歯車
亮平は森春の声に呼び起され、ゆっくりと目を開いた。
一瞬、自分の部屋だと錯覚したが、すぐに我に返る。
時計を見ると、六時四十分を指していた。
亮平は森に「おはよう」と挨拶してパジャマを脱いで体操服に着替え始めた。久しぶりにゆっくりと眠ることが出来て、亮平の頭もすっきりとしている。
その後、亮平は散乱していた体操服を雑に折りたたんでカバンにしまい、荷造りをした。
やがて山原がノックをして部屋に入ってくる。
「朝食を食べ終わったらすぐにチェックアウトするから今の内に荷物まとめとけよ」と言い残して出て行くった。
亮平は洗面所で歯を磨き、隠してあったスマホを取り出して、メールが来ていないかを確認する。すると、案の定、悠衣からメールが来ていた。
{塩見さんのバッグの中身を注意深く見といて}
とだけ書いてあった。亮平はそれを見ると、スマホをボストンバッグに隠し、森を探した。すると、森は亮平の予想していた通り、洗面所でカッコつけていた。
確かに森は、イケメンの部類には入ると思うが、なぜ女子にモテるのかはいくら考えても亮平は理解できなかった。
亮平は森に部屋を出るように急かすと、森は最後に髪を七三に分けてホテルの廊下に出た。その足で廊下を歩き、階段を下りていく。
昨日と同じ食事の待機場所に向かうと、まだ生徒はまばらだった。
山原が挨拶をしてくると、さっき会ったのにな、と思いながらもそれを返し、報告して座った。
暫くして、生徒たちがぞろぞろとやってきた。全員がそろうと、またシャンデリアのついた広間に入り、朝食を食べる。
朝食のメニューは白米と目玉焼き、ソーセージなどのシンプルなものであった。
亮平はそれをまるで最後の飯かのように味わって食べた。
そして朝食を終えると、山原がまたマイクをもって話し始めた。
「今日は八時三十分にホテルを出発して九時に清水寺の前に着く予定です。そこから清水寺に続く坂を上り、そこで昼ごはんも兼ねて四時間ほどの自由行動があります」
清水寺に四時間も費やす者がどこにいる、と亮平はツッコミたくなった。
時間が長ければ長くなるほど、彼女が殺されてしまう危険性が高まるではないか。亮平は歯噛みしながら、彼女の方を向いた。
すると彼女は、今まで見たことがないような険しい顔をしている。絶対に彼女を失うわけにはいかない。
亮平はその言葉を頭の中で何度も反芻した。
部屋に戻った亮平はボストンバッグのファスナーを閉めて、山原の点検が来るのを待った。暫くして山原が来ると、部屋を確認して「よし」と言うと、出て行った。
一発OKが出て森はほっとしたような表情を浮かべている。亮平はそれを見て、次に分が心からほっとするような顔を浮かべるのはいつになるだろうとかとふと思った。
そして森はリュックを持って先に部屋を出た。
亮平は、名残惜しそうに部屋を見回した。このホテルが自分の思い出の一ページに刻まれることは明白であった。無論その理由は言うまでもない。
最後に自分の部屋の部屋番号を亮平はメモ帳に書き込み、部屋を後にする。
亮平たちはチャックアウトをしてホテルを出ると、正面に観光バスが停まっていた。
そして、バスの運転手が生徒たちのボストンバッグをバスの下の積み荷を入れる場所に手際よく投げ込んでいく。亮平は運転手にバッグを渡してバスに乗り込んだ。
ボストンバッグとは別にナップサックを亮平は背負っているが、必要最小限のものしか入っていない。動きやすくするためである。もちろん、スマホやナイフなどもそこに移しておいた。
亮平は昨日と同じく四人席に座る。
清水寺まで三十分で着くので、ゲームなどは行わなかったが、木下などが亮平の周りで楽しそうに話していた。
それに対し、亮平は終始無言だった。ひきつった顔で正面を見据えている。
そしてバスはすぐに清水寺の隣の、高台寺の駐車場に停まった。
遂に着いてしまった。そんな表情を亮平はしていた。
やがて亮平たちはバスを降り、整列して点呼を取り終えると、目の前に清水へと続く参道が見えている。
すると山原ががやがやと騒いでいる生徒たちに声を張り上げて叱責した。
「いい加減にしろ!今から自由行動だ!くれぐれもこの学校の生徒であるということを自覚して行動するように。アイスなども食べていいが食べ歩きはしないように。わかったな!」
誰も返事はしない。
「相変わらずめんどくさい教師だな」と前山が呟いているのが聞こえた。
そして山原が最後に締めくくる。
「集合は、この場所に一時十五分にいておくように。では皆さん楽しんで」
すると生徒たちは、どんどんと参道へと歩き始めた。全員、それぞれの友達のもとへ行っている。
亮平は中一の時、研修旅行で岐阜に行った時の事を思い出した。飛騨高山の自由散策の時、亮平は友達がおらず、一人で歩いたのだった。苦い思い出だった。今となっては笑い話だが。
そして亮平は彼女のもとへ行った。亮平は昨夜の情事を思い出し、少し気まずかった。
しかし彼女はそんなことを気にしている素振りはなく、いつにも増してし思いつめたような表情をしている。無理もないだろう。今日、自分が死ぬかもしれないのだ。亮平も笑みをこぼすつもりはない。
「行こっか」
亮平が言うと、彼女は少し間を空けてから、ゆっくりと頷いた。
そして、生徒たちに続いて二人は清水へと続く参道を歩き始める。
今日が、亮平の運命を、彼女の運命を、これからの未来の運命を変えるということを亮平は何となく感じてた。
澄ました言い方になるかもしれないがこう言うべきだろう。
歯車が、動き出した。
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