#3 昼の教室、ペストマスク、走る


 遅刻をした。



 

 遅刻をして教室に入るのには、それなりに勇気がいる。ドアを開けたときに一斉に注目を浴びる感覚は二度や三度遅刻をしたくらいでは慣れることができない。


 今日もまた、例に漏れずクラスメイトの視線を浴びて足がすくんだ。


 クラスメイトが奇妙なマスクをしていた。

 知識の上ではそのマスクをペストマスクと言い、ペストが流行した頃に防護マスクとして医者がつけていたことは知っていた。しかし、それとクラスメイトが顔全体を覆う黒い嘴のついたマスクをつけているのを受け入れるのは話が別だった。


「おい、あいつマスクしてないぞ」

「やばいんじゃないか?」

「感染してるかも」

「やっつけないと」

 ボソボソとくぐもったクラスメイトの話し声がする。口元が隠されているので誰が喋っているのがわからない。


 訳もわからず逃げ出した。


 怖くて振り向かなかったが、クラスメイトが追いかけてくる足音がする。

 初めは何かの催しか冗談だと思ったが、あいにく今日はハロウィンではなかった。それに、逃げている途中と思い返せば教室に向かう途中も一切人の気配がしなかった。あのマスクを被ったクラスメイト以外、学校は無人だったのである。


 背後から追いかけてくる足音に合わせて、例のくぐもった声も追いかけてくる。

「必ず仕留める」

「お前らは周りこめ。この階で挟み撃ちにする」

「平和のために」


 その声はマスクでくぐもって聞こえる以上に抑揚のないものだった。話している内容は誤解の余地なく物騒なのに一切の殺意が乗っていない。


「君、こっちにきなさい」

 その声は、くぐもってもいなければ感情もあった。

 咄嗟にその声の下方向に倒れ込むと背後でガラガラと音がして光が消えた。

 外側では、クラスメイトが何やらはしているが聞こえない。しばらくすると声も足音も消えた。

「そろそろ大丈夫だろう」


 外に出てわかったことは、隠れていたのは給食用のエレベータだったということ。そして助けてくれたのが担任の先生であったこと。


「参ったよ。学校に遅刻したと思ったら誰もいないし。いたと思ったらおかしくなったクラスメイトなんだからね」

「一体何が起きたんですか?」

「推測だけど、あれっぽいよね。ゾンビ映画」

「でも、喋ってたし・・・」

「体が腐り落ちてもなかった。全部が全部映画通りとはいかないにしても、ずっとあいつらを見てて思ったことがある。もしかしたら、あいつらは正気のつもりで、私たちがゾンビに見えているのかもしれない」

「ということは、ずっと狙われるんですか?」

「さあな、わからないことが多すぎる。とにかく外にいくぞ。異常が起きているのが学校内だけなのか確かめる必要がある」

 

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