完全版11 龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー

「川口なぁ……」

 歩きながら、信仁しんじがぼそっと呟く。

「昔はもっと場末な感じだったって、親父がよく言ってますけどね。すっかりキレイになっちまったって」

「そうなの?」

「錦糸町なんかもそうっすけどね、東京もんに言わせりゃ……ってあねさんも東京じゃなかったすか?」

「東京ったって、あたしゃ東村山だからねぇ。ほぼ埼玉だよ」

「あー、東村山。あれすか姐さん、盆踊りで東村山音頭とか踊るんすか?」

「……あれさぁ、オリジナルの東村山音頭があるって、知らないだろ?」

「えうそマジっすか?」

「お二人さん、楽しそうなところ、済まねえんだがな」

 二歩ほど前を歩く寿三郎じゅざぶろうが振り向いて、あたしと信仁の会話をぶった切って、言った。

「そろそろ、仕事の時間だぜ」


「おう。じゃ姐さん、話の続きはまた後でゆっくり」

 そう言って、信仁はナップザックを降ろしながらさっさと寿三郎の方に寄っていく。その切り替えの早さに、あたしはついて行けなくて一瞬取り残される。

 軽く疎外感を感じつつ、あたしは、何か始めた二人を見る。二人の視線の先にあるのは、曲がり角の向こうの貸し工場――工場と言っても倉庫に毛の生えたような――らしき建物。建物の大きさは見た目で、道路に面した側は15m程、奥行きは10m弱という所だろうか。そこに車二台分程度の駐車場がついている。工場の上は住居エリアになっているようだ。

 信仁は、テレビのアンテナのちっちゃいのみたいな奴から伸びるUSBケーブルをタブレットに繋いで、アンテナをその工場にかざしている。どっかで見たと思ったら、あれだ、報道系バラエティ番組でたまに見る、盗聴電波探す奴、アレに近い。

「おっとビンゴだ、SSIDが一致したぜ」

 タブレットを見ていた信仁が、呟いた。

Gutグート。じゃあ、どこまで潜れるか、やってみるか」

 寿三郎も、自分のタブレットを操作して何かを始めた。

「すまねぇ姐さん、周りの人目だけ気にしててもらえませんか?」

 振り向いた信仁が、あたしにそう言った。あたしも、信仁に頷き返す。ここは川口の中心部からはかなり外れた、荒川沿いと言って良い工場地域。繁華街と違って街灯も少ないし深夜は人通りもほとんど無いが、ゼロってわけでもなさそうだから。

 とはいえ。

「……で、何を始めたんだい?」

 周りを気にしつつ、あたしは二人に聞いてみる。

「説明してやんな」

 めんどくさそうに、いや実際めんどくさいのだろう、タブレットに繋いだキーボードを凄い勢いで操作しながら、寿三郎が呟く。ため息をつきながら苦笑した信仁が、あたしに説明し始める。

「姐さん、寮のWiFi使ってますよね?SSIDってわかります?」

「なんだっけ?それ」

「スマホとかWiFiに登録する時、登録するアクセスポイントの名前とか出てきませんでした?」

 言われてみれば、そんな事した気がする。あいまいに、あたしは頷いた。

「要するに、WiFiの電波出してるアンテナはSSIDっていうそれぞれ個別の名前があるって思ってください。んで、俺らがネット掲示板にエサまいた話、しましたよね」

「画像になんか仕込んだって、あれ?」

「さいです。その画像に仕込んだBot、活性化するとSSIDやらIPアドレスやらの情報を一切合切拾って帰ってくる、そういう仕組みになってまして」

「そうか、それで画像ダウンロードした奴の……って、結構な数にならない?」

「その通りっす。そこで、俺が奴らの車につけた発振器、アイツは付近のWiFiに潜り込んで位置情報その他を送り返して来るんですが」

「わかった、それと、さっきの奴の一つが一致した?」

「そゆこと。その位置情報がつまりここで、SSIDも一致したと、こういう事っす。今、寿三郎はそのWiFiからサーバに侵入しようとしてるんです」

「そうか、侵入出来れば、欲しい情報が取れる、って事ね?」

「……そう簡単にはいかねぇな」

 寿三郎が、割って入る。

「Web経由でもダメだったが、やっぱWiFi側からでもダメだ。外部からサーバへのアクセスは徹底的に警戒してやがる、LAN内のクライアントからサーバへのアクセスも基本拒否してるな。強引に入ると足がつくか、最悪警報立てられるなこりゃ。WiFiそのものはザルなんだがな……」

「……て事ぁ、何か見られたくないものがサーバに置いてある?」

「かもな」

「直接、親機サーバを叩けばいけるか?」

「アドミン権限とれりゃあ、な」

「取れるか?」

 寿三郎は、作業開始から初めて、こっちを振り向き、ニヤリと笑って、言った。

「誰に聞いてんだ?」

「よっしゃ、じゃあ、早速おっぱじめるか」

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