4 地下世界への旅

 それから2日後、テリーは、朝からエッグベースに出かけた。

「おう、サム、例のモノは手に入ったのかい?」

「ああ、ばっちりだ。テリーもちゃんと長袖長ズボンのスポーツウェアで来てくれたね、ありがとう」

 実はグリフィスを介してあの地底人マグナスからテリーさんたちをご招待したいと連絡があったのだ。この間の会議室での約束をきちんと守ってくれたのだ。半日がかりで洞窟の奥の地底人の集落に行くこととなり、洞窟に行ける格好で来てくれと言われたのだった。でも洞窟に探検に行ける用意はどうしたらいいのかとサムに相談すると、サムはニコッと笑った。ここエッグシティは観光ツァーの一角として石灰岩採掘見学ツァーや鍾乳洞探検ツァー、さらにもっと気軽に観光洞窟見学コースやお土産付きの洞窟生ハム見学コースまであるのだ。そこの洞窟見学ツァーで使うレンタル備品を安く借りてきてくれたのだ。

「あーあ、うらやましい、今日は二人で洞窟探検なのね」

 いつのまにかエリカが来ていて二人に割り込む。

 今朝は、三人とも3種類のソーセージ入りの温野菜プレートとガーリックトースト、プレーンオムレツのCセットを注文だ。テリーとエリカはさらにいつものコーヒーを頼んだが、サムは今日もグレープフルーツジュースだ。今日はなんといってもマクガイヤーの手作りソーセージが絶品だ。野菜味、ガーリック味、チョリソーの太めのソーセージが丸ごと3本、湯気を立ててやってくる。もちろんトーストもオムレツもうまい。

「うおお、茹でたてウインナを粒マスタードでがぶり、がたまらん。肉汁がうますぎる」

「え、このガーリックトースト、止まらない、お替りできるの?悪いねマスター」

「フワトロでバターの風味が最高。このオムレツ、とろけちゃう」

むしゃむしゃ食べながら打ち合わせだ、さらにレンタル箱を開けてみる。

「ほう、これが洞窟用ヘルメットか、なるほどライトがついている」

 試しにかぶってみると丈夫そうだが意外に軽い。あとは防水ザックに、軍手や防水ジャケット、トレッキングシューズなどがセットになっている。

「エリカさんはもちろん仕事でしょ?」

「そう、それも緊急災害会議の準備会なのよ。市議会議員や専門家たちの根回しが大変なのよ。そっちも暗い洞窟探検だけど、こっちも真っ暗なトンネルを手探りで行くようね」

「まあ、まあ、お互い頑張りましょう、ね」

 するとマスターが、特別に詰め込んだランチボックスを用意してくれた。

「今日は昼までにはどうせ帰ってこれないんだろ。防水ボックスにサンドイッチセットがたっぷり入っているから、よかったら食ってくれ」

「え、本当?、感激だなあ」

そして二人は、ヘルメットを小脇に抱え、トレッキングシューズ、防水ジャケット、防水ザック姿で車に乗り込み、約束の場所、西の浄水場へといつもの車で出かけて行った。

外周道路をぐるりと回り、西部の自然公園へと近づく。夏の休暇中でまだ朝方なので、たくさんのハイキング客が歩いている。渓流の音を聞きながら、ハイキング道路を登っていくと、すぐ観光スポットの先住民資料館が見えてくる。

「ここで安い入場料を払っておくと、駐車券がもらえるんだ。ちょっと待ってくれ」

サムが駐車券を取りに行こうとする。どうせだから中をさっと見ておきたいとテリーが言って、一応中に入ってみる。

「へえ、けっこう展示が工夫してあるね」

サムが感心する。自然に溶け込むようなログハウス風の細長い建物だが、順番に回るとこの地域のことが自然に学べるようになっている。

1、周辺の地図、エッグシティと盆地の先住民の部落と、この洞窟遺跡の位置関係。卵型の平地がよくわかる。まるで宝の地図のようなイラストが冒険心をくすぐる地図だ。

2、洞窟遺跡とその周辺のジオラマ。ちゃんとボタンを押すとランプが光ったり、鳥やせせらぎの音も聞こえてくる。

3、洞窟遺跡の精霊の滝、鍾乳石、地底湖、神殿の特大写真。もちろん洞窟の入り口付近の写真だが、プロのカメラマンが暗闇でも映る特別な機材で撮った写真が美しい。

4、発掘物の展示、5000年前の土偶や先住民の文化資産。年代別にきちんと整理されていてけっこう楽しい。

テリーはその中に気になるものを見つける。あのエリカのつけていた光の紋章だ。展示室の説明だと、先住民たちを古代から導いてくれた光の神の紋章なのだという。

5、上映室、今月は「先住民と神話」。今日は見ている時間がないのが残念だが、けっこう客が入っていた。

6、ミュージアムショップ。土偶のレプリカや先住民の工芸品など、オリジナルグッズが満載だ。

思いがけない立派な施設だ、聞いてみるとやはり男爵からかなりの寄付や支援があったようだ。さすが男爵だ。中を見て回る二人、だがテリーが急に立ち止まった。

「おい、サム、これって…」

なんと土偶の中に、体は人間だが、頭の代わりに双眼鏡のような黒い箱が乗っている不気味なものを見つけたのだ。

「これ、この間の会議で見た、あの赤い光の宇宙船から出てきた奴にそっくりだ!」

「…銃弾も、バズーカ砲さえ通用せず、軍の部隊を退却に追いやった奴らだよ。間違いない。確かキューブヘッドと呼ばれていた奴だ。5000年前から地球に来ていたって訳か」

だが、となりに悪魔と呼ばれる、ジュエルヘッドという名の土偶も一緒に展示してある。頭にパワーストーンの使ってある、ありえない形だ。こっちのキューブヘッドより強い奴がいるということなのか?!

「おっとっと、そろそろ時間だ。行くぞテリー」

二人は外に出てハイキングコースとは別の舗装道路を登っていく。いつもは浄水場に行く土木作業者やトラックなどしか通らない道だが、歩いてみると、道沿いの渓流を清らかな水が流れ、鳥がさえずり、アゲハチョウの仲間が優雅に飛び交っている。ハイキングの穴場かもしれない。やがて目の前に緑に包まれた石灰岩の急な斜面が現れ、その下にコンクリートの浄水場の三つの建物が姿を現す。道路はここで終わりだが、サムはテリーを浄水場の裏へと案内する。いくつかの小さな洞窟の奥に大きな洞窟があり、その中から滾々と水が湧き出している。ここがエッグシティの市民の飲み水の源泉だ。奥は立ち入り禁止になっていて人影は全くない。

「さあ、そろそろ時間だ」

時計を確認するサム。するとやがて呼ぶ声がした。

「サムさん、テリーさん、こちらです」

なんと小さな洞窟の一つから、プラチナブロンドの顔がのぞいていた。最初は不思議なサングラスをしていると思ったが、近づいてみると、それは昼間の光を避けるための木で作った遮光器のようだった。洞窟の中に入って遮光器を外すと、マグナスとこの間地下道であった二人の若者だ。みんな古代文様をデザインした白の長袖長ズボンで、地下の民の民族衣装らしい。普段はこの服で生活しているという。中は真っ暗だ。ヘルメットのランプをつけ、三人についていくと、洞窟のすぐ奥の壁の岩が動き、隠し通路になっている。

「外は夏だったけど、ここは涼しいですね」

この地下世界は、夏も冬も18度ほどで、夏は涼しく冬は暖かい。そこを少し行くとまた意外な岩が動く。そうやって三つの隠し通路を行き、斜面を登ると突然広い空間に出る。

「ここは?」

「浄水場の奥に当たります。あの滝の上の空間です。ここは昔から我々地下の民の集会所となっていて、大勢で祈りをささげていると、浄水場から時々見えることがあるらしいですね」

サムはすぐにピンときた。浄水場で目撃される白い集団というのは地下の民だったのか。

「では行きましょう。ここから先は崖を登ったり、水路を渡ったりしなくてはいけません。気を付けてください」

早くもいろいろな装備がフル稼働だ。アウトドア派のテリーはわくわくしながら、インドア派のサムはハラハラしながら歩いていく。軍手でしっかり岩をつかみながら、真っ暗な斜面を登っていく。サムとテリーは、ヘルメットのライトで照らしながらやっとのことで登っていく。でも地底の民は何も使わずにすいすい登っていく。実は先頭の若者が小さなランプを持ち歩いていて、彼らはその程度の明かりで十分まわりが見えるそうだ。

「えーっ、なにこれ、天井がすごく低い。しかも下は結構水が溜まっているし」

「天井からは鍾乳石が突き出ていることもありますから、十分注意してください。村まで行けば焚火もあって、体も乾かせますよ」

いつも明るいサムから笑顔が消えた。体をかがめ、ひざ上まで水につかりながら進んでいく、そんな場所を二度ほど渡って行くと、ついに一つ目の大空洞に出た。

「おおっ、す、すごい」

天井はあちこちに鍾乳石が発達している。高いもので、広さはサッカーコートが入るほどの巨大さだ。こんな大空洞や地底湖がいくつもあった。このさらに奥の青い湖と呼ばれる場所には、古代に築かれた階段ピラミッド神殿もあるのだという。

険しい山の上のほうにも、古代から使われている天文台や何か所か村への入り口はあるのだが、今来た経路なら約25分でこの大空洞まで来れるのだそうだ。でも、山道なら途中まで林道を使っても2時間以上かかるという。

「それにしても、なんだこの世界は、想像とまた違う」

なんだろう、天井や壁がぼんやりと淡い緑色に光っている、ヘルメットのライトを消しても、目が慣れてくると全体がうっすらと浮かび上がって見える。

「年によって明るさは多少変化するのですが、年間を通じてずーっとこんな明るさなんです。光を出しているのはコケやキノコの一種です。我々の先祖も、この明かりがあったからここに住んでみようと思ったのです」

エッグ平地に仕掛けられた怪物のトラップに追われ、彼らの先祖はここにたどり着きここに住み、そして青い大きな瞳とプラチナブロンドの髪を手に入れたのだ。

ゆるやかに風が吹いていた。いくつかの洞窟から絶えず空気が流れ込んでくるらしい。あちこちに小さな川が流れ、確認できるだけで三つほどの青く透き通った地底湖が見える。そして、少し進むと高さ1メートル近くある巨大なキノコの森が広がっている。キノコの森はこの地下世界に12か所ほどあり、大きなキノコや珍しいもの、地底の民の食料として重要なもの、薬草として高く売れるものなどいろいろな種類がある。いくつかのキノコは地底の民によって大量に栽培、収穫されている。

「あれ、あそこにいるのはヤモリ…?」

テリーがキノコの森の中にトカゲのような影を発見した。若者の一人が答えた。

「ヤモリは私がわかる範囲では少し大きなものから小さなものまで4種類ほど確認しています。ネットで調べても該当する種類がなさそうなので、この地下世界の固有種かもしれないですね」

話を聞いてみるとコウモリも数種類、昆虫はかなり種類が多く、キノコに擬態するものや光るものもいるという。水路にもエビの仲間がけっこういるようだ。

「村はあちら側の地底の丘の上にあります」

まずは村へとゆるやかな斜面を登っていく。マグナスが村に向かって声をかけると、村から何人かの白い服の地底の民の人たちがやってくる。歓迎の歌なのか厳かでよく響く歌声とともに近づいてくる。マグナスの話では、村人たちは暗い洞窟を行くとき、よく歌声を合わせながら歩くのだという。これが山の洞窟から聞こえる不思議な歌声に違いない。

「へえ、初めて見る地底人の女性もいる」

透き通るような白い肌と青い瞳、そして銀色の髪がきれいに束ねられている。なぜかサムとテリーに友好的で、一人の美しい女性が進み出た。

「ようこそサムさん、テリーさん。私はアメリア、あなた方がこの村に来ることは、長老たちによって予言されていました。あなた方は、大地が飛び立つ日に、私たちを災害から導いてくれる方々だとお聞きしています」

「はあ」

戸惑うサム、でもテリーはしっかり答えた。

「暖かいお迎えありがとうございます。大地が飛び立つ日は、できる限りのことをします。よろしくお願いします」

女性たちの間で安心の笑みが広がった。マグナスがにこっと笑って二人をともなってまた歩き出した。

マグナスの話では、ここに移り住んでからも、盆地の先住民たちとは交易を盛んに行っていたようだ。地下からは薬草に使える何種類ものキノコを中心に地下で採掘される岩塩やパワーストーンなどを持っていき、地上の民からは織物やその他の食料などを手に入れていたという。先住民のアクセサリーとして売っていたパワーストーンは、案外地底の民から交易で手に入れたものだったのかもしれない。現在もエッグシティの市民たちとも秘密裏に交易を行い、地上の文化も徐々に持ち込まれ、また、ここでも男爵たちの協力により、一部電気やネットなどもつながっているという。

マグナスに導かれ、サムとテリー、地底の若者たちや女性は焚火のともる地底の村へと入っていった。そこには子供たちのほか、数人の長老もいて、サムとテリーは焚火で体を温め、おいしいキノコ茶を味わった。長老の一人がしみじみと語り始めた。

「今から20年以上の昔、グリフィス君がまだとても小さいころ、地下通路から私たちの洞窟に迷い込み、そこから地底の民と地上の民の新しい付き合いが始まった。盆地の部族としか交流のなかった私たちは、街の人間ともひそかに交易を開始し、街の人間の言葉も覚えるようになった。すべては男爵の、誰でも対等に受け入れる大きな心が始まりであり、その大きな心が我々にさらなる一歩を踏み出す勇気をくれたのだ」

さらに今度は女性の長老が二人に近づき話し始めた。

「私たちは、過去数千年の間人口を増やしも減らしもせず、このほの明るい地底で静かに暮らしてきました。でも伝わる予言では、大地が飛び立つ日、この大空洞も大きく崩れ、このままでは数えきれない死者が出てしまうというのです。時代とともに我々も変わっていかなければなりません。若い者が街の民とも交易を持ち、一部では電気やネットなどの文化も入ってきました。また我々は20年以上前から、街の者の使う言葉や読み書きなどの教育も行ってきました。すべては大地の飛び立つ日のためです、我々はそこで数千年の間ここで続けてきた暮らしを大きく変えなければなりません。新しい暮らしを始めなければならないのです。最近、街の中心部から不気味な振動がこちらの地下にも伝わり、毎日強くなり、回数も増えてきています。マグナスが言うには、ついに大地が飛び立つ日は近づいた。我々も行動しなければ多数の死者を出す。でも私たちにはまだどうしてよいのかよくわかっていません。私たちの古代の予言には、地上より、二人の光がやってくるとあります。そして、予言にあった光はサムさんとテリーさんに違いないとマグナスは確信したようです。お願いです。我々の目指す新しい地を指し示してほしいのです、導いてほしいのです」

しばしの沈黙の後、テリーが言った。

「我々には三人目の仲間、エッグシティの市長、エリカ・ロッテンハイムがいます。彼女と話し合って、あなた方の目指すべき土地を探します。そして命を必ず守ります」

年老いたその女性はテリーの瞳をしばらくじっと見つめ、そして言った。

「あなたのそのまっすぐな瞳を信じましょう」

それからサムとテリーは、マスターの用意してくれたサンドイッチを思い出し、地底の民の前で開けてみた。

「うわあ、うまそう、卵サンドニチーズハムサンド、こっちは人気のフライドチキンサンドだ。どれも一口サイズで手軽に食べられるぞ」

なぜか興味深そうに集まってきた地底の民たち、サムはテリーの了解を取ると、進んでみんなにひと口サイズのサンドイッチを配りだした。おいしいおいしいと、あっという間に売り切れだ。サムとテリーがひと口も食べられずにいると、地底の民の燻製肉料理が代わりにふるまわれた。

「おい、この燻製肉うまいぞ。っていうか、この香り、トリュフだよな」

 そう、燻製肉にはトリュフそっくりのキノコのみじん切りが味付けに使ってあったのだ。さすが、地底のキノコ王国である。地上のしかも街の食べ物を初めて食べた地底の民も多かったがとても好印象で、地上が突然親しみやすいものに変わったようであった。

 おいしいものを食べ、楽しくおしゃべりしていると、その時、突然地震が起きた。

「おお、きょうの地震は大きいぞ。気をつけろ!」

 マグナスの言葉で、女性が子供たちの手を取り、若者たちが周りを取り囲んだ。洞窟の奥で岩が崩れる音が聞こえ、サムのヘルメットに小石がいくつか落下してきた。

 大きな被害は全くなかったが、みんなの間に不安が広がるのがわかった。こんな地震が数日に一度あり、だんだん揺れも強く、回数が増えてきているという。

「大地の飛び立つ日が来るまでに必ず皆さんに連絡します。それまで心を強く持ってください」

 サムとテリーが帰途につくと、村人たちがみんなで送りに来てくれた。サムはゼリーボーンズの紙箱を数個取り出すと、小さな子供に配りだした。

「ありがとうございます。みんな大喜びです」

 二人はみんなに暖かく見送られ、またあの洞窟の通路へと入っていった。また大変な思いをしてびしょびしょになりながら暗い通路を帰っていく。

「うわ、ま、まぶしい」

 浄水場の裏の洞窟から顔を出す。送ってきてくれた若者やマグナスたちともお別れだ。外はまだ昼下がり、夏の強い日差しを避けながら歩いていく、地下世界の出来事はまるで夢のように思えた。洞窟から流れ出した清らかな水が渓流に流れ込む。美しいアゲハ蝶の仲間が、水たまりに水を飲みに舞い降りている。

 二人は車の止めてある先住民資料館へと道を下って歩き出した…。

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