10 予期せぬ復活

 その日、サムとテリーは、ある重要な役目のため、いつもより早くドライブインを訪れた。二人がエッグベースを訪れると、ちょうどマスターがドアに張り紙をしているところだった。

「エッグベースは明日から長期休業。今日が最終日」

 わかっていることだが、この店までしばらく閉めるのはやはりショックだ。

「おはよう、さすがに二人とも早いな、今日は大変な仕事があるんだってな。市長さんもつい今しがたここにきて、お二人さんをお待ちだぞ」

 中に入ると、エリカがにっこり微笑んだ。

 実は夕べも少し大きめの地震が一回あり、市民たちの不安も大きくなっていた。二人は、最後のドライブインのモーニングを食べて頑張らねばならない。

「今朝は最後だから、定番料理から、常連客のための特別メニューまでいろいろあるよ」

「ええっと、どうしようかな…?」

「じゃあ、特別メニューの手作りローストビーフセットを三人前ね。どう、いいでしょう」

「賛成!」

 またエリカに乗せられてしまった。これは、下処理した肉の塊を転がしながら全体に焼き目をつけてから電子レンジ用の容器に入れて加熱する時短料理だ。数分間火を通したら、薄切りにして袋に入れ、いろいろなソースにつけて氷や冷蔵庫で冷やして、すぐに食べられる。

 そしてこの手作りコンビーフは、自分の好きな味にしたり、パンにはさんだり、シチューに入れたり、サラダにしたり、食べ方も全く自由なのだ。

 エリカはワインビネガーとバルサミコ酢、それに西洋わさびを入れたビネガーソース味、サムはガーリックやクミン、ペッパーを効かせたチリトマト味、テリーはプレーンヨーグルトに卵黄、塩、ガーリック、ジンジャー、スパイスを加えて練り上げたヨーグルトマヨネーズ、濃厚さとさわやかさを兼ね備えた味だ。

 別々の味がしみこんだ手作りローストビーフをハックのフランスパンで挟んだり、マリナおばさんのグリーンサラダに入れたり、マスターの野菜煮込みに入れたり、みんないろいろ試しながら食べまくった。

 エリカとテリーはお互いの味のコンビーフを交換して食べてご満悦、サムはチリトマト味のローストビーフをチーズに巻いて何度もおかわりだ。

「いやあ、うまかった、もうお腹いっぱいだ。ええっと、エリカは…」

 テリーがそう言いかけるとエリカが続けた。

「いちおう今日の私のスケジュールをメールで送っておいたわ。これからすぐに、昨日までに避難が終わった、あちこちの避難所を視察して、それから今日避難するエリアをまわるから、テリーたちのところに着くのはお昼の1時過ぎくらいかな」

「なるほど、わかった。じゃあ、そろそろ俺たちも出かける準備をするか」

 テリーがサムに言うと、サムがまたあの洞窟探検セットの段ボールを取りだした。

「洞窟の中のことがわかってきたので、装備を少しグレードアップしてある。濡れた斜面で滑らないように靴底に取り付ける金具とか、地底の民がまぶしすぎないようにヘルメットのライトも光の強さを調節できるタイプにしたし、全体に防水性能を上げてあるよ」

 なるほど、サムも考えているんだなと装備を点検しながらテリーも感心した。

「じゃあ、私、先に行くね。今日も大変だけど、明日はすべての避難地を回って最終確認なの。でも、あなたたちもがんばってるから、私もがんばれるの」

 そう言うとエリカはテリーに軽くハグしながら頬にキスして店を出て行った。マスターはほほ笑んで見送った。サムは見ないふりをして、テリーとともに小型車に乗り込んだのだった。小型車は、しかし、今日は山の中ではなく、なんと男爵邸の敷地に滑り込んでいった。そして二人は、グリフィスに送られてリビングのエレベーターから洞窟探検に向かったのであった。

 二人が出かけた後しばらくして、リビングではルナサテリア夫人が、ハンカチで涙を拭きながら、切々と男爵に訴えていた。

「覚悟はできていたけど、時間が近づいてきたらやっぱり無理、あなたと別れるなんてそんなことはできないわ」

「おお、マイハニー、君はなんてすばらしい妻なんだ。そりゃあ私だって君と一緒にバスで避難したいよ、でももうチャールズと約束してしまったんだ。バーチャルトリップ装置で虫の惑星に行くって」

「わかっている、わかっているの、それがどんなに大変な使命なのかも。でもみんなでバスで行くのに、私の隣にオズワルドがいないなんて、どうしても我慢ができないの」

「ああ、ルナサテリア、君はなんてチャーミングなんだ。君は骨のようにエレガントで、心臓のように神秘的だ。私だって、君の眼球で見つめられなければ、1日が始まらない、太陽だって昇らないんだ」

「ああ、うれしいわオズワルド。あなたの言葉は、血管のように体中に活力を巡らせてくれる。やっぱりあなたの愛は本物ね。わかった、もうわがままは言わない。あなたを困らせたりしないから…」

「ありがとう、愛してるよルナサテリア」

 するとそこに、かわいらしい花柄模様のコーディネートのバーゼルさんが荷物をもってやってきた。今日も大きな荷物を三つほどひょいと持つ怪力で、動きに無駄がない。

「お荷物はこの三つでいいんですか、奥様」

「うふふ、そう、身の回りのものだけね。実は大きなトランクを二つ、もうきのう送ってあるからそれでいいの」

やがてゼリーボーンズクラブのバッチを誇らしげにつけたグリフィスと舞台衣装のような派手で可憐なドレスのホリアもやってくる。その時リビングのエレベーターの鐘がチーンと鳴り、エレベーターが開くと、直射日光を完全に遮断するように、黒いロングドレスに紫のマフラー、そして黒の長い手袋をつけた銀の瞳のアナスタシアと超絶美少女ミュリエルがやってくる。ちなみに二人とも黒いベールで顔まで覆い、存在感が際立っていた。

さらにそこにダンディなスーツで決めたアルパカ姿のアルパ博士と長身の無表情執事のパーカーまでやってきた。そろそろ出発時間らしい。

するとみんなの前にテンペスト男爵が進み出て、自分はチャールズとバーチャルトリップで虫の惑星まで行かなければならない。みんなより半日遅れて避難の地に向かう、許してくれとわびた。みんなは悲しんだが、男爵が遅れる間、みんなで力を合わせると気持ちを一つにしたのだった。

やがてパーカーがあの青の霊柩車のようなバスを玄関前につけ、いよいよ時間だ。みんな静かに黒のバスに乗り始める。だが、さらにそこに10台以上のミステリーランドの観光バスがやってきた。愉快なマイケルボーンズのキャラクターが書いてあるバスである。でも、中は空っぽである。いったい何のために…?

するとまたエレベーターのベルがチーンとなり、今度はヘルメットに防水ジャケットのテリーが下りてきた。

「はい、みなさん、これから少しの間外に出ますから、強い光に十分気をつけてください」

テリーの後ろからそろそろと降りてきたのは洞窟の地底の民であった。なんと数百人の村人全員でサムとテリーに導かれ、ここまでやってきたのだ。

「皆さんの避難先の野生動物保護センターは、建物の中はいつも光を弱めてありますからご安心ください」

「あ、グリフィス坊ちゃん!」

そう、グリフィスも、地底人たちとは子供のころからの知り合いだった。地底の民たちはいつもの白い衣装に、木の板でできた遮光器をつけ、プラチナブロンドの髪を揺らし、あの不思議な歌を口ずさみながら静かに進んでいく。

サムが地下二階で地底人たちをエレベーターに乗せ、テリーとグリフィスでバスに案内するという繰り返しで地底の民は無理なくバスに乗り込んでいった。

「じゃあ、サム、俺がこの人たちを、責任もって送り届けるから、あとは頼んだぞ」

「ああ、俺とグリフィスの強力コンビでがんばるから安心してくれ」

やがて黒いバスをパーカーが運転し、マイケルボーンズの先頭のバスにテリーが乗り、バス軍団は出発していった。サムが地底の民を見送って戻ってくると、屋敷に残ったテンペスト男爵とグリフィスの父子は固く握手をしてお互いの健闘を祈った。

「じゃあ、パパはチャールズと一度あの部屋に入ると、今日の夕方まで出てこれなくなる。シェーバーもパーカーもいない。ミュリエルの予言によれば、ここで恐ろしい戦いがあるかもしれない、お前だけが頼りだよ、愛する息子、グリフィスよ」

「うん、僕がきっとパパを守る。この日のためにいろいろ用意してきたんだ。それにサムさんも手伝ってくれるから、もう安心だよ」

「そうか、心強いな」

するとあの小さめのドアからチャールズが出てきた。

「男爵、セット完了です。行きましょう」

「あれ、大騒ぎしていたキャスパーはどこかな」

「はは、それがね、男爵がきちんと主人を守れって言ったので、奴はプールサイドのドアの前で番犬みたいに見張りをしてますよ。ありがたいことです」

「なるほどね。よし、チャールズ、じゃあ行こうか」

男爵もあの小部屋へと出かけて行った。サムが言った。

「ところでさあ、グリフィス、何かあったとき、僕はどうやって戦うの?、戦う方法なんて知らないしさ」

「ふふ、君が使う武器と同じものは、とっくに君のところにあるよ」

「えっ、それってどういうこと。?」

するとグリフィスは、一つのアタッシュケースを取りだし、サムの目の前で中を見せたのだった。

「えええっ?!これで戦うってどういうこと?」

アタッシュケースのフタは高精細のカメラ画面になっていて、なんとこの男爵邸のリビングの真上からの映像がリアルタイムで映っていた。

そしてアタッシュケースの中は、あのボードゲーム「男爵邸の秘宝」のパソコン版がそのまま遊べるパソコンの画面になっているではないか?!

「上の実際のカメラ画面と、下のパソコン画面はきちんと対応しているんです」

そう言って、グリフィスが広いリビングを走り回ると、カメラ画面には真上から見た映像が映り、下の画面にはボードゲームのマス目とそのマス目を移動する人間の男性のアイコンのコマがきちんと映るではないか。

また部屋に置かれたあのハンバーガーや綿菓子のマシンもちゃんとボードゲーム上にアイコンのコマがあり、試しにそのアイコンのコマを二つ進めるとリビングに置かれたマシンが、モーター音とともにマス目の通りに動くではないか。

「こ、これってまさか…」

「もちろんほかにも幽霊や怪物、ガイコツダンスも出るし、奴らは攻撃もできるよ」

「えええっ、嘘でしょう?この間プロジェクションマッピングでガイコツダンスは見たけど、まだあるの?」

「嘘じゃないよ、ほら」

そう言うとグリフィスは、パソコン画面をいろいろ操作した。

「本当だ、す、すごい!」

なんと床から強力な冷凍ガスが噴出し、その白い煙に立体映像のライトが当たってゴーストやスペクターが現れる。ソファや戸棚などの家具、壁の隠しドアからはガイコツや怪物などのロボットも出現する。ロボットにはキューブヘッドを倒すための特別な仕掛けも仕込んであるという。

「ハンバーガーマシンのアンディには火炎放射の、タランチュリアには強力な糸でからめとる能力も装備した。怪物やガイコツのロボットを使って、敵を落とし穴やトラップに追い込むことだってできる。どうだい、ゲームの通りだろう。と言うか、この部屋のセキュリティを考えたとき、あのキューブヘッドたちには銃弾が通じないから、部屋をまるごとトラップにしようと考え、それを操作するためにこのゲームを作ったんだ」

もちろん、落とし穴やからくり人形などのゲームと同じ仕掛けもたくさんあるし、隠しキャラや武器もまだまだたくさんあるのだという。

「すごい、すごい、さすが天才グリフィスだ!!」

「そしてそして、このゲーム版を操作するのに最もふさわしいのは『男爵家の秘宝』のゲームの初代チャンピオン、サム・ピート君ってわけさ」

「そう言うことか」

二人は固く握手し、トラップの操縦法について、それから何時間も盛り上がっていた。

だが、昼頃になり、男爵邸を含むこのエリアの避難がほとんど終わるころ、動き出す者たちがいた。しかもまったく予期しなかった別のものまで動き出したのだった。

あの地下に埋まった700メートルの巨大宇宙船の周囲には、もう人間は誰一人いなかった。でも各種センサーや監視カメラはまだ動いていて、空軍基地のある隣町のケープラインの作戦室につながっていた。震度3程度の地震が立て続けに数回起きた後だった。

「キース少佐、大変です今までにない反応が起きています」

エッシャー分析官がめずらしく慌てていた。あの物腰の柔らかいキース少佐も険しい表情で近づいた。

「…あの巨大宇宙船の上部、中心部分がエネルギー波を発しながら光っています…」

エッシャー分析官の言葉にキース少佐は目を疑った。

「…光ってる?、まさか、本当だ」

 そのうち監視カメラに映った光が強まるとともに、エネルギー波が吹きあがり、地下の低い天井に光の柱が突き刺さっていった。同時にセンサーに今までにない反応が現れた。

「大変です!、反重力波が光とともに急激に強まっています」

「なんだと、何が起こっているのだ!あ、おおっ!」

 次の瞬間、地下の天井が吹き飛び、あの大きなマーケットの裏側の駐車場につきぬけて、高さ10メートルほどの巨大な光の柱が地上に出現、それを見ていたキース少佐は叫んだ。

「エッグシティのそばに待機している機動部隊を崩落現場に出動させろ、大至急だ」

 そして、宇宙船の中心部から何かがゆっくりと光の柱の中を上に上がっていき、何かが地上に姿を現した。

「な、なんなんだ、あれは!」

 やがて光は渦巻きながら一か所に集まり、その光の中に何かが見えてきた。

 身長2メートルを超える巨体、その巨体を包むがっしりした生命体のような複雑な鎧、何物をも恐れぬ王者のまなざし…。

「長かった…数千年の時を超え、今復活した…。私こそ真の皇帝…不老不死、永遠の支配者、パズマ帝国皇帝メギゼイドス三世なり…」

 だが突然現れた皇帝の前に不適に姿を現したのは、なんと男爵邸から飛び立った三匹の虫であった。吹き飛んだ駐車場のコンクリートのがれきの上に三匹が舞い降り、皇帝を正面から見すえ、話しかけた。

「メギゼイドスだと?!パズマ人は人工知能の内乱に敗れ去り、すべて滅びたのではなかったのか?」

 すると皇帝は虫に笑いかけた。

「ふ、さっそく現れたな、知恵ある虫どもめ、確かにほとんどのパズマ人は自分たちの作った人工知能の軍隊に倒され逃げていきおった。だが私は違った。最強のアンドロイドボディにすべての記憶と意識を映し、人工知能の中枢部に突入し、激しい攻撃に耐え抜き、奴らを乗っ取ってやったのだ。つまり人工知能の軍隊、キューブヘッドもジュエルヘッドも宇宙兵器もすべては私の電子頭脳の支配下となったのだ、ハハハハハ」

「そのお前が、なぜ、いま、ここにいるのだ」

「私は最終兵器ともいえるプロトキメラを、この辺境の惑星の近くの宇宙空間で受け取り、宇宙戦争の互角な戦況にけりをつけるつもりであった。だが、私がプロトキメラを受け取るや否や、あのリグラルのエスパーキャノンの攻撃を受け、戦わずして、この辺境の惑星に墜落し、長い眠りにつくしかなかった。墜落直前、脱出ポッドでプロトキメラだけを宇宙船の外に出そうとしたが、脱出艇は土砂崩れに飲まれ、さらにプロトキメラは誰かに持ち出されてしまったようだ。だが私は部下のジュエルヘッドたちによってついに数千年の眠りから覚めたのだ」

「お前はこれからどうするつもりだ」

「まだ、わからぬ。これからすべては私が決める」

 すると虫が言った。

「ならばしばらくお前の行動を見届けよう。もし我々の意思に沿ったものなら邪魔建はしない。だが違うのなら我々も黙ってはいないということだ」

 そこまで言うと、虫たちは羽を広げ、ブンという羽音とともにどこかへ飛び去った。

 同じ時刻、赤い光の飛行物体の中でついにあいつらが動き出していた。

「チーフダイア様、崩落現場で我が陛下が復活を遂げたようです」

「こんなに早くお目覚めになるとは…。これで我々の勝利は決定したも同じことだ。うむ、しかもあのエリアのバスやトラックの移送が終わりを告げたようだ。いよいよ時は満ちた。我々も出撃じゃ」

 やがてキューブヘッドを連れたジュエルヘッドの各部隊が転送装置へと移動し、次々に地上へと転送されていったのだった。

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