9 ジュエルヘッド

 各エリアの説明会が終わり、まずは週初めから自家用車を使う人々の移動が始まった。高速道路や主要な大通りが渋滞の自動車で埋まった。昨日からは地区ごとのバス移動も始まった。

 その日、夜明け前にルナサテリアとアナスタシアとミュリエルが屋敷に帰ってくる。

「お帰り、夜明け前にちゃんと帰れたね。あったかい飲み物を用意しておいたよ」

「あらオズワルド、もしかして一晩中起きていてくれたの?うれしいわ」

 ラブラブのルナサテリア夫人はさっそく男爵の首に手をまわしてキスをする。アナスタシアもリビングに広がる紅茶の香りをかいでにっこりする。

「あらこのポットに入ってるの、春に私があげた夜明けのバラのハーブティーじゃないの。さすが男爵は気が利くわね。さあ、疲れたでしょ、ミュリエルも一緒に飲みましょう」

「ありがとうママ。でもこんな広い場所に結界を張るなんて、一晩で終わるのかと思っていたらみんなすごいわね。きちんときっかり終わったわ。私は墓場公園でおしゃべり好きの幽霊たちに話しかけられてどうしようかと思っていたけど、ルナサテリアおばさんの安らぎのベルを鳴らしたら、みんなお墓にかえっていったでしょ。あれは助かったわ」

「あの安らぎの響きを聞くとみんなおうちに帰りたくなるのよ。うふふ」

 この300才の男爵夫人、銀の瞳の不老不死の魔法使い、その娘にして霊能力者はバラの香りの紅茶を飲みながらおしゃべりに興じた。

「パーカーは夜寝なくても平気だから助かるわ。運転もうまいし、気を使わなくていいしね」

 パーカーの運転でこの屋敷から博物館、ミステリーランドから広大な墓場公園まできっちりまわって、災害よけの魔法の結界を張ってきたのだという。

 やがて東の空が明るくなったころ、女性たちはそれぞれの部屋に帰っていった。だが今度はそれとは入れ替わりに、男爵の財団から、高度な技術を持った自然保護官たちが、大きなトレーラーとともにやってきた。彼らは宇宙人や宇宙生物をここまで移送した実績を持つ、男爵の直属の、優秀で口の堅い仲間でもある。

「男爵、こちらの受け入れ態勢はすべて整っております」

「うむ、ケンプ君、すぐに運び出せるように用意は完了している。あとは台車で運び出すだけだ」

 そう、男爵は女性陣を待つ間、シェーバーと一緒に寝ないで移送の準備をしていたのだ。

「あと力仕事は警備員のシェーバーが手伝い、そのままトレーラーで警備しながら野生生物保護センターまで同行する。よろしく頼むよ」

「はい、男爵のお手伝いができて光栄です」

 やがて数名の自然保護官たちがきびきびと予定通り貴重な生物たちを運び出し、トレーラーに詰め込んでいった。だがその時、卵型のチャールズが、ペットのスパーキーとやってきた。

「男爵、すみません。うちのスパーキーが、やっぱりお屋敷に残りたいって」

 ナマズカワウソのスパーキーがその黒くて細長い体をチャールズの足元に絡ませ、ピュルピュルと物悲しく鳴いた。どうしても主人と離れたくないようだ。

 実はあの宇宙植物レイチェルも居心地のいいお屋敷を出たくなくてさんざんもめたのだ。仕方なく超能力者のミュリエルに相談したところ、植物園から一歩も出なければ大丈夫だという予言が出て、やっとオーケーとなったのだ。

「スパーキー、ここに残ると危険な目に合うかもしれないんだぞ、それでもいいのか?」

 男爵はしばらくスパーキーを見つめて様子を見て、そして言った。

「わかったよ、スパーキー、残ってもいいよ。そのかわり、ご主人様のチャールズを危険から守るんだぞ」

 そういって男爵は笑った。

「チャールズ、トレーラーの自然保護官には私から連絡しておくよ」

「はは、よかったな。お許しが出たぞスパーキー!」

「ウッピー!!」

 スパーキーは大喜びでかけまわった。

 やがて移送作業が着々と進み、今度は男爵のスマートフォンが鳴り、あの警備員シェーバーの顔が映った。

「男爵様、今、最終確認が終わりました。どの生物もみんな元気です。さっそく出発いたします」

「ありがとう、シェーバー。みんなにもよろしく言ってくれ」

 そして夜明けの光の中、大型のトレーラーは、男爵邸を後にしたのだった。

「やれやれ、長い夜だったな。さすがにいささか疲れた。そうだこんな時にはあれだ」

 男爵はリビングの人体模型の乗った薬棚の引き出しから、まずは最近なめている人体模型型のゼリーボーンズを見つけてほおばった。これは一個で1日分のビタミンが採れるという総合ビタミンゼリーボーンズで、しかも男爵好みのレモンミント味だ。

「ええっと、あれは…あった、あった。うん、疲れが取れそうなハーブ味だ」

 そしてもう1個、飲みすぎたときや疲れた時にお勧めの栄養がぎっしり入ったリアルな肝臓型ゼリーボーンズのお菓子だ。ほかには頭が痛いときの脳みそ型や胃が痛いときの胃袋型などいろいろある。これは製薬会社とコラボした、新製品のメディカルシリーズだ。

「あ、そうだチャールズ、今度発売されたペット用の歯が強くなるゼリーボーンズをスパーキーに試してみるかい?」

「はい、お願いします。きっと喜びますよ」

 みんなでスパーキーと楽しく遊んでいると、今度は突然頭の上から厳かに声が聞こえた。

「…男爵よ、時が満ちた。窓を開け東南の空を見上げよ。我々も動き出す」

 これはただ事ではないと立ち上がり、南側の窓を大きく開け放つ男爵。すっかり明るくなった東南の空を見上げ、男爵の隣でチャールズがつぶやいた。

「まさか…奴ら戻ってきたのか…」

 そう、忘れもしないあの日の、あの赤い光の飛行物体がそこに浮いていたのだった。天井のほうから、ブーンという羽音が聞こえ、あの大きな虫たちが何匹か飛んで行ったようだった。

 いったい虫は敵か味方か?いったい何をしようとしているのか?、男爵はしばらく考え、はっとひらめいた。

「虫は時が満ちたといった、あの言葉、どこかで読んだことがあったような…。チャールズ、ちょっと待っていてくれ。すぐに帰ってくる」

 男爵はすぐにリビングのエレベーターにかけ乗ると、B1の歴史博物館へと駆け込んだ。

「あった」

 男爵が読み返したのはあの古代の黄金の予言書だった。…レイム人の予言者がパズマのために予言する。1の予言、時が満ちる朝、戦いが動き出し、やがて大地が揺れて、大地が飛び立つであろう。2の予言、大地が揺れた時、機械の王が力を手に入れ、星の王の軍勢が迎え撃つであろう。3の予言、心せよ。大地が揺らぐとき、虫の王を恐れよ。4の予言、備えよ。大地が揺らぐとき、貴重な命が失われる。5の予言、本当の地球人と星の王と時の王が三人そろうとき、平和の礎が生まれる。

「時が満ちる朝…、やはりこれだったな…。だがこの第3の予言が気になるのう」

 そう、第3の予言にははっきりとこう書いてある。心せよ…虫の王を恐れよ…。これはいったいどういう意味なのだろうか…。

 リビングに帰ってきた男爵はさっそくかしこいエッグニア人チャールズに相談した。

「そうですねえ…、そうだ、男爵、あの虫たちの母星、オルガメリバの惑星を直接見に行くってのはどうですか?うまくすれば奴らの本当の王にも会える。我々が会ったのはアリで言う働きアリ、必要以外のことはしゃべりません。でも、女王や王ならば、きちんと理由も教えてくれるはず」

「え、そんなことできるわけが…あ、そうか、できるのか」

「できるんですよ、僕の部屋の隣のあの操縦席でね。あの部屋から出ることなく、遠い星の果てでも空間を超えることができる。二日ください、その間に惑星の空間データをセットしておきましょう」

 だが、二日後といえば、この男爵邸の移動日だが…。だが男爵は決断した。

「みんなには予定通り移動を始めてもらう。私とチャールズだけは移動する日を半日延ばそう、まずは虫の正体を知ることが優先だ。チャールズ、よろしく頼む」

「はい、任せてください」

 この男爵の決断がのちにとても大きな意味を持ってくるのだ。

 そのころあの赤い光の飛行物体の中では怪しい影が動き回っていた。

 広い何もない大きな部屋の中に、あの頭の代わりに黒い箱が乗っているアンドロイド、キューブヘッドたちが数十人集まって並んでいた。そしてその前に4人の別のタイプのアンドロイドが姿を現した。そう、ジュエルヘッドたちである。体はキューブヘッドより一回り大きく、装甲も明らかに強靭だ。また、彼らの頭部は、きらめく光線処理が施され、どれも本当に輝く宝石のようだ。

 最初に進み出たのは、きらきらと透き通った宝石の結晶が頭になっているアンドロイドであった。強力なセンサーを持つジュエルヘッドのリーダー、チーフダイアである。

「今、この夜明けの街の隅々まで私のセンサーで信号を追った。喜ぶがいい!、ついに見つけた。我々が数千年の間探し求めていたプロトキメラの反応がついに検出された。やはりこのエッグシティのある場所に隠されていたようだ」

 それを聞いてさっそく進み出たのは真紅の宝石の頭部を持つ、強力な攻撃力のチーフルビーであった。

「本当なのかチーフダイア?!それではこのチーフルビーがさっそく降下部隊を組織してそこに向かおうう」

 だが緑色の宝石の頭部を持った参謀役のチーフエメルがそれを止めた。

「いいえ、チーフルビー、まだこの街の住民は避難中です。あと二日もすればほとんどの人類は街から去り、我々は戦うこともなくやすやすとプロトキメラを手に入れることができるでしょう。ほんの少し様子を見たほうが賢明です」

 すると今度はいくつもの青い色が渦巻くような宝石の頭部を持ったアンドロイドが言った。影の部隊を組織する知性派のチーフラピスである。

「さすがチーフエメル、それが賢明です。私の調査によれば、我々パズマの敵、惑星連合リグラルの異星人たちもこの街に潜入して、我々に備えているようなのです。それなりの戦略を持って作戦に移るべきでしょう」

 みんなの意見を聞き、チーフダイアが最後に言った。

「ではこうしよう。二日後、プロトキメラのあるエリアの人類の避難が終わったのが確認されたのち、作戦を開始する。チーフルビーの部隊が先陣を切れ。我がダイア本隊がそれに続き、人類や惑星連合リグラルの兵を押さえよう。チーフエメルは地下の崩落現場の警戒に当たってほしい。チーフラピスよ、我々が敵を引き付けている間にプロトキメラを奪うのだ。よいな」

 するとあの渦巻く青のチーフラピスが言った。

「チーフダイアよ、わが部隊の作戦遂行のためにシャドーヘッドを使いたいのだが」

「なるほど、特殊工作部隊シャドーヘッドか。いいだろう。必ず成功させるのだ」

 そして作戦会議は終わった。赤い光の宇宙船は異空間へと姿を消していったのである。

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