決着
亮平は目を開けると、先ほどの本堂に自分の体は戻っていた。
時間は再び巻き戻されたのだ。周りを見回すと、松木と川村がいる。
しかし、未来の悠衣は倒れていた。彼女は無事であったが。
この巻き戻しはどこに戻るか分からない気まぐれなのか、それともあえてそうなったのか。とにもかくにも、未来の悠衣はもう戻ってこない。亮平は唇を噛んだ。
巻き戻しには代償が伴ったのだ。
だが、今はそのことについて悲観に暮れている場合ではない。今の時間の彼女を助けなければならない。
亮平は先ほどと同じく松木に飛び掛かった。
そして亮平は松木の銃を何とか奪い、とにかく川村目掛けて引き金を引いた。
すると、弾は発射され、川村の胸に命中した。
男のシャツの胸あたりからは血が染み出し、やがて倒れた。
直後、亮平は自分が人を撃ったという事実にショックを受けた。
それもつかの間、松木は亮平の頬を思い切り殴った。
亮平は吹っ飛ぶ。
松木の拳は異様に硬く、冷たかった。
もう時間は巻き戻せない。亮平はそんな気がしていた。また飛び降りても、奇跡は起きないだろう。
ということは、これこそが泣いても笑っても最後なのである。彼女の命運は、今亮平の手の中にある。
その思いが、亮平の体を一歩前に押し出させた。
松木が拳を振ってくる。
亮平は必死にそれを躱し、何とか攻撃の機会を探った。
そして、隙をついて亮平はナイフを取り出し、松木の膝にした。
松木は苦悶の表情を浮かべるが、亮平に対しての攻撃が緩まることはない。
ナイフをずぶっ、と抜き取り、松木の血で血まみれになったナイフを亮平に振りかざす。
亮平はひとまず松木と距離を取った。
「悠衣、大丈夫か!」
亮平は柱の傍に立っている彼女に訊くと、彼女は大きく頷いた。
亮平はそれを確認して再び松木に視線を戻し、間合いを取る。
すると、亮平は側に落ちていた拳銃を見つけた。
それに気づくのに亮平は一瞬遅かった。松木はナイフを亮平に投げつけ、それを躱している間に松木は銃を拾い上げる。
そして一発彼女目掛けて撃った。
亮平は叫び、終わったかと思ったが、彼女の反応も早かった。
急いで柱の陰に隠れた。
すると亮平は松木の方にどんどんと歩み寄ってきた。松木は亮平に銃を向ける。
しかし亮平はそれを意にも介さず堂々とした顔で松木の前に立った。
松木は困惑した。
「俺は重要な人物なんだろ?」
松木ははっとしたような顔を浮かべる。
「まさか・・・・・・」
「もう一度時間を巻き戻したんだよ」
「ありえない」
「それが出来たから今俺はここにいる」
松木の声は震えている。そのわずかな動揺の瞬間を亮平は見逃さなかった。
すると彼女も柱の陰から飛び出し、銃を持っていた松木の左腕に思い切り噛みついた。
松木は悲鳴を上げて、銃を落とす。
亮平はその銃を拾い、松木の足を撃った。
しかしそれは松木の足をかすめるだけにとどまった。
もう一度引き金を引こうとすると、松木は不敵な笑みを浮かべて亮平に言った。
「弾切れですよ?」
亮平は引き金を何度も引くが、弾は発射されない。
松木は噛みついている彼女を振り払った。
彼女は地面に倒れるが、なおも松木にしがみついた。松木はそれをまるで何か不潔なものを見たように侮蔑し、舌打ちをして彼女の頭を足で踏みつけた。
「何すんだ!」
「未来の大罪人が私の体に触れたんですよ。汚らわしい」
そして松木は彼女に向かって唾を飛ばした。
亮平は怒り、銃を投げ捨てると、松木に殴りかかる。
しかしその時、背後から声が聞こえた。振り向くと、二人の警官がいる。
取り残されている人がいないか確認しに来たのだろう。
そして清水の舞台で起きている異様な光景を見て、警官は一瞬で言葉を失ったように立ちすくめた。
「助けて!」
亮平が叫んだ。そして松木を指さして言った。
「この男が爆発を起こしたんだ!」
すると警官は驚き、慌てて拳銃を取り出した。
「君が襲われてたのか?」
「それとあそこにいる彼女だ」
「あの倒れている二人は?」
「女性の方はあの男が、痣の男は俺が撃った」
警官が驚いたように亮平を見つめる。
「君が?」
「正当防衛だろ?」
「そうだが・・・・・・」
形勢が逆転したと思われた瞬間、二発の銃声が聞こえて一瞬時間が止まったようになり、警官二人は仰向けに倒れた。
亮平は警官に駆け寄るが、こめかみを撃たれて即死だった。
その弾道の先には、背の高い長髪の男が亮平に銃を向けて立っていた。
その男を亮平はどこかで見たことがあった。それがどこなのかが思い出せないでいる。
「松木さん、大丈夫ですか」
そして松木の隣に歩み寄り、視線だけを松木に向けながら訊いた。
すると、松木は血で染まった自分のズボンを見て苦笑した。
「このくらいは平気だ。それと、川村が殺された」
「わかってます」
男がそう言った時、亮平のかすかに残っていた記憶の断片の中にこの男を見つけた。
「お前はあの時、俺たちの写真を撮ってくれた男か」
男は怪訝な顔をすると、思い出したように言った。
「ああ、そうだな。以前、清水寺で彼女を殺した時にお前たちの写真を仁王門の前で撮ってあげた男は俺だよ」
すると、松木が横から男に言った。
「予想外の事態が起こった。佐藤亮平がもう一度時間を巻き戻したらしい」
男は目を大きく見開いて松木に驚いたように言った。
「確かもう巻き戻しは出来ないはずでは?」
「世の中何が起きるか分からないということだろう」
「どうします?もう警察が来てますよ」
「俺は捕まって死刑になろうが構わない。その前に彼女を殺すんだ」
すると男は松木に従い、彼女に銃を向ける。
「待て!」
亮平は叫んだ。男は亮平を睨む。
「何だよ。邪魔しやがって」
「悠衣を殺しても未来は変わらないぞ」
「俺は家族や友人の復讐のためにこいつを殺すんだ」
「そんなものは無意味だろう。お前の周りの人たちの身に何が起きるのかは知らないが、その復讐というものは誰のためにやるものなんだ」
「もちろん家族の為だよ」
「それが無意味だと言っているんだよ!」
亮平が怒鳴ると、男は眉を吊り上げた。
「何がだよ」
「彼女を殺したところでまたAIを作る人間が出て来る。そうなればお前の家族たちの運命は変わらない。結局は死んでしまうんじゃないか?そもそもお前は家族の為じゃなく、自分の為にこの復讐を行ってるんだよ」
男は若干気が揺らいだように見えた。亮平はさらに詰め寄る。
「良い方法がある。彼女を利用すればいいんだ」
すると男は銃を下ろし、亮平に体を向けて訊いた。
「どういうことだ」
「彼女がAIを作る能力があるのならば、お前たちの監修のもとに全く違うAIを作り出せばいい。人間の仕事を奪わないようなAIを」
今度は松木が亮平を嘲笑った。
「まさに綺麗ごとですね。そんなAIを果たして作れるとでも?人間は強欲な生き物です。人類にとってデメリットがあると頭では理解していても、結局はそっちに進んでしまう。技術の進歩はもはや止めることはできない」
「なら彼女を殺しても未来は変わらない。意味はないだろ」
「意味はあります。少なくとも彼女によって大きな進歩を遂げた技術の進歩を先延ばしにすることはできる」
「その考えこそが甘いとまだ気づかないのか?お前らが奏功している十五年間、AIの開発は彼女の手ではなく、世界のエンジニアによって着実に進められてきたんだぞ」
松木は少し怯んだ様子だった。
「お前たちは何しにこんなところまで来たんだ」
それは、まさに核心を着いた質問だった。
その時、亮平は警官が手にしていた銃を拾い、安全装置を外して男の腕目掛けて撃った。
見事それは命中して、男は手を押さえながら地面に膝をつき、銃を落とす。
亮平は自分でも驚いた。実はハワイに行ったとき、ウィルに軽く銃の撃ち方について教わっていたのだ。しかし、それが完璧と言っていいほど見事に実演できるとは思えなかった。
松木は舌打ちをして、不快感をあらわにしながらも倒れている男の銃を取ろうとしたとき、頭上にドドドドドという音が聞こえた。
それは、三機の装甲ヘリだった。
亮平は、それを呆然と見て、やがて歓喜の声を上げた。
ヘリからロープを伝って、何十人もの武装したヘルメットを被った者たちが清水の舞台に降りてくる。
彼女は呆気に取られていた。
そして舞台に降り立った謎の者たちは松木のもとへ走り出して締め上げた。
松木は抵抗しようとするが、数人に全身を押さえられて身動きが取れない。
松木はもがいた。すると、一人の男がヘルメットを外し、松木の前に出た。
松木は目を細めて、やがて恐怖を浮かべた。
亮平はそれが誰なのかすぐに分かった。ウィルだ。
そして、マツキの肩を掴み、一発腹を殴った。そして英語で言う。
「まず、これはエリカの仇だ」
さらに、もう一発松木の顔を殴る。松木の鼻はへし折れ、血が出てきた。
「これは彼女の仇」
ウィルは倒れている悠衣の方に視線を移した。そして、顔を歪ませ、唇を噛んだ。
そしてもう一発力を込めて殴る。
「さらにこれはテツオの仇だ!」
ひときわ怒号を発してウィルは言った。松木は男たちに掴み上げられ、倒れることすらできなかった。口から血を吐き出して、肩で息をする。
すると、ウィルは肩を震わせながら言った。
「そしてこれは、リョウヘイと、ユイの人生、お前たちに無差別に殺されたすべての人間の人生を狂わせた仇だ!」
ウィルは松木の顔を大きく腕を振り上げて思い切り殴った。
松木は気絶して、頭が垂れた。ウィルの息は荒々しい。
「この男もろとも松木に手錠をかけろ。もう逃しはしない」
ウィルはそう命令すると、振り返った。亮平はウィルのもとへ歩いていく。
「ありがとう」
亮平は一言礼を言って、ウィルに手を差し出した。
ウィルの顔からは怒りが消え去り、笑みをこぼした。
「よく頑張ったな」
ウィルは両手で亮平の手を固く握りしめた。その手はとても大きく、温かった。
やがて亮平はウィルの手を離す。
するとウィルは「一言いいか?」と亮平に訊いた。亮平は怪訝な顔をする。
「画面越しに見ていたが、君の拳銃の腕裁きは見事だったよ」
亮平は笑い「だろ?」と冗談交じりに返した。
そして亮平はウィルに背を向け、彼女の方へ歩いていく。
亮平は彼女を抱きすくめた。
「やっと終わったね」
彼女を疲れたように言った。亮平は彼女の体を離し、否定した。
「まだだ」
亮平は呟くように言う。
「これから始まるんだ」
亮平は舞台から清水の景色を見渡した。
爆発によって三重塔や仁王門は瓦解していたが、なぜかそれはひどく美しげに見えた。
彼女もそれを見る。そして彼女は何も言わずに亮平の手を掴んだ。
亮平もそれを握り返し、二人は固く手を繋いだ。
ウィルはその二人の後ろ姿を満足そうに眺めた。そして、隣の男に言う。
「美しい景色だ。そう思わないか、ロバート」
ロバートは無言で頷いた。
そして、三人のヘルメットを被った者たちがそれを脱ぎ捨て、ウィルたちの隣に立つと、微笑んだ。
それが誰なのかはここで言う必要がないだろう。
亮平は彼女の手を離して、悠衣に視線を向けた。
彼女もそれに気づき、二人はゆっくりと倒れている悠衣に歩み寄る。
そして冷たくなった悠衣の手を亮平は握って言った。
「ありがとう」
すると、彼女は未来の自分を見て哀しい表情を浮かべながら、亮平の背中をさすった。
亮平はそれで自尊心が切れたのか、彼女の肩に顔をうずめ、涙を流し始めた。
清水の空は澄み切っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます