12 シャドウヘッド

 さてそのころ、渦巻く青い宝石の頭を持つチーフラピスは、男爵邸の裏からこっそり侵入しようとしていた。強力なセンサーを持つチーフラピスは慎重に言った。

「プロトキメラの反応は確かに男爵邸の中だ。しかも二階ではなく一階か、もしくは地下室…下のほうから反応がある。我々の目的は、みんなの戦闘中にそのありかを確かめ、うまくいけばこっそり盗み出すことだ。シャドーヘッドアルファよ、お前の出番だ」

 2台出動したシャドーヘッドのうち一人が進み出た。

「は、チーフラピス様」

「この屋敷は意外とセキュリティが高く隙が無い。だが、どうやら二階の屋根にある天窓が開け放ってあるようだ。あそこから侵入して、プロトキメラの正確な位置を探るのだ」

 シャドーヘッドは各種センサーを備えた優秀なアンドロイドだが、その外見は目のくぼみや鼻の出っ張りがやっとわかるほどの全身黒ずくめで、柔軟な体は驚くほど細く、反重力スーツによって体重を自由に変え、光学迷彩装置により、数十秒の間なら、透明になることもできるすぐれた機体だ。

 だがこれから、チーフラピスたち侵入チームは男爵邸の真の恐ろしさを知ることとなる。

 シャドーヘッドαは体を透明化すると、反重力スーツを使ってあっという間にスルスルと屋敷の壁面を登りきり、小さな天窓からやすやすと侵入した。

「…チーフラピス様、広いリビングにはこの屋敷の住人らしき者が2名います」

「くれぐれも気づかれるな。急いで屋敷のデータを送るのだ。作戦はこちらで立てる」

「かしこまりました」

 すぐにαから屋敷の中のいろいろな分析写真が送られてくる。透明化している数十秒のうちに移動し、物陰から隠し撮りでデータを集めるのである。チーフラピスの人工知能の中に屋敷の正確な見取り図が組みあがっていく。また調べるほどに監視カメラが多く、簡単には奥には忍び込めないこともわかってきた。

「なるほど、プロトキメラは地下室にあるらしい。だがエレベーター以外で地下室に行く方法はあるのか、地下室につながる階段はないか確認してくれ…」

「今、透明化して、プールのあるテラスに通じるドアのカギを内側から開けました。これでチーフたちも侵入可能です。ではこれより、一階の各部屋を探索し、地下室への別ルートを探索します」

 そう言ってαは、植物園や水族館のほうへと慎重に廊下を歩きだした。だが、それを最後の言葉に、αからの連絡は途絶えた。いったい屋敷の中で何が起きたのか…?。

「ありえないことだが、突然αと連絡が途絶えた。仕方ない、βと2名のキューブヘッドで中へと侵入しよう。二階に行けば、二階のエレベーターで地下まで行けるはずだ」

 チーフラピスは残りのシャドーヘッドβと2名のキューブヘッドを連れて、テラス側のドアから侵入するために、身を低くしてプールサイドを歩いて行った。その時だった。

「うぐぐっ」

 小さな悲鳴とともに、少し離れた一番後ろを歩いていたキューブヘッドがプールに落ちていった。そして二度と上がってこなかった。戻って水底をのぞいてみると、なんとキューブヘッドは全く動かなくなっていた。

「水に落ちたくらいで活動が停止するはずはないのだが…?。いったい何が…?だが今は時間がない。先に進まねば」

 チーフラピスたちは先ほどαが内側から開けてくれたドアを目指してプールからテラスを通り、近づいていった。中ではサムとグリフィスが楽しそうに話していた。

「まずいぞ、入るタイミングを間違えると、あの二人に見つかってしまう」

 チーフラピスたちはドアの外でしばしチャンスをうかがっていた。その時、玄関の外で大きな音がした。バイトバットが撃墜された音だったかもしれない。

「おい、グリフィス、やばい奴らが近くまで来て要るっぽいぞ」

 グリフィスはスマートフォンで外の監視映像を確認して焦って言った。

「ヒェー、あのキューブヘッドや卵型のロボットがうちの庭で戦っている!すぐ二人でシェルター室に移るぞ」

「シェルター室?」

「リビング全体がトラップだから、ここにいたら俺たちも危ないんだ。だから特別な部屋を用意したんだ。中にはメイドロボットもいて、飲み物や食べ物のサービスもあるぞ。こっちこっち」

 グリフィスは、アタッシュケースをつかむと、あのリビングに似つかわしくない金属の重厚なドアを開けてサムの手を引いて中に飛び込んだ。

「今だ!」

 そのわずかな隙を見逃さず、チーフラピスと部下たちはリビングに飛び込み、すぐに近くの小階段に飛び込むと急いで登って手すりの内側に身を隠した。

「あれだけ高性能のシャドーヘッドαが突然連絡を絶ち、我々と一緒にプールサイドを歩いていたキューブヘッドがあっという間にプールの底で動かなくなっていた。この屋敷には、我々にはわからない謎の仕掛けがあるのかもしれない」

 すると同行したキューブヘッドが自分から言った。

「二階のエレベーターホールまでさほど距離はありません、まず私が行って危険がないか確かめてきます」

「よし、頼んだぞ」

 するとキューブヘッドはさっと身をかがめながら二階の回廊を小走りで移動し大階段の上まで来た。ところがそこには男爵の書いたルナサテリア夫人の美しい肖像画がかかっていた。チーフラピスはその時異変を感じて警告を発した。

「今、肖像画の瞳がお前を見るように動いたぞ、気をつけろ」

「そ、そんなばかな…」

 だがその言葉と同時に床が開きキューブヘッドは下へと落ちていった。

「チーフラピス様―…た、助け…」

 キューブヘッドはそこで機能停止した…また一人減った。

「落とし穴に落ちたくらいで連絡まで途絶えるなんておかしい…、あいつらは銃弾を跳ね返し、爆撃にも耐える丈夫なボディを持っているんだぞ。なんなんだ…この屋敷は…」

 すると全身が漆黒の精悍なアンドロイド、シャドーヘッドβが身を奮い立たせた。

「チーフラピス様、シャドーヘッドの名に懸け、今度は私が偵察に行ってみます。おまかせください」

「わかった。とにかく気をつけろ」

βは突然体を透明化し、ふわっとジャンプした。なんと落とし穴に落ちないように手すりの上を歩きながら回廊を進んでいった。肖像画を通り越すと、そこにはマイケルボーンズとスカルマリア、愛犬ブルーザーの実物大の石像が立っていた。そしてその隣には二階のエレベーターのドアがあった。

「ここで降りるしかあるまい」

βが安心して静かに床に降り立った、ところが透明化が終わり、姿を現した途端、突然、足に何かがかみついてきた。愛犬ブルーザーの石像だった。すぐに蹴り払おうとするβ、だがその隙を逃さず、後ろからマイケルボーンズのガイコツの石像がしがみついてきた。

「まさか、な、なんだ…、チーフラピス様…た、助け…」

さっきと同じだった。高性能のはずのシャドーヘッドがまたもや機能停止となった。

「一体どういうことだ。ガイコツにしがみ付かれただけでβの機能が停止するとは?」

進むべきか、戻るべきか…。チーフラピスはパニック状態に追い込まれ、しばらく動けなかった。だがチーフラピスは決断した。

「よし、私一人で行く」

チーフラピスは自分がやられた時のため、男爵家のデータやプロとラピスのおおよその位置などのデータを、ジュエルヘッド全員に送信した。そしていろいろな武器に変形する黒い手袋のような暗殺用の武器をはめなおすと、チーフラピスは歩き出した。周りを確認しながら慎重にエレベーターホールまで歩いた。何も起こらなかった。チーフラピスは覚悟を決めてエレベーターのボタンを押した。やがてチーンと音がしてエレベーターが上がってきた。ドアが開き、中に何か仕掛けがないかどうか調べながら進んでいく。そして、地下一階を示すB1のボタンを押す、ゆっくりと閉まるドア。何もなかったなと安心するチーフラピス。だがドアが閉まりきる直前、エレベーターホールの前にあるスカルマリアの石像の瞳がかすかに光った。

「しまった!!」

だがもうドアはどうにも開かない、あちこち叩いたり押したりしたがもう逃げだすことはかなわない。それどころかさっき明るくともっていたはずのB1のランプが点滅して…そして消えた。

ガシャーン!。

そのとたん大きな音とともにエレベーターが急降下を始めた。

「わああああああああ…!」

そして、ガタンと底に着いたと思った瞬間、床がドント抜けて足元には深い闇が広がり、闇の中でガイコツたちが手を伸ばして待ち構えていた…!

そのころ男爵とチャールズはいくつもの銀河や空間を超え、長いバーチャルトリップを終え、ついにオルグメリバの虫の惑星に近づいていた。二人ともバーチャルヘルメットをかぶり、椅子に座ったままだが男爵とチャールズの目には、椅子に座って宇宙空間を行く、自分たちの姿が映っていた。

「やっと着きました。男爵、ここがオルグメリバの虫の故郷、惑星セグモスです」

青い星の中で白い雲が渦巻いていた。それは美しい星だった。映像だけだからもちろん熱くも寒くもない、ショックも何もない。でも、本当に宇宙船でやってきたかのように、大気圏に突入、雲の中尾抜けてついにきらきら光る海が見えてくる。

「よし、中央大陸に乗り込むぞ」

操縦かんを握り、チャールズはグングン陸地へと近づいていく。雄大な山脈、深き森、滝と清流、そしてもう1度海原に飛び出す。飛び交う海鳥たち、クジラの合唱、そして海岸沿いのヤシ林を飛び越え再びジャングル、咲き乱れる花、さえずる鳥たち、草原を疾走する獣たち…。恐竜のような巨大な生物もいる。

「すばらしい。地球よりさらに進化が進んでいる」

多様で柔軟性を持って高度に進化した生態系がそこにあった。

「おお、いろいろなタイプの虫たちが自然と共存している」

地球に来ていたのは、パイロットと呼ばれる働きバチだったらしい。何種類もの植物を混植して育て、小型の昆虫を使って収穫するる農民、数えきれない種類の虫たちを放し飼いにして蜜やロイヤルゼリーなどを採り、花から花へと旅する遊牧民、製品もエネルギーもすべて自然から採り、すべて自然に返す循環システムを構築する技術館、伝統文化を守り、さらに侵略者たちの文化を徹底的に研究する研究館など、中には人間より大きな個体もいる。全体として、姿も大きさも様々な虫たちが働いている。彼らはその生態系に溶け込み、生態系をさらに豊かに育てているのだ。

「虫たちは各エリアに巨大な女王を中心に都市国家を作っています。女王や王に会うなら都市国家の中枢に入らなければなりません。用意はよろしいですか」

「うん、ありがとう。よくここまで連れてきてくれた。今度はこちらががんばらねばな」

チャールズの言葉に男爵も覚悟を決めた。

二人は椅子に座ったまま上空から都市国家へと近づいていった。圧倒的な緑の中、ところどころに大きな道路や虫たちを使ったエアポートなどの施設が見えてくる。

やがて六角形を基本とした木でできた、自然と融合したようなハニカム構造の建築群がいくつも広がる。そしてその中に一段と大きな六角形の宮殿のようなものが現れる。

「あ、あれです。あの辺りに着陸しましょう」

なんとこのエリアに住むオルガメリバの虫たちは職業や体の大きさ、形は違えど、すべて一人の女王の子ども、同じ遺伝子と権利を持った国民なのだ。優秀な女王を頂点とする都市国家が集まり、虫の帝国を形作る、これがオルグメリバのシステムなのだ。

映像なので、向こうからこちらは一切感知されない。チャールズと男爵は巨大な門を通り、数えきれない広大な育児室を抜け、毎日数百個の卵を産み続ける女王のもとへと滑るように進んでいく。そして男爵は、このエリアのすべての者の偉大なる母、知能指数ははるかに人類をしのぎ、千年の寿命を持つという女王のもとへとついに到着した。

彼女はかなりの巨体だが、しかし例えようもなく知的で美しく神のように聡明であった。

「ではここから先は、私のテレパシーで、リアルタイムで話しかけてみます」

そう、なんとチャールズの超能力で映像だけでなく、心を通わせることもできるのだ。

「よくいらっしゃいました。遠い星の友人たちよ。お待ちしていました」

なぜか女王は男爵たちの来訪を知っていた。なぜ知っていたのかを聞くと女王は言った。

「はるか昔からあなたたちや宇宙の愚かな戦いを見続けてきた、宇宙霊オルファーヌ様が教えてくださったのです」

「オルファーヌ?!」

すると女王の傍らに光の粒子が舞い、そこにあの光の紋章が現れた。そして光の紋章は次第にまばゆく光る人の形へと変わっていった。

聡明な男爵はすぐに思い至った。

「光の紋章?、もしやはるか古代から先住民たちを導いていたのはオルファーヌだったのでは…?」

そしてここについに真実が語られようとしていた。

男爵はまず、歴史博物館の黄金の金属板に書かれた予言について女王に説明した。

「最初にレイム人の予言者レザリウスがパズマのために予言する。とあります」

そして男爵が5つの予言について読み上げ、こう付け加えた。

「問題はこの三つ目の予言です…心せよ。大地が揺らぐとき、虫の王を恐れよ。実は我が家にもパイロットと呼ばれる虫が来たのですが、礼儀正しく、迷惑もかけません。虫の王を恐れよとはどういうことでしょうか。教えてください」

すると女王はわかりやすく答えてくれた。

「我々とパズマは長い間敵対してきました。簡単に言えば、多様性と単一性の戦いです。私たちは相いれることなく、それは古代も今も変わりありません。そしてこの予言はパズマに征服されたレイム人がパズマのために行った予言です。虫の王を恐れよとは、パズマ人にとって恐れる者が虫だと、我々だと言っているのです。地球人は我々を恐れることはない。安心してください」

「なるほど、そういうことだったのですか。よくわかりました」

さらに女王の隣にいた光の宇宙霊オルファーヌがおごそかに言った。

「5番目の予言に本当の地球人という言葉があります。私たちは何らかの使命をもってこの宇宙に生まれてきます。でもなかなか成し遂げることができない。でももちろん成し遂げる者もいるのです。この星で使命を成し遂げた者、それが本当の地球人なのです」

オルファーヌはそう言うと光りながら消えていった…。

そしてジュエルヘッドとエッグアーマーロボットスーツの戦いはいよいよクライマックスを迎えていた。

チーフエメルのバリアがあちこちの空間で緑色の光を反射させている。

「ううむ、この緑色のやつのバリアで攻撃が全く当たらない。よしこうなったら」

グレートナックルを操縦するゼムダは大勝負に出た。

「アタックモード!」

なんとグレートナックルのボディの前面に何本か角が飛び出し、さらに足についているブースターが火を噴いた。あっという間に高速で体当たりする巨体、さすがのチーフエメルのバリアもはじけ飛ぶ!さらにゼムダはその長い腕でチーフエメルを持ち上げて、肩に担ぎ上げ、勢いをつけて頭から地面にたたきつける。

ズシーン!!さすがのチーフエメルもすぐには動けない。

そしてゼムダは切り返しチーフダイアにパンチをお見舞いだ。その巨大な拳から鋭いスパイクが飛び出す。

「スパイクジャブ、ええい、スパイクストレート!」

さすがのチーフダイアも押されっぱなしだ。

「行くぞ、ロケットアッパー!」

下から急上昇するようなすごいパンチが放たれる、チーフダイアのダイアクローが吹き飛ぶ。

「とどめだ、ハリケーンフック!!」

ブーンと、大ぶりのパンチがうなる。ガッシーン!

だが、大きな音とともにとどめのパンチが空中で止まった。

「な、ナニー?!」

空中に緑の光が瞬いていた。そう、チーフエネルが起き上がり、バリアを放ったのだ。動きの止まったグレートナックルに反撃しようとチーフダイアも襲いかかった。

だがグレートナックルはそのまま力を緩めなかった。

「ウオオオオオオオッ!」

「ぐぐ、あ、ありえない!」

今度はエネルが驚いた、なんとライノはバリアごとチーフエメルを吹っ飛ばし、切り返し襲い掛かってきたチーフダイアまで、その長い腕と巨大な手のひらで投げ飛ばしたのだ。

「よし、もう1度アタックモードだ」

ボディの角が光る、ブースターが点火して、ライノのグレートナックルはもう1度急発進した。しかも今度は突進しながらのスパイクパンチだ!

「メテオスーパースパイクパーンチ!!」

だがそれを受けるチーフエメルも勝負に出た。

「スパークリングバリアカッター!」

エメルの周りに緑色の大きなバリアが輝きだす、だが、なんとバリアでかわすと見せて、当たる瞬間に、バリアのエネルギーをカッターに変えて相手にぶつける決死のカウンター攻撃だ。ズババーン!

とてつもない威力のパンチがバリアなし状態のチーフエネルを直撃した。ひび割れ飛び散る緑色の宝石、一発で大爆発だ。チーフエネルは見事に最後を遂げた。

「く、やられた。なんて奴だ」

グレートナックルの左わき腹の辺りがぱっくりと割れて火花を出していた。カウンター攻撃のバリアの破片が突き刺さったのだ。まだ負けた気はしなかったが、戦闘不能のスイッチが入ってしまった。ピピピピピート電子音が鳴りだした。

「無念」

そしてグレートナックルも逆転送され、消えていった。その隣ではチーフルビーとパンサーナイトの決着がつこうとしていた。

「そろそろ決着をつけてやるぜ、ファイアソードアルティメットモード!」

チーフルビーは、最後の力をすべてファイアソードに集中した。ファイアソードは今度は揺らめく炎はそのままに、金色に輝きだした。

すごい勢いで金色の件で切り付けるチーフルビー、やっとのことで跳ね返すジャンヌだったが、数回剣を交えた後で絶句した。

「こ、これは…!」

なんとファイアソードを何回か受けたあと、高周波ソードが熱で変形し、動かなくなってしまったのだ。勢いに乗って襲い掛かるチーフルビー。渾身の一撃で高周波ソードは折れ、パンサーナイトのボディが深く傷つき火花が噴き出した。

「もはやこれまで」

ジャンヌの乗ったパンサーナイトは高周波ソードを捨て、しかも左手の黒ヒョウの盾を空に放り投げた。

「覚悟を決めたか。今、望みどおりにとどめを刺してやる」

勝ち誇ってファイアソードを振り上げ突進するチーフルビー。だが上空に投げられた盾の周囲から鋭い刃が飛び出ると、そのまま回転しながら空を飛び始めた。なんと黒ヒョウの盾はドローンカッターだったのだ。盾は気づかれないようにチーフルビーの後ろから近づくと、振り上げたチーフルビーのファイアソードをはじき落した。

「なにいい!」

慌てるチーフルビー、その時ジャンヌのパンサーナイトから、ピピピピピーと電子音が聞こえた。戦闘不能、逆転送の警告である。だがジャンヌは、剣と盾のなくなった両手をカッと左右に開いた。するとなんと、左右のツメがシャキーンと伸び、振動を始めた。

「パンサーナイト、高周波クロー」

そしてそのまますぐ前に迫っていたチーフルビーに突進し、両腕のクローを突き刺した。

「ぐうおお、さすがだ、わが敵よ…」

その瞬間、ジャンヌのパンサーナイトは逆転送されて消え、チーフルビーは爆発して散った。

サムはあのミート増量チーズバーガーと、この所気に入っている眼球タピオカソーダをメイドロボットのアマンダに用意してもらい、シェルター室のデスクに陣取っていた。

「そろそろかい、グリフィス」

「ああ、俺たちの味方のシェルファイターは、3機とも戦闘不能で離脱した。攻めてくる敵のジュエルヘッドは2機が破損で、1機で攻め込んでくるようだ。だが面倒くさいのはあの頭が黒い箱になっているキューブヘッドの奴らだ。まだ合計で20人以上生き残っている。あいつらも1体1体が結構強いからな」

「わかったよグリフィス。その敵に合わせて迎え撃つ仕掛けを組み直すよ。任せとけ」

サムは瞬時に作戦を組みなおし、リビングの配置を変更した。その時、どたどたと音がして、チーフダイアを先頭に20人以上のキューブヘッドがリビングに突入してきた。

「われは機械帝国パズマのリーダーの一人、チーフダイアだ。この屋敷には我々の探し求めるプロトキメラが隠されている。お前たちが抵抗しなければ無駄な殺りくは好まない。おとなしくこの屋敷を明け渡せ」

するとその声を聞いたグリフィスは、館内に響き渡るマイクを用意し、大声で言った。

「…やーだね。絶対にこの屋敷は明け渡さない。ここはパパの家だ。僕の家、みんなの家だ。早く出ていけ、出ていかないと、やっつけちまうぞ」

するとチーフダイアが答えた。

「やっつけるだと?、我々を誰だと思っている。出来るものならやってみるがいい」

するとグリフィスが叫んだ。

「よし、サム、やっちまってくれ!」

「よし、まずこれだ」

サムがボタンを押した瞬間、屋敷中の窓が閉まり、さらに日光が遮断された。いったいなんだと慌てるパズマの軍団。だが、暗くなったリビングに突然派手で不気味なダンス音楽が流れ、正面と左右の壁がすべて墓場に変わった。青白い月、流れる雲、立ち並ぶ墓石…。いったい何が起こるのだろうと慌てふためくパズマのアンドロイドたち。だがすぐにサムの作戦は始まる、あっという間に墓石の影からぞろぞろとガイコツたちが出現、縦横無尽に踊りだすのだ。いつの間にか人魂のドローンからくりが飛び交い、家具の影からガイコツダンサーズも出てきて踊りながらアンドロイドたちに迫ってくるのだ。だんだんと後ずさりするアンドロイドたち。チーフダイアが叫ぶ。

「バカモノ、プロジェクションマッピングに夜立体映像だ。何も攻撃してきたりはしない、怯むな!」

だがチーフダイアがそう言ったとたん、サムが次の手を打った。正面のダンサーズの中から、左右の壁の立体映像の中から、突然紛れ込んでいたガイコツが飛び出て、何人かのキューブヘッドに抱きかかった。そしてそのとたん、抱き付かれたキューブヘッドたちは、突然うめき声を出しながら動作停止状態になり、一人、また一人と倒れていくではないか。

「すごいなグリフィス、どういう仕掛けだ」

「銃弾でも跳ね返すキューブヘッドを倒すため、僕は瞬間的にすごい電磁波を放つ電磁波爆弾を作ったんだ。これが爆発すれば人工知能はすぐにクラッシュさ。でも、相手にだけ強力な電磁波を放射するのは難しい。それでガイコツロボットに抱き着かせ、しがみついて密着した状態で爆発させることにしたんだ」

そういうことだったのか。だが気づかれたらもう次の作戦に移るサム。

「下がれ、下がれ、あのガイコツロボットは危険だ!」

またまた慌てふためくアンドロイドたち、でもその隙間を縫って、次の作戦がすでに動き出していた。

「おいしいよ、焼き立てホカホカアンディのチーズバーガーだよ」

「あなたの希望の色で綿菓子ができるわよ。タランチュリアのコットンキャンディスタンドよ!」

そう、あの二つのフードスタンドが動き出したのだ。さらに横からは、あのデカブツ、冷蔵庫のグスタフも歩き出した。

「チーフダイア、大変です、ねばねばの糸でいつの間にかあちこちがふさがれています。大階段も、廊下もです。我々は閉じ込められました」

「な、なんだと?!」

タランチュリアの指先から四方八方にねばねばの糸が伸び、キャンディースタンドからは蜘蛛の巣ネットが打ち出されている。

「チーズバーガーだよ。ホカホカの焼き立てだよ。あったかいよ」

「眼球タピオカソーダはいかがかな。冷たいぞ、おいしいぞ」

そして今度はハンバーガースタンドからは火炎放射が、冷蔵庫からは液体窒素弾が打ち出された。これがサムのお得意の追い込み作戦だ。

階段や廊下では逃げようとしたキューブヘッドがねばねば糸にからめとられて動けなくなっている。そして炎や冷凍弾に追われて、部屋の隅に逃げだしたキューブヘッドの一団には次の罠が待っていた。

「なんだ、これは?!」

突然開いたクローゼットの中からは、たくさんのコウモリとともに、青白い顔のバンパイアが飛び出し、牙を光らせた。

飾り戸棚の中からは、金髪のアンティークドールが飛びつき、食器戸棚の中からは一つ目の宇宙人が触手を伸ばした。ほかにもミイラ男やガーゴイルなど、あちこちに怪物が潜み、襲い掛かってくるのだ。

もちろんみんなロボットでそれぞれに強力な電磁波爆弾がついている。キューブヘッドの何人かは抱き着かれ機能停止になり、何人かは鋭いアームカッターを使ってやっとのことで逃げ出した。

階段や廊下にも逃げられず、家具からも離れたキューブヘッドの一団は部屋の隅で態勢を立て直そうとした。だが、その位置を確認すると絶妙のタイミングでサムがボタンを押した。

「うあぁあぁ」

そのとたん床が左右にすうっと開きキューブヘッドたちが何人もいっぺんに墜落していった。そう、落とし穴だ。そしてすぐに床は元に戻り、みんな閉じ込められたと思ったとき、中で鈍い音がした。グリフィスがつぶやいた。

「さすが、サムはうまい!、あの中には特大の電磁波爆弾が仕込んであるんだ。みんないっぺんにお陀仏さ」

チーフダイアが部屋の中央に集まると、残りのキューブヘッドたちを呼んだ。もうほんの数人しか残っていない。

「みんな慌てるな、あいつらはしょせん戦闘ロボットではない。1台ずつ壊していけばいい。それだけだ」

サムはその時もチーフダイアたちの位置を確認していた。

「ちょっとだけ位置がずれている。よし、アンディーとグスタフ、もうひと頑張りだ」

大型冷蔵庫のグスタフが突然至近距離から冷気を噴き出し、ハンバーガースタンドを持ったアンディも突然向きを変え、炎を噴き出した。

「焼きたてホカホカのハンバーガーだよ、おいしいよ」

だが言葉とは裏腹に火炎放射がさらに強くなる。みんな慌てて後ろに下がるが、チーフダイアは下がりながら反撃に出る。

「黙れ、このからくり人形め!」

その瞬間、チーフダイアがバイトバットを倒したダイアナイフを発射した。

バーン!。

小さな爆発が起こり、アンディの人形は吹っ飛んだ。

「焼きたてホカホカ…おいしいよ」

アンディの人形の無残に転がった姿を見て、サムは悲しみをこらえ、スイッチを押した。

「な、なんだうう、うおおおー!」

グワッガッシャーン!すごい音がした。なんと部屋の中央の天井から、巨大なシャンデリアが音もなく落下したのだ。しかもシャンデリア全体に高圧電流が流れ、真下にいたチーフダイアも残りのキューブヘッドたちも逃げようとしたが、やがて…動かなくなった。

「やったぞ、グリフィス!」

「さすがサム、ズバリ決めたな」

喜ぶ二人、だがその時シャンデリアの残骸の中から、突然立ち上がる影があった。ボロボロになったチーフダイアであった。

「みごとだ。だが私はこのままでは死なない。アイアンアイよ、今すぐここに転送して姿を現すのだ。チーフラピスよ、あとは頼む」

言い終わるとチーフダイアは爆発して散っていった。

するとリビングの後ろのほうに光が瞬き、何かが転送されて姿を現した。それは一辺が1メートル半ほどの金属の立方体だった。

「なんだ、これはいったい」

「サム、これはやばそうだ。気をつけろ」

サムが何かを調べるために、1体のガイコツロボを向かわせた。だがまず立方体の中心部分に大きな一つ目が開き、さらにがチャンがちゃんとパズルが組み替えるように形が変わり、背が高くなり、手と足がグーンと伸びて、あっという間に一つ目の鋼鉄の巨人となったのだ。身長も3メートル近くある。電磁波爆弾を持つガイコツが抱き着いて人工知能を破壊しようとするが、いかんせん背の高さが、パワーが違いすぎて、簡単に振り払われ、叩きつけられ、踏みつぶされてしまう。

「だめだサム、こいつはデカすぎる。あの隠しキャラを使うしかない」

「ええ、でもあれはまだ開発中だろ、お前がシェルター室を出て、もしものことがあっては…」

「平気、平気、なんとかなるよ。じゃあ、俺、行ってくるから」

グリフィスはヘルメットをかぶると、急いで部屋から出ていった。

サムはこのままではリビングに出動したガイコツロボや怪物ロボガやられてしまいそうなのであわてて引き上げさせた。

そしてすぐにグリフィスから連絡が入る。

「お待たせ、用意完了だ。アーマードラゴン出撃!」

するとリビングの後ろの壁の飾りだったドラゴンの首がうなり声をあげた。

「グオオオーン!」

そして首の下の壁が左右に開いた。するとがっしりした体格の黒い鋼鉄のドラゴンが首を伸ばし、鎧をつけた胸を現し、長い爪をもった前足、そして操縦席のある背中、力強い後ろ足、先にスパイクのついた長い尾が順々に姿を現した。

「ガルルルグルルルル」

外からは見えないが、背中にはグリフィスが乗ってドラゴンを動かしているのだ。

「ガオーン、ガオオオーン…」

そして、ここに一つ目巨人対ドラゴンの、想像を絶する戦いが幕を開けたのである。

まずはアイアンアイが目から熱線を放つ、強力なレーザーだったが、ドラゴンの胸や肩につけた超合金のアーマーがはじき、致命傷にはならない。次は超合金の拳の連続パンチだ。だがドラゴンも後ろ足で立ち上がっての前足の電撃クローで応戦だ。のけぞる一つ目巨人、負けじと再び一つ目からレーザー光線を発射する。その怪光線をかいくぐり、頭から突進するアーマードラゴン。その角の鋭い突き上げで、地響きを上げて倒れかける一つ目巨人、アーマードラゴンは突進しての角攻撃のほか、電流の流れる前足のツメでの電撃クロー、超合金の牙での強力なかみつき、肩のスパイクでの体当たり、長い尾でのスパイクムチ攻撃と、休む間もなく攻め続ける。一つ目巨人アイアンアイは、一つ目からのレーザー光線、超合金の拳での怪力パンチ、頑丈な足からのキックやストンピングで反撃だ。

このまま互角の攻防が続くかと思われたが、サムからグリフィスに通信が入る。

「その一つ目はさっき倒れたときに、左ひざから火花が飛んでた。グリフィス、そこを責めるんだ、左ひざだ」

「オーケー」

「グロロログオオオン!」

アーマードラゴンが低い位置からアイアンアイのひざにしつこく角つきやクロー攻撃を繰り返した。最初は何でもないようだったが、5回目ほどでまた火花が噴き出し始めた。

そしてドラゴンは、動きが鈍くなったところで強烈な体当たりだ。大きくよろめき倒れこむ一つ目巨人。サムとグリフィスの絶妙のコンビネーションだ。

そして一進一退の重量級の対決もついに決着がついた。倒れた一つ目巨人の体にのしかかったドラゴンの牙が巨人の首をかみ砕き、爆発とともに動きを止めたのだ。

「やったあ、やったぞ」

それから大変だったのは片付けだった。ドラゴンはそのままクレーン車のように一つ目巨人やシャンデリアの残骸をくわえて中庭に運んだ。そしてメイドロボットのアマンダが細かい部品や残骸をすごい能率で掃除したのだった。ドラゴンも元通り体を隠して首だけ出し、飾りに戻り、やっといつものリビングに戻った。だがチーフダイアに壊されたチーズバーガーのアンディのロボットはすぐには治りそうもなく、サムとグリフィスの二人で泣きながら片付けた。

その時グリフィスの携帯に何か連絡が入った。

「おや、どうしたんだい、グリフィス」

「パパだ、パパとチャールズがバーチャルトリップを終了したんだ。もう2、3分で戻ってくるって」

喜ぶグリフィス、だが、その時、リビングのエレベーターのベルがチーンと鳴った。

「いったい誰が来るというんだ…?」

 エレベーターのドアがゆっくり空いた。なんとそこに出てきたのはエレベーターに閉じ込められ、急降下させられた青い宝石のチーフラピスだった。手にはあのパンドラの箱と呼ばれていた謎の箱が握られていた。

「なんということだ、本当に誰もいない…。チーフダイアまでやられるとは。ジュエルヘッドの生き残りは私だけか…。私もシャドーヘッドと同じ反重力スーツを着ていなければ、今頃は地の底の闇まで墜落して機能停止していたところだ」

 そう、チーフラピスは反重力スーツで命拾いし、そのあとついにプロトキメラを探し当てたのだった。サムとグリフィスは焦った。まさか生き残りがいるとは。

「お前たちが、私の仲間を全滅させたのか…」

 怒りに燃え、近づくチーフラピス。頭の宝石の表面で鮮やかな青い光が渦を巻いている。そしてチーフラピスはいろいろな武器に変形する暗殺用の手袋を二人に向けた。

「なんとか逃げないと…」

 そう思ってもこいつの能力はまったくわからない、逃げ場がない、逃げる隙が無い、立ちすくむ二人。

 だがその時だった。後ろで何か気配がした。

「バキューン!」

「ええっ!!」

 驚く二人。チーフラピスが肩を押さえ、よろめき、そのまま麻痺して動けなくなった。

「二人とも平気かい。間に合ってよかった」

 そこにはエスパーショックガンを持ったチャールズとテンペスト男爵がいた。

 ちょうど今、あの中くらいのドアから飛び出してきたのだという。

「今、奴の体に増幅した超能力ショックを与えてある。奴はしばらくは動けない」

「チャールズ、ありがとう。パパ、お帰り。あのね、僕とサムでね、屋敷に入ってきた奴らを、いまの奴以外みんなやっつけたんだ。僕ら頑張ったんだよ」

「グリフィス、お前すごいなあ。よくやったよ。サム君も大活躍だね」

 チャールズは倒れたチーフラピスの手に握られていたパンドラの箱を取り出した。

「やはりこれがプロトキメラだったか。だがこのパズル、開けることはできるのだろうか」

 だがその時、みんなの横で光が集まり輝きだした。そして全く予想もしていなかったものが出現したのだった。

「わしのプロトキメラに手を出すな!」

 なんと転送して現れたのは皇帝メギゼイドスであった。すぐにエスパーショックガンで攻撃するチャールズ。

「なぜだ?皇帝には効かない?」

「このたわけ者が!!」

 ズババーン!

「パパ、危ない!」

 その瞬間、皇帝の手のひらからチャールズに向かって、衝撃波のようなものが伝わり、みんなも巻き込まれて吹っ飛ばされた。

 サムは衝撃で一瞬気を失い。男爵は直撃を食うところをグリフィスが盾になって守ってくれた。チャールズはエスパーショックガンが爆発し、かなりの衝撃でしばらく動けなかった。皇帝がすかさず近づき、エスパーショックガンは、あっという間に二つに折られて捨てられ、プロトキメラの入っていたパンドラの箱も簡単に取り上げられてしまった。

「フハハハハ、数千年待ちくたびれた」

 皇帝は自分の掌の上に誰も開けることのできなかったパンドラの箱を置き、何か小声で呪文を唱えた。するとなんということ、全体が光りだし、箱のパズルのような模様が自分で組み変わり、さらにパタンパタンと箱の外側が光りながら倒れてゆき、金属の立方体、12個ほどがそこに現れた。

「さてさてプロトキメラはまだ動くのか、さっそく試してみるか」

 皇帝メギゼイドスは胸の鎧を一瞬カチッと外すと、その立方体の2個ほどを心臓の辺りにはめ込んだ。すると心臓から全身に光のすじが広がっていった。

「ふふふ、数千年の時を経てもプロトキメラは生きていた。体の中に新しい力が湧いてくるようだ」

 皇帝は皆のほうを向くとこう言った。

「プロトキメラは、機械と生物の中間のハイブリッド細胞だ。今、わしの体の中で誰が支配者なのかプログラミングが終わった。これを生物の中に打ち込むと、その神経細胞を乗っ取って、わしの思いのままに操ることができるのだ。数千年前、わしらは生物の持つ超能力に、あの忌まわしきエスパーキャノンにうまいように振り回された。だがもう煩わされることもない。我々が生物の神経細胞を乗っ取る。生物の持つ超能力も乗っ取る。エスパーキャノンも我々の武器になるのだよ」

「そんな、ばかな…」

「たとえばこんな風にね…」

 皇帝はやおら近くにいたチャールズをつかんだ。一瞬暴れたチャールズだったがすぐにぐったりして目がうつろになった。皇帝の指先からハイブリッド細胞を注入されたのだ。

「さあ、エッグニア星人よ、私にかしずくのだ。この皇帝メギゼイドスに」

 するとチャールズの体は意思とは関係なく、皇帝に頭を下げ、ひれ伏したのだった。

「うう、ぐぐぐ、体が勝手に…!」

「ハハ、これでもう惑星連合リグラルも無力だ、すべては私にひれ伏すのだ。ハハハ」

 皇帝は笑うと、残りのプロトキメラもすべて取り入れようと手のひらを胸に近づけた。

 だがその瞬間どこかでブンッという羽音が聞こえた。

「うう、なんだこれは、意識が遠のく…」

 気が付くと皇帝の後頭部に虫のパイロットが一匹くっついていた。皇帝はやがて、瞳を閉じ、立ったまま深い眠りについたようだった。皇帝の手から残りのプロトキメラを入れた箱が落ちた。もう一匹の虫がみんなの前に降りてきた。

「皇帝の体内にハイブリッド細胞が入ったおかげで、我々の精神攻撃もいくらか通じるようになった。だが皇帝はもともと不眠不休の最強のアンドロイドだ。我々にできるのは、せめて3日間、3日間だけ皇帝の動きを止めよう。その間に作戦を立ててくれ。我々はパイロット、3日間の間皇帝を次元のはざまに封印しよう。ではさらばだ」

 そう言うと、パイロットは眠りについた皇帝とともに次元のはざまに消えていった。

 チャールズが皇帝の呪縛から解放されて、落ちていた残りのプロトキメラを拾うと、さっそくみんなを見回した。サムが起き上がりみんなの様子を見てまわった。直撃をくいそうになった男爵もやっと目を覚ました。ところが…。

「グリフィス、グリフィス、しっかりしろグリフィス」

 男爵を守ろうと飛び出したグリフィスがぐったりして全く動かなかった。

「グリフィス、パパだ。君のおかげで助かったんだ」

「…パパ、よかった無事で…僕はうれし…」

 でもグリフィスはそれきりしゃべることはなかった。

「グリフィス、グリフィース」

 サムの叫びがリビングを突き抜けた。

 すぐにグリフィスは別室に運ばれ、救命措置を受け、男爵は運び先の病院を探した。いつも使っているこのエリアの病院はもう避難先に移転していた。

 だが誰もいなくなったリビングで立ち上がる者がいた。ショックガンで動けなくなっていたチーフラピスである。チーフラピスは周りに誰もいないことを確認すると、転送装置を使い、こっそりと赤い飛行物体に逃げ帰っていったのだった。

そのころテリーは、エリカを乗せて、再びあの廃工場へと自動車をとばしていた。

「そういえば今日は不思議に1度も体に感じる地震がないわね」

 エリカがポツリと言った。

「でも、サンジェルマン伯爵が言っていたのはもう明日だ。間違いなく明日、この周辺は反重力波で吹っ飛ぶ。君が何もしていなかったら、10万人近くの人が即死だ。それは間違いないことだ」

 そうなのだ。嵐の前の静けさというか、今日は全く地震もなく、明日大災害が来るなど信じられないような状態であった。とにかく急がなければなにも知らない他市の人々まで大変なことになる。

「なんなんだこの人だかりは?!」

 テリーが驚いた。数十人かと思っていた群衆は数百人、いや1000人以上かもしれなかった。みんな水や食料を持参し、ほとんどが自家用車で駆け付けたようだ。SNSの威力は甚大だ。廃工場の隅で自動車を止めると、市民団体の顔見知りが数人近づいてきた。

「市長さん、やっぱり来ていただけたんですね。でも今、かなり面倒くさいことになっていて…」

 その人は複雑な顔をしていた。ボランティアの顔なじみの人が割り込んできた。あのルーク爺さんだ。この間、一緒にいたスミスさんはちゃんと避難場所に行ったそうだ。

「市長さん、危ないです。放っておいても他市から来た人々も少しずつおかしいと気が付いてきているので、たぶん、商店もレストランも何もやってないですから、明日にはみんなばらばらに帰っていくと思いますよ」

 するとそれを聞いて、エリカは群衆へと歩き出した。

「明日避難していたら遅いのよ、今晩中にすべての人がここを離れなければ。大変なことになる」

 するとルーク爺さんが厳しい顔で言った。

「市長さん、どうしても行くんですか?」

 エリカは深くうなずいた。

「じゃあ、本当のことを言います」

 ルーク爺さんは真剣ににエリカを心配しているようだった。

「あなたのご主人を殺した、あのダン・ホランドという男は、あなたが警察もいなくなったこの機会を利用して、復讐に来たと思っている」

「…ばかな…そんなことはぜんぜん思っていません。本当よ」

「…そうみたいですね。でもあの男は違う。市長がしつこくここに来るのは復讐のため、あわよくば、自分を殺すか、牢屋にぶち込むためだと思い込んでいるのです。今回あの他市へのメールを流したのはダン・ホランドのグループです。もしかしたら市長さんが怖くてたくさん人を集めたのかもしれません。それに噂では、奴は手製の爆弾を作っているらしいんです。市長が近づいてきたら爆破のスイッチを押すってね」

 すると最初のボランティアが言った。

「市長さんがわざわざ行かなくても、そのうちみんな帰ります。だからここから先に行かないでください。ダン・ホランドが何をしでかすかわからない。お願いします」

 するとエリカはテリーに振り向き、こう言った。

「テリー、これからあの群衆の前に行きます。…だから私を守って…」

 エリカは、小型のハンドマイクを持つと、群衆が集まる廃工場の倉庫のほうへと歩き出した。テリーは後ろにピッタリ寄り添い、万が一に備えた。

「テリー、目立たなければ群衆を動かせない。私、あの見張りのやぐらに上るわ」

 テリーは毅然として答えた。

「それはやめてください。爆弾のいい標的になる。銃を持っている奴もいるらしいですよ。危険です」

「あなたの言うとおりね」

 そう言いながら、でもエリカはすばやくやぐらのはしごを上っていった。

「だめです」

 足をつかんで止めるテリー、でもそれを振り払ってエリカは5メートルほどのやぐらの上に立った。群衆の視線が一斉にエリカに集中した。

「私が、エッグシティ市長の、エリカ・ロッテンハイムです」

 ハンドマイクからエリカの声が流れる。群衆から、どよめきと罵声が返ってくる。

「一方的に賠償金を払わないとはどういうことだ?」

「だいたいこっちに来てから、地震なんて一度もねえぞ!」

「都合のいい理屈をならべて、ここの人たちを追い出すのはやめろ!」

 だがエリカはまったく動じなかった。

「大地震は、間違いなく明日きます。もうここの市民はみんな避難を終了しました。もう開いている店もないし、ピザもハンバーガーも何も食べることはできません。大学の研究室の詳細なデータ分析の結果、明日、災害が起こることは間違いありません。今ここでぐずぐずしていると、今度はあなた方が犠牲者になってしまう。今晩中に、ここを離れなさい。できるだけ遠くに逃げなさい。ここにとどまれば、間違いなく命はない。お願いです、今すぐここから逃げてください!」

 その時、誰かの投げた石がエリカの頬をかすめた。

「なんで明日災害が来ると断言できるんだ。明日のことなどわかるはずがない。適当なことを言うんじゃない!」

「大災害は必ず明日来ます。間違いありません!」

 するとあの若者グループの大柄なファンクが言った。

「じゃあ市長さん、明日何も起こらなければ、どうしてくれるんだ、あんた責任とれるのかよ!」

「何も起こらなかったら、私は家も土地も売り払って、すべてここの人たちの賠償金に当てます。本当です。だから逃げて、うそじゃありません」

 まだ罵声を浴びせる者もいたが、何人かはエリカが本気だと感じてだんだん帰り始めた。

「明日必ず大災害が起きます。エッグシティの市民はみんな納得して避難場所に避難を完了しました。このままではあなた方が犠牲者になる。あなた方がですよ!お願いです。はやくここから立ち去って下さい」

 だんだんここを離れていく人数が増えてきた。下からテリーが声をかけた。

「エリカ、君はすごい。君の主張が伝わったんだ。みんな帰り始めた。駐車場からだんだん車が出ていき始めた。さあ、一緒に下に降りよう」

 さっき飛んできた石だけではなかった。いくつもの空き缶やごみが飛び交っていた。非常に危険だ。だが、エリカはなかなか降りようとしない。仕方なくテリーが上に行き、エリカをおろすことにして、はしごを登り始めた。

「エリカ、今僕が上に行く、一緒に降りるんだ。」

 だがエリカは、ヤグラの一番前まで進み出て言った。

「全員が帰るまで、私は帰りません。どうしても納得のできない人は、私が一人一人、話に行きますから!お願い!」

 だがその時、誰かの声がした。

「この偽善者め、どうせ復讐が目的だろ!」

 同時にヤグラの一本の足の根元に置かれていた荷物がピピピーと電子音を出し、次の瞬間ドッカーン!と爆発した。

「キャー!」

 逃げ惑う群衆、悲鳴が渦巻いた。もともと切り込みが入れてあったヤグラの足が折れ、ヤグラが大きく傾いた。もともとヤグラを倒し、近づいてきた者を下敷きにしようという作戦だった…でも今は?!

「キャアアア!」

爆発の衝撃で崩れ落ちるようにエリカは墜落していった。

「エリカ、エリカー!」

 はしごを登っていたテリーは、飛び降りて駆け付けたが、間に合わなかった。地面に落ちたエリカは、もう動かなかった。

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