6 災害対策委員会
その2日後、エリカは神妙な顔つきでエッグシティの市庁舎へと入っていった。そしてまずコシュナー災害対策本部長と入念な打ち合わせに入った。コシュナー氏は物静かな知性派でエリカの派閥の参謀の一人だ。
「まず実際に大きめの地震が起きてきているので、事前説明会を丁寧にやれば、市議会議員たちにも一応の了解は取れると思います。あとは日程がとても混んでいるので、なぜこんなに急ぐのかをきちんと説明できるかですね」
エリカは未来人サンジェルマン伯爵に、災害の正確な日や被害者数を聞いてある、などとは言えないので、こう提案した。
「やはりデータで押すしかないわね。依頼しておいた大学の地震研究者はどうなの?」
「実際会ってみたけど、とてもまじめで慎重な人です。それなりの仕事はしてくれると…」
「まあ、こっちでもできる限りの後押しはするわ。問題はエイドリアン財務委員ね、司会のランス交通委員長も来るしね」
エイドリアン財務委員長は、エリートコースを歩んできたキャリアウーマンで、数字に強く、理想派のエリカとはまた違う鋭さを持つ女性議員だ。ランス議員は経験豊かなたたき上げで、こちらが隙をみせればすぐ指摘してくる。二人とも一筋縄ではいかないエリカ市長の反対勢力だ。
「それより市長の言っておられた切り札はどうなんですか?」
「うーん、こっちの会議のことは連絡してあるんだけど、まだ正式な連絡がこないのよ。カーツ議長には言ってあるんだけど、どうなるかしらねえ」
午後からの会議のための資料の最終チェックや、プレゼンテーションや応対の作戦会議が延々と続いていた。
そして午後、時間になると、市庁舎の本会議場に市議会議員やお偉方がぞくぞくと集まってきた。
「それでは先日の地震を受けての緊急災害会議を始めます」
市議会のカーツ議長は人望もあり、いつも公正な有能な議長だ。
「まず最初に、コシュナー災害対策本部長のチームから」
1、先日の地震の概要とこれからのの被害予想。
2、避難計画の概要、避難方法と受け入れ先。
3、災害時の問題点、の三つについての詳細なプレゼンが行われた。
まず先日の地震の概要というところで、震度3程度で大きな被害はなかったが、他にはない特異な地震だったことが告げられた。地元の大学のラング教授が呼び出され、この地震がエッグ平地の極めて浅い地下を震源としていて、揺れもエッグ平地のみに限定され、ほとんど他の地域では観測されていない事実が報告された。そして、地震の震度が強くなり、回数が増えている事実が報告され、ラング教授は、こう締めくくった。
「近い将来にもっと大きな地震が起きると予測され、その場合、街の中心部を直下型地震が襲うことが想定され、大きな被害が予想されます」
そして次に、約2週間の準備期間を使い、市民に不安を与えない事前連絡、各地域での説明会、避難者の受け入れ先や移動のための交通手段の確保などの計画が説明された。
そして準備が終わった後、一週間かけて19万人が地区別、段階別に移動していくのである。具体的には近隣の、空港のある大きな街ケープラインの災害対策設備のある公園やスタジアム、先住民の部落がある盆地に併設されたサッカー施設が主となり、他にも市営のキャンプ場など7か所の避難先が計画されていた。移動方法は自家用車による移動のほか、バスやトラック、一部シャトルバスも計画されていた。また備蓄食料だけでは足りないので、この二週間ほどの間に、非常用の食料や保存食をそれぞれの避難場所に運ぶ計画も発表された。
そして問題点は数あるが、主には以下の通りであった。大地震が予想されるという理由だけで、市民に移動の理解が得られるか、19万人の市民の避難時の受け入れ先の確保が本当にできるか、膨大な移動のための予算、避難先での予算をどうするか、そして一番困難なのが、廃工場に立てこもった人々をどう説得するか?であった。エリカ市長のライバル、エイドリアン財務委員長がいきなりかみついてきた。
市の予算がひっ迫している現在、このような膨大な予算をどこから出すのかと切り込んできた。だがこのような質問は想定済み、エリカは、この会議の後に非常事態宣言をきちんと行い、非常事態時使える特別予算をぎりぎりまで組めば、あとは運用でなんとかなると説明し、細かい予算計画を提示した。
だが強かなエイドリアン財務委員長はすぐにランス議員とともに次の手を打ってきた。
「避難地の一つに挙げられている盆地のサッカー施設には今、大勢の学生たちが合宿している。ケシュナー案では早めに合宿を終わらせてもらい施設を確保すると言っているが、せめて夏季休業の終わりまで待てないのか?さらに大量に借り上げるバスの値段も夏季シーズン中はかなり高い。少し日にちをずらすだけで、周囲への迷惑も費用の点でもかなりの改善が期待されるのではないか」
さらに、ランス議員は少し日程をずらすだけで25パーセントの交通費用が削減できると強調した。するとエリカは毅然としていつ大災害が訪れるのか今の時点ではわからないが、1分1秒でも早く、避難をしなければ市民の命は守れないと言い切った。
だが次のエイドリアン財務委員長の質問でエリカは窮地に追い込まれる。
「先ほど詳しく説明をしてくださったラング教授にお聞きします」
地元の大学の地震の専門家、真面目そうなラング教授が再び呼び出される。
「すみませんラング教授、先日震度3程度の揺れがエッグシティの地下を震源として起こったわけですが、私も避難には大賛成です。でも、今、エリカ市長が言っている死者が出るような大地震はいつごろに起きる可能性があるのですか?」
エイドリアンは何を狙ってこんな質問を繰り返すのか、エリカは黙ってそのやり取りを見ていた。ラング教授は慎重に答えた。
「先ほども言いましたようにこの地震は特異なものなので、はっきりした予想は極めて難しい。ですから極端なことを言えば数週間のうちに大地震が来るとも言えるし、この間と同じ程度の揺れで収まるかもしれません、でも数か月の間に起こることは確実だと思われます」
ラング教授としては、ほぼ先ほどと同じことを言っているように思われたが、エイドリアンは、彼女はこう切り込んできたのだ。
「そうすると市長が言っていた二週間で準備して、三週間以内に避難を完了させるという強硬な日程の根拠はどこにあるのでしょうか?」
この執拗な質問に教授はしごく当たり前に答えた。
「それ自体に根拠はありません。ただ急いだほうが良いということです」
議員の間からざわめきが起こった。根拠がないのに、2週間でこんなに詰め込まれたスケジュールで無理をして、予算を余分に使って19万人の大避難を急ぐ必要があるのだろうかと…。
すぐにエリカが反論した。
「根拠がはっきりしないからこそ、早めに手を打つべきではないのでしょうか」
もっともである。だが避難することは同意したものの、とにかく急いで非難するべきという派と、もう少し様子を見ながらでもいいのではという派とに分かれたのは確かだった。
ここでエリカが困ったのは市の規定で4分の3以上の賛成が得られなければ非常事態宣言は成立せず、特別予算が下りなくなるというということだ。それを知ってか知らずかエイドリアン委員長はエリカをちらっとみてほほ笑んだ。
まずい、このまま会議がぐずぐずになって非常事態宣言ができなかったり、代替案を出せなどということになれば、サンジェルマン伯爵の言っていた日にちに間に合わなくなる可能性がある…。
エリカは、表面上は強気の姿勢を崩さなかったが、心の中では会議をどう進行させればいいのかといくつも作戦を考えていた。
その時だった、コシュナー議員のスタッフがカーツ議長のところに小さなメモ用紙を運んできた。
「いいでしょう、入室並びに証言を認めます」
第一会議室のドアが開いた。
エリカの瞳が輝いたドアの向こうに姿を現したのは最初、テリーだった。そしてテリーに導かれ室内にその人が入ってくると、議員たちはどよめいた。肩幅が広くがっしりとした体格、そして揺るぎのない眼光、この地区の軍の最高責任者ザルツバーグ大佐その人に違いなかった。なぜ大佐が市の会議に?議員たちは大物の出現に顔を見合わせた。
「エイドリアン議長、突然の来訪失礼する。私が来たのはこの間の地震について証言をするためである」
議長が正式に許可して一緒に来たエッシャー分析官も入ってきた。
「わが指揮下、エッグシティ駐留部隊は震源地に当たる北の商業地域の地下崩落現場の管理を行ってからもう数年になる。もとはといえば、赤い光と青い光の事件のあった後に、出来たばかりの地下マーケットの駐車場で地震があり、中で崩落事故が起きた。その後軍は、その地下の異常な様子を知り、地震の震源となる巨大な物体を発見、その分析に多大な時間と労力をかけてきた」
大佐はいったい何を言い出すのだ、巨大な物体とは何だと、議員たちがざわめき始めた。大佐はついてきたエッシャー分析官に合図して、コシュナー議員のチームが用意したプレゼンテーション装置に映像データを渡したのだった。そして大画面に誰もが予想しなかったものが映った。
「なんなんだ、これは!」
「大きい、大きすぎる。いったいどれだけの大きさなんだ!」
それはテリーも初めて見るものだった。一緒に写っているトラックやブルドーザーなどよりはるかに大きい。エッシャー分析官が説明を加えた。
「…数千年昔から地下に埋まっていると分析される未知の金属でできた巨大人工物です。昔、ハリー・パトリックが発掘したものと関連があるといわれていますが、正体はわかっていません。長さは約700メートル、重さ不明、定期的に重力波と反重力波を周囲に放ち、時々地震の震源となるような大きな揺れを発生させます」
一瞬会議室は静まり返った。エッシャー分析官は重力波と反重力波の発生回数のグラフを次に移し、さらに詳細な分析結果を述べた。
「これは私たちが考えるに巨大な宇宙船ではないかと…。根拠は6つのエンジン部分が確認されているのですが、崩落事故の起きた最初のころは一つか二つのエンジンだけしか動いていなかった。ところが、だんだん三つ目も動き出すようになり、この間の地震の時には4つ目のエンジン部分が動き出したのです」
なるほど巨大な埋蔵物の周囲に6つの円形の出っ張りがあり、それが順番に重力波や反重力波を出し始めたというのだ。
「…というわけで、このグラフから言えることは、このペースでいけば、あと三週間ほどで6つ目の最後のエンジンも動き出し、大地震や予想できないことが起きるかもしれないのです」
もう誰も疑う余地はなかった。カーツ議長が非常事態宣言について議決をとると、満場一致で採択されたのだった。しかしエイドリアン財務委員長はここで一番の問題について質問してきた。
「…エリカ市長に質問します。廃工場に立てこもった数百人にも及ぶ市民グループはどうするのですか?。聞くところによれば、先日の会議の時には会議に出席することも拒否し、市長の解決案そのものをボイコットして受け取りすらしなかったと聞きますが。前市長の時代から数年揉め続けている懸案が、わずか二週間で解決するとも思えませんが」
エリカは瞳を大きく見開いて、議場を見回しながら言った。
「私が廃工場まで出向き、何度でも繰り返し説得します」
するとランス交通委員長が立ち上がった。
「市長は現場に行ったことがあるんですか、市議団で私も数回行きましたが、罵声を浴びせたり、ナイフや銃で脅したりするのは当たり前、投石や火炎瓶でけがややけどをした人だって実際にいるんですよ」
するとエリカはきっと前方を見つめていった。
「直接会ってきちんと話せばわかってくれます。今回放っておけば、確実に人命が失われるんです。必ず説得します!!」
それで解決するとは思わなかったが、エリカの本気は伝わった。市長のお手並み拝見ということで会議は閉幕したのだった。
部屋から退出するときに、エリカがテリーをちらっと見てほほ笑んだ。テリーも笑顔で大きくうなずいた。
その夜、テリーは諜報部と綿密に連絡を取った。そして本部も軍と一部協力関係を結んだことを確認し、大地が飛び立つ前後の詳細な報告、またその後の被害と復興の様子の報告まで新しい仕事が諜報部から依頼が来た。テリーは喜んでその仕事を受け、しばらくこのエッグシティに腰を据える覚悟を決めたのだった。
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