3 秘密のドア
その朝、サムは自室のパソコンで、都市伝説バスターズの動画の編集をしていた。この間、新聞記事で見つけたビッグフットの子供の行方を追った記事も反響が大きく、最後はどこかの施設に引き取られ、今も生きている可能性が高いというインタビューは説得力があった。また古代の石像と、アリエス修道院の鐘つき堂の大きな虫の、あまりに似すぎているとかなりの書き込みが寄せられていた。男爵邸で見聞きしたことは固く口止めされているので今は表立った発表はできないが、後々どこかで発表の場があると踏んで、派手な記事にまとめていた。
サムは、一通り記事を書き上げるとやっと手に入れたアンジェラのグレープフルーツジュースをちょびちょび飲みながら、バートから買ってきたあのヒットゲーム、男爵邸の秘宝のコマを並べて作戦を考えていた。ネットを介してのボードゲームの対戦が盛り上がってきていて、最近は、パソコン版の最高難度の決勝リーグが終わったばかりなのだ。お化け屋敷を責めたり、逆に侵入者を追い払ったりが、実に微妙なバランスで出来上がっていて、攻防が実に熱いのだ。そしてサムは、夕べついに初代チャンピオンとなったばかりなのだ。ところが、ふとテーブルの前を見ると、ありえない人影が立っていた。知性的なのにキュートでかわいらしい大スター、ホリアと夢見る瞳の超絶美少女ミュリエルだった。
「へっ…」
唖然として二人を見つめるサム。ホリアが言った。
「驚かしてごめんなさい、ミュリエルと一緒に来ちゃった」
「おはようございます。サムさん、今日時間がありますか?」
「…ええ、昼には時間が取れますよ。午後1時でどうですか」
「では、男爵邸でお待ちしております。あなたにしかできない大事なことを頼みたいのです」
「それとね、グリフィスお兄ちゃんも、初代チャンピオンになったサムさんに見せたいものがあるって、待ってるわよ、じゃね、バイバーイ!」
そして二人は透き通るように消えていった。幽体離脱というやつか?
こうなれば、どうあっても行かないわけにはいくまい。サムはその日の1時きっかりに男爵邸に着いていた。
「おい、サム、おまえが何をしたか知らないが、青い城の姫君が、ミュリエル様がこっちの屋敷に来るみたいだぞ。失礼のないようにな」
モニターの向こうでごっついシェーバーさんが今日も怒鳴る。
「はいはい、わかりました」
すると突然玄関に誰かが走って迎えに来る。グリフィスだ。
「やあサム、都市伝説バスターズ、ますます盛り上がってるねえ、それから君はあの僕の考えたゲーム『男爵邸の秘宝』のネットゲームの初代チャンピオンになったって言うじゃないか。おめでとう、やっぱりサムならやってくれると思っていたんだ。今日は急に来てもらってすまないねえ」
「それよりグリフィス、僕に見せたいものがあるんだって?」
「そうなんだ、こっち、こっちへ来てくれ!」
グリフィスはサムの手をとると、あのとても広いリビングへと引っ張っていった。リビングではあの世界的大スターのホリアが待っていた。
「ほら、サムさんの到着だ。さっそく上映会を始めるから、ホリア、みんなを呼んできて!」
「オッケー!すぐ行ってくる」
「サムさん、もうサムさんはこの家のことをみんな知ってるから、今日は来れる人はみんなリビングに来ますよ」
ホリアもまるで子どものように飛び跳ねながら出て行った。やがて2階からテンペスト男爵、手をつないでなかよく夫人も大階段を下りてくる。やはり今日もラブラブだ。あのバーゼルさんが、台車にいくつかの植木鉢をのせてやってくる。巨大で色鮮やかなランの鉢と、青々と茂った野バラの鉢とその鉢の中になんとなんとあの鳩くらいの鳥の骨格標本だ。サムが恐る恐る聞いてみる。
「バーゼルさん、それってまさか…」
バーゼルさんは当たり前のように答えた。
「レイチェルよ。あとレイチェルのペットと、ペットの餌ね」
まさかと思ったが、この巨大な花レイチェルは伸びた枝に人間の目にあたる映像を感じる器官があり、光合成をする葉のほかに、人間の手のように動く、葉やツルも持っている宇宙植物なのだ。大好物はステーキ、花が獣の口のように動いて、丸呑みするらしい。しゃべることはできないが、かなり高い知性を持っているらしく、イエス、ノーは花や葉をつかって、はっきり表現するという。聞いて初めて分かったのだが、二つの鳩の骨格標本だと思っていたのは、トリホネナナフシという大型の宇宙ナナフシだというのだ。鳥の頭骨に似た頭部の下に、緩やかにカーブを描く細長い背骨のような体があり、前羽の骨に似た前足や、あばら骨そっくりの枝分かれした中足、鳥の足そっくりの後ろ足があり、よくみるとゆっくり動いたり、野ばらの葉を食べたりしている。家族からは、細長いオスのほうがクック、丸っこいメスのほうがロビンと呼ばれている。
宇宙ナナフシは、鳥の骨に擬態することによって天敵の鳥などから身を守っているという。主食の野ばらの葉を食べさせてやると、背中から高貴なハーブの香りを出して、レイチェルの周りの害虫を追い払ってくれる、一種の共生関係らしい。
骨格標本として見るととても不気味だが、ナナフシの一種だと思ってみると、太極拳のような緩やかな動き、小さな口で野ばらの葉をきれいにかじり取る様がとてもキュートだ。
レイチェルはこの鳥の骨そっくりの宇宙ナナフシをとてもかわいがっていて、自分で野ばらを育てて、ナナフシのエサにしている。鳥の骨そっくりの二匹の宇宙ナナフシがゆっくり動いて野ばらの枝をしっかりつかみ、競い合うように食べているのをやさしく見守っているようだった。
さらにサムが気になっていた三つのドアからもいろいろ出てきた。あの中くらいのドアからは、予想通り歩く卵チャールズが出てきた。すると小さなドアのノブが回ってチャールズのペット、ナマズカワウソのスパーキーが出てきた。手はとっても器用でドアも明けられる。体は細長いカワウソそっくりだが、体色は黒く、ナマズのような大きな口とひげがある。
「パフ、パフ、ムー、ムー、ピルルルル」
おどけた、愛嬌のある鳴き声、目はまん丸でやさしく、とてもかしこく、人にもよくなつくようだ。いざとなると電機ウナギのように発電もするすごい奴らしい。
そしてついにガチャンと音がして、あの縦に細長い、大きなドアがゆっくり開いた。サムは何が出てくるのか全く予想がつかなかったが、出てきた姿を見て納得した。細長い首が、にゅうっと出てきた。
「アルパ博士?!」。
今日もダンディーなスーツ姿で決めている。モフモフの毛と大きな瞳、そうあの直立二足歩行するアルパカ似たキャラクターだ。どうやらやはり宇宙人だったようだ。
「今日はお招きいただき、まことに光栄です」
アルパ博士は体が長くて大きいので周りに気を使いながら入ってきた。そして、一人用の大きなソファにちょこんと座った。アルパ博士は、高い枝の木の葉を食べるために立ち上がり、二足歩行を始めて進化した種族らしい。菜食主義者だが、ここにきてゼリーボーンズなどのお菓子も食べるようになったそうだ。
すると、例のチーズバーガーマシンやコットンキャンディマシンを、キャラクターのアンディやタランチュリアが押しながらやってきた。
「あれ、この人形たちいつから歩けるようになったんだ?」
さらにみんなに注文を聞いて、自動的にチーズバーガーやコットンキャンディを作ると、「うまいよ」「おいしいわよ」などと言いながらバーゼルさんに渡し始めたではないか。なんとキャラクターの人形が、ロボットに代わって、自分でマシンを運んだり、商品を渡せるように進化していたのだ。
「この間はまだ開発途中だったけど、ついに出来上がったんだ」
さらにリビングの隅に置いてあったビッグサイズの白い冷蔵庫も、のしのし歩いてみんなのいるソファへと歩いてきた。
「ついでに冷蔵庫もロボットにしたんだ、グスタフって言うんだ。けっこう便利だよ」
さらに冷蔵庫は、自動的に扉が左右に開くと内側に伸び縮みするロボットハンドがついていて、みんなに注文を聞いて、眼球タピオカソーダや人体パフェを取り出し始めた。
あとはこれもバーゼルさんが、みんなに配るだけだ。するとグリフィスが言った。
「実はわけがあって、このリビングに立体映像システムを入れたところで、これから上映会をするところなんだ。これをサムに見せたくってさ」
「うわああ、そりゃ楽しみだ。あ、バーゼルさん、眼球タピオカソーダ、僕にもください」
サムが手を伸ばすと、バーゼルさんはもう鼻を自由に伸ばして微笑みながら飲み物を渡してくれた。今まではごまかそうと、力を入れて縮めていたらしいが、力を抜くと、ソーセージのような鼻は、顎の辺りまで伸びている。さらにそこに長身の執事パーカーがやってきた。持ってきたアタッシュケースを開けてグリフィスに見せる。
「ありがとう、パーカー。ではまず、第一段階だ」
グリフィスがアタッシュケースの中の操作盤のスイッチを押す。
おお、みんなからどよめきが起こる。この小さな体育館ほどもある広いリビングのあちこちの窓のシャッターがすべて自動的に締まりはじめ、日光が遮断されていった。それと同時に部屋の中央のシャンデリアやあちこちの照明が徐々に光り始めた。すべてが部屋の照明に入れ替わると、それを待っていたかのようにリビングのエレベーターがチンとなり、ドアが静かに開いた。
「お呼びいただいてありがとう。このリビングに日の出てる時間に来たのは初めてね」
アナスタシアがニコッと笑った。
「サムさん、お会いできてよかった。あとで大事なお話があります」
ミュリエルが微笑みながらサムに言った。数百年の時を生きる不老不死の母娘は、姉妹のようでもあり、どこか未知の世界から迷い込んだ精霊のようでもあった。
そして二人はチャールズとアルパ博士のとなりに腰かけた。
「じゃあ、ホリア、用意はいいかな」
するとホリアは立ち上がり、上着をさっと脱いでルナサテリアに渡すと言った。
「オッケー、始めましょう!」
なんと上着の下はキラキラのシルバースーツ、一瞬部屋が真っ暗になる。次の瞬間、派手な曲が流れてスポットが当たると、あの開かずの部屋のドアかと言われていた頑丈な金属のドアが開き、ガイコツロボットダンサーが飛び出した。そしてホリアとともに踊りだしたのだ。あれ?ホリアは、一瞬で真っ赤な衣装に着替えている。あの劇場でやっていた、早変わりとコミカルなスカルダンスだ。
「すげえ、自動でシャッターが閉まるだけじゃなく、本格的な舞台照明と音響設備、そしてホリアとロボットのダンスか」
興奮するサムだが、さらに大掛かりな仕掛けが待っていた。
曲の切れ目でスポットライトが一度消えると、なんとリビングの奥とその左右の壁の3面が、奥行きのある立体的な墓場に変わり、そこに数十人のガイコツダンサーズとミイラ男やミノタウロスなどのモンスターたちの映像が現れ、不気味なダンスを一斉に踊りだしたのだ。
「ええー、プロジェクションマッピング、やってくれるね」
しかもその集団の真ん中にホリアもいて。
「あれ、今度は体がガイコツロボットに似た、ピンクのスカルボディになっている」
そう、ホリアには、別にモーションシンクロライトシステムで、その都度、衣装や映像が送られているのだ。
「嘘だろ?」
こんな大掛かりなシステムをいくら広いとはいえリビングに取り付けるとは…?!
しかし、その本当の意味をサムは近いうちに思い知ることになる。
やがてさらに曲が変わり、今度はサンバの盛り上がるダンスに変わる。ダンサーズの体系変化あり、ホリアの独唱パートあり、前列、中列、後列での振り付け変化ありで興奮のうちに出し物は終わった。
そしてライトが消えて、もともとの部屋の照明に変わった瞬間、そこにはいつものリビングが広がっていた。拍手するみんな、男爵も夫人も思わず立ち上がる、みんなから握手攻めにされるホリア、絶賛の声を受けるグリフィス、ナマズカワウソのキャスパーや、宇宙植物のレイチェルまで浮かれて見える。そこには宇宙人、動物、植物の区別はなかった。
「いやあ、驚いた。エンターテイメントは、宇宙共通だな」
またキャラクターロボットの食べ物や飲み物を食べながら、会話が盛り上がる。レイチェルがチーズバーガーを丸呑みするところも見られたし、チャールズは人体パフェを、アルパ博士は綿菓子を上品に食べていた。やがて飲み食いがひと段落すると、不老不死の超絶美少女、あのミュリエルが声をかけた。
「サム、あとグリフィスも、二階の私の占い室に来てくれるかしら」
サムは、ミュリエル、グリフィスとともにそのままエレベーターに直行した。合衆国の有名人や大統領なんかがお忍びでやってくるという場所らしい。
「占い部屋は、神秘的な絵画や宝石がいろいろあっておもしろいぞ」
グリフィスがはしゃいでいた。そして二階へのボタンが押され、エレベーターのドアが閉まったときに、ミュリエルが、突然真剣な顔でサムに行った。
「これから起こることは、テリーさんにも、エリカさんにも、誰にも言ってはいけません。いいですね」
「…はい」
いったい何が起こるというのだろう。200才の超絶美少女は、サムをじっと見つめるのだった。
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