めた
「念のため聞いとくけどさ、いや、聞かなくてもわかるけどさ、何しようっての?」
「そりゃ、聞くだけヤボってヤツでさ」
ニヤニヤしながら、信仁は答えた。答えながら、
「シャッター横のドアは監視されてる、セキュリティは殺せない?」
「出来ねぇ事はねぇが、強硬手段になるから気取られる可能性が高いな」
「じゃあ、そっちはスルーの方向で」
言って、信仁は道路に面した工場の長辺側、防火対策の針金入り磨りガラスの明かり取りサッシが三つある壁側に移動する。ついて来たあたしと寿三郎に、
「窓に影映すなよ、夜でも結構目立つぜ」
言って、工場の中を顎でしゃくって示す。
あたし達から見て工場の左手奥、シャッター面からは右手奥になる位置の工場内部の隅っこに、ほのかに明かりが灯っているのがわかる。常夜灯にしては明るい。誰か居る可能性がある、って事か。
あたしがその明かりに気を留めている間に、信仁は小さな折り畳みの椅子と、養生テープと、軸を直角くらいに曲げたマイナスドライバーを取り出した。
「周囲の警戒、よろしく」
振り向かずに言って、明かりから一番遠い、シャッターに一番近い窓の下に椅子を置いて、信仁は椅子に乗り――道路に対して工場の敷地は少し高いから、窓も自然に高い位置になる――、そのガラスの右下の隅に養生テープを貼ると、ドライバーをサッシとガラスの隙間に突っ込んで、こじる。
みしり、ほんの微かな音がする。こじる場所を変えてもう一度。養生テープを剥がすと、隅のガラスが欠けてテープに付いてくる。
あまりの手際の良さに、あたしは言葉が出ない。信仁は、自分のタブレットを寿三郎に渡すと、太めの硬いロープみたいなものの片側のUSB端子をそれに繋いで、反対側をガラスの隙間に差し込む。無言で、寿三郎は信仁にも見えるようにタブレットを持ち替える。あたしも覗き込んでみると、そこには工場内部の様子が映し出されていた。
「中は誰もいないか?奥の明かりは事務所かな?」
ボアスコープカメラをゆっくり振りながら、信仁が言う。
「中途半端な明るさだな……」
寿三郎が、低く呟く。煌々としているなら誰か居る、常夜灯レベルなら誰もいない。だが、これは……
「……多数決だ、俺は行く、どうだ?」
信仁が、振り向いて聞いた。寿三郎、あたしと、続けて視線を合わせ、片方の口角を上げ、言う。
「決まりだな。となりゃ……」
即座に、信仁はボアスコープカメラでサッシ近傍を確認する。
「……防犯アラームはねぇな、甘いなー、大甘だぜ」
言いながら、信仁はサッシのクレセント錠付近に養生テープを貼り、ドライバーでこじる。あっという間に指が入るだけの隙間が開く。一瞬で解錠し、音がしないように静かにサッシを開けた信仁は、今度は壁に背をつけて中腰になり、ヘソの高さで両手を組む。即座に、二人分の荷物を持った寿三郎がその手を足がかりにサッシから工場内に侵入する。
何、この手際というか連携というか、息の合いっぷり。こいつら、会ってからまだ二週間経ってないはずなんだけど。
あっけにとられてるあたしに、信仁が促した。
「ほれ、
「おっと……有り難ぇ、ログオンしっぱなしだぜ」
ドアに鍵のかかっていなかった、事務所らしき、卓上スタンドの明かりだけが点いている二間四方程の部屋の片隅に置かれたPCをいじりながら、
「お、サーバのリモートデスクトップのショートカットあるじゃねーか……何だこれ、パスワード登録されてるぜ……セキュリティ、ザルだな」
「システム組んだ奴は警戒してても、運用で代無しのパターンかな?」
寿三郎の独り言に、
「だな。ご苦労なこった……ここはいい、多分隣がサーバ室だろう、そっち頼む」
「あいよ。姐さん、行きましょう」
頷いたあたしから視線を寿三郎に戻した信仁が、一言付け加えた。
「誰か居る可能性高いから、注意しろな」
作業に没頭している寿三郎は、振り向きもせずに頷いた。
事務所の隣には、同じくらいの大きさの部屋がある。その部屋のドアは施錠されていたが、信仁は手持ちのピッキングツールで難なく解錠してしまう。
「俺んちの近所のバイク屋の店長がね、店畳むから好きな工具持ってけって。他にも色々山ほど貰ったけど」
鍵をなくしたりした場合のため、整備工がピッキングツール持ってる事が多いのは、あたしも知っているが。そういう仕事以外で持っていると、職質で一発アウトってのも知ってる。
「そこで仕事手伝ってた事もあるから、ま、グレーゾーンって事で」
何か聞きたいあたしの顔色を見て、信仁はそう付け足して、ドアを開けた。
部屋に入り、ドアを閉めた信仁は持って来た懐中電灯、あたしも見た事もない巨大なマグライトを点灯する。見た事はないが、一応、知ってる。持ち手をつけた、いわゆるマグライトンファー、しかもこれ、長くて重くて警棒より強力なんで発売禁止になった7Cってヤツだ。それを聞くと、
「よく知ってますね、俺の
……こいつの親父さんも、普通じゃないのかも……
「そりゃそうと。ただのサーバ室ってわけじゃないっすね」
「……ああ」
片側の壁を埋め尽くすパソコンラックに、回しっぱなしの空調。それだけなら、普通のサーバ室なんだろうけれど。
あたしの鼻は、色々とやっかいな匂いも感じていた。
「あんたも、わかるのかい?」
「……オイルと、こりゃ乾物の匂いか。そこの段ボール箱かな?」
あたしの問いに答えつつ、信仁は部屋の隅にいくつか置いてある段ボール箱を物色し始める。
「おおっと、こいつは……」
「何か出たかい?」
小さくだが、声をあげた信仁に、あたしは近寄る。そのあたしに、ニヤニヤ顔の信仁が紙の束を見せた。
「……ちょ!なんてもん見せるんだい!」
あたしも、思わず大声出しそうになる。それは、あられもない格好の女どもの写真が満載の、エロい動画のチラシだった。
「ここのサーバで裏動画の配信、ドライブもあるからメディアの販売もやってるみたいっすね。それと、これ」
あたしの反応にお構いなしに、別の段ボールから取り出した、茶色い何かが入ったジップロックを信仁は見せる。
「違法なヤツじゃないのかもですがね、脱法系のアレでしょうね。お、なんだこれ、拳銃の弾か?手広くやってやがんな」
「……こんなに無防備に置いとくもんなのかい?」
「さあて。ガサ入れ喰らったら、それこそ床板剥がして根こそぎ調べられるだろうから、無駄な努力するよりまるごと切り捨てるんじゃないっすか?知らないっすけどね」
その時。離れた所から、水を流す音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます