完全版13 龍の卵 ー時代遅れの風紀総番長「巴御前」、曲者の新入生に翻弄されるー

 信仁しんじが、咄嗟にマグライトを消す。この部屋には窓がないが、それでもドアの隙間から光が漏れる可能性はある。真っ暗になるかと思ったが、目が慣れてくると、ラック内の大量のPCやら何やらのランプ類で、足下程度は見えるくらい、意外に部屋の中は明るい。

「トイレだったか?きしょーめ、なげートイレだな」

 信仁が、呟く。工場のシャッターの横、入り口ドアの脇にトイレらしきものはあった。あたし達が見ている範囲で人の動きはなかったが……その前から入っていたのか。

「気付かれてはいないみたいね」

 足音を聞きつつ、あたしも呟く。窓がないから様子は見れないが、足音に乱れは感じられない。

寿三郎じゅざぶろうが気付いてりゃいいが……どっちにしても、騒ぐ前に黙らしちまいましょう」

 近づく足音にあわせて、小さな声で信仁があたしに言う。あたしは、暗闇の中で頷く。同時に、あたしはジーンズのポケットに手を入れ、数枚忍ばせておいたゲーセンのメダルに触れる。必要があれば、これを使う。指弾ってヤツだ。冗談半分で、コイントスの精度を高める練習してるうちに身についた技だ。念を乗せりゃ、かなり役に立つ。

 足音が、ドアの前を通過する。一呼吸置いて、音がしないようにゆっくりと信仁がドアノブを回し、慎重にドアを引く。その分、どうしても出るのに時間がかかる。

 足音が、乱れた。

「……誰だてめぐぅ!」

 チンピラの怒声が、途中で消える。ワンテンポ遅れて跳び出したあたしがポケットの手を引き抜いて指弾を弾くより早く、あたしより一瞬だけ早く跳び出した信仁がその男、見るからにチンピラの背後から、腎臓のあたりにマグライトの柄で突きを入れた。一声だけ上げたチンピラは、地べたに崩れ落ちる。

 ……こりゃしばらくトイレで苦労するヤツだ。手加減ないな信仁こいつ。おっかない……

「不寝番居たのか……上に聞こえたか?」

 声も出せず、傷みで逆エビになってのたうつチンピラに、手際よくハンカチで猿ぐつわを噛ませ、結束バンドで手足を縛る信仁に、事務所の入り口まで来た寿三郎じゅざぶろうが聞く。

「聞こえてねぇといいんだが……あとどれくらいかかる?」

「五分か十分か、色々面白いリストが手に入るぜ」

「そりゃ結構、ブツは隣で見たぜ」

「余裕あるわね、あんた達」

 あたしは、コンクリの高い天井からわずかだが聞こえてくる、さっきまでは無かった微かな足音を聞きながら、言った。

「……聞こえてたか」

 寿三郎も、気付いたらしい。上を見上げて、言う。

「時間稼げるか?」

 明らかにその言葉は、信仁に向けて発している。それはわかるが。

「今すぐ撤退は?」

 あたしは、一応、提案してみる。

「間に合うかどうか。それに、折角握ったネタだ、きちんと全部確保したい。勿論、あねさんが強権発動するってんなら、従いますがね」

 いけしゃあしゃあと、信仁が言ってのけやがる。寿三郎も、頷く。あたしは、ため息をついた。

「……わかったわよ。その代わり、そのネタとやらできちんとケリつけられるんでしょうね?」

「そこは交渉次第だな。ま、大丈夫だろうよ」

 寿三郎が、安請け合いする。

「頼むわよ……」

 あたしは、ずっと持ってた竹刀入れから木刀を取り出しながら――こいつらの目の前で、手品を見せるわけには行かない――、言う。

「じゃあ姐さん、時間稼ぎに行きやしょうか?」

 信仁が、作業ベルトを落とし、黒い合皮の手袋をつけながら、言った。


「姐さん。聞くまでもなさそうだし失礼かもですが、腕に覚えは?」

 事務所から出て工場の入り口方向に早足で歩きながら、信仁が聞いて来た。

「生徒会執行部は荒事も仕事のうちだから。多少はね」

 あたしも、愛用の薄手の革手袋――ゴルフ用だけど羊皮の、手になじんだヤツ――をつけながら、言い返す。

 自慢じゃないけど。早田学院はやたがくいんの巴御前の二つ名は、伊達じゃあない。それに……そもそも、あたしの体の中の血が、荒事になる予感に、打ち震えてやがる。

「そういうあんたはどうなんだい?」

 あたしは、内心の高ぶりを抑えつつ、信仁に聞いてみる。

「俺すか?俺はもう平和主義者で、ケンカ弱いっすから」

 初撃で容赦なく、背後から急所を一突きする平和主義者が居てたまるか。

「おっかねぇから、正々堂々とケンカなんかしないっすよ」

 マグライトンファーで肩を叩いてにやつきながら、信仁は返した。こいつ、何か企んでやがる。あたしは、外階段を駆け下りてくる複数の足音を聞きながら、言った。

「……いいわよ、その腰抜けぶりが頼もしいところ、見せて頂戴」

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