甘い時間

一時間ほどで森が亮平を揺さぶり起こした。

「おい亮平。晩御飯食べに行くぞ」

澄ましたように森が言うと、亮平は目をこすりながら「ああ」と頷いた。

盛は制服から体操服に着替えていた。亮平も起き上がるとボストンバッグを漁って体操服を取り出し、履き替える。

そして部屋のキーを持って二人は部屋を出た。するとちょうど何人かの生徒が部屋から出て来るところだった。亮平はふと腕時計を見る。午後六時一○分を指していた。

もうこんな時間か。そう考えると、亮平のお腹が鳴りだした。

「早くいこーぜ」

亮平は森に言って、早足で階段を下りた。


二階に亮平たちは降りると、生徒たちが三角座りをしてひらけたホテルの廊下に並んでいた。亮平の班は割と最後だったらしい。班長の亮平が山原に報告すると、二人も一番端の列に座った。

亮平はお腹が鳴りそうになるのを我慢しながら彼女の方を見た。すると、彼女も亮平の方を見ていた。目が合った二人は、その偶然に驚いて笑いあった。

それを邪魔するかのように山原が生徒たちに言った。

「食事の準備が出来ました。左端の女子から順に入っていってください」

すると、生徒たちは立ち上がりホテルの従業員が案内して、隣の大広間のような部屋に入っていった。

亮平も中に入ると、そこは結婚式の会場に使われていそうな部屋で、天井にはシャンデリアがきらびよくかけられている。

円卓の席が二十ほど並んでいるだろうか。亮平は四人席のテーブルに座るとご飯がもう並んでいる。

亮平は早く食べたい気持ちでいっぱいだったが、山原の合図があるまで食べられない。亮平はその間、何とか空腹を紛らわせるために、何度も上半身を動かした。

隣に座っていた木下がそれを見て笑った。

そして、ようやく山原が生徒たちの前に出て、マイクを持って「今日はお疲れさまでした」と口上を述べて最後に「それではいただきましょう」と言い、亮平は目の前に並んでいるご飯に飛びついた。

ホテルの白米はとてつもなく美味かった。刺身も醤油につける必要はないぐらいである。

すぐに亮平は食べ終わった。そして、椅子にもたれかかり、大きなあくびをする。

他の同級生たちを見ると、まだ食べ終わっている者はいなかった。すると、木下も食べ終わり、亮平は同じテーブルの三人と談笑した。

そこから三十分ほど経ち、また山原がマイクを持って生徒たちの前に出る。

合掌してご馳走様を言い終えると、今後の予定の変更を告げた。

「えー、ただいまの時刻は六時五十五分です。本当はは七時にオリエンテーションをするはずでしたが、十分遅らせます。生徒の皆さんは、この部屋を出て階段を上り、三階に行ってください。そこに吉田先生が待機してくれています」

そう言うと、山原は最後に付け加えた。

「それと、今日、京都御所でB組の塩見さんがひったくりに襲われました。犯人は見つかりませんでしたが、警察の方々が御所のトイレ前に塩見さんのカバンが置いてあるのを発見してくれました。財布は抜き取られていましたが、それ以外は無事だということです」

塩見の方を見ると、塩見はバツが悪そうな顔をしている。山原は話し終えると、生徒たちは立ち上がり、部屋を出て行き始めた。

すると亮平は塩見を呼び止めた。塩見は振り返って「どうしたの?」と訊く。

「カバンって本当に財布だけが盗まれたの?」

塩見は頷いた。

「多分、私が把握している限りはね。もしかしたら、他に盗まれたものを私が気付いてないだけかもしれないけど。それがどうしたの?」

そう訊くと、亮平は笑ってはぐらかし「気になっただけ」と言ってその場を後にした。

そして、頭を抱えた。どういうことなのか。そのひったくり犯は、彼女を狙っている人物と関係がないのだろうか。単純に考えれば、金目当ての犯行だと言える。だが、何か亮平は引っかかった。

とりあえず、トイレに行ってスマホを取り出すと、悠衣にそのことをメールした。

そしてトイレを出て、階段で三階へと上った。

すると、ふすまが広がり、生徒たちが靴を置いて畳の広い部屋に入っていっている。

亮平もそれに続いた。部屋には人数分の座布団が敷かれており、正面には小さなステージがあった。既に生徒たちは座っている。席は自由なのだろうが、最後に来たので、最後尾の列に一人でぽつんと座ることになった。

しばらくして、C組の担任の小西川がステージに上がって、オリエンテーションの内容を発表した。どうやらジェスチャーゲームを行うらしい。

一人にお題が出され、その人がそれに適したジェスチャーをして、生徒たちが何のお題かを当てるゲームである。

亮平は、これを二時間もやるのかとがっかりした。明日は亮平にとって大変な日となることは間違いない。それを考えると苦しくなり、憂鬱になってしまう。

すると、彼女が亮平の隣にやってきた。亮平は嬉しく思いつつも照れ隠しに言った。

「いいの?友達のところにいなくて」

「うん。話があるんだけど、いい?」

彼女が小声で亮平に言った。

亮平は明日の事だろうと察し、トイレに行く振りをして二人で部屋を抜けた。

一応、怪しまれないように彼女と時間差を空けて出たが、生徒たちや教師は、ジェスチャーゲームに気を取られていて、二人に気が付いていなかった。

二人はその足でホテルの階段を上って五階に行った。そして、亮平の部屋の前で止まると、ポケットから部屋のキーを出して、ドアを開ける。

二人は中に入ると、亮平は自分のベッドに座った。彼女も亮平の隣に座る。

「それで、明日の事だろ?」

すると彼女は曖昧な頷き方をした。

「本当に明日の清水寺で私を狙ってくるの?」

「多分な」

「殺される?」

彼女は暗い顔で訊いた。亮平は彼女の手が震えているのに気付き、彼女の手をそっと握った。

「大丈夫だ。殺させやしない」

亮平は彼女の目を見据えて行った。すると、彼女の手の震えも段々と収まっていった。

「でも、未来の私が、私と亮平のどちらかしか生き残れないっかもって言ってたよ」

彼女が心配そうに訊いてくる。しかしその不安を掻き消すかのように亮平は微笑した。

「どっちも死なないよ。俺もまだ生きたい」

すると、彼女は亮平に抱き着いた。亮平もそれを優しく受け止める。

そして、悠衣が言った。

「あれ、しない?」

「あれって?」

亮平は訊き返した。しかし、彼女は先を言おうとしない。

亮平は段々と何のことを言っているのかが分かってきた。だが、そうという確証が持てない。

もう一度彼女に訊いた。

すると、彼女は亮平の胸に頬を寄せ付けながら言った。

「男女がすること」

彼女は恥ずかしかったのか、亮平の胸に顔をうずめた。

亮平はそれを聞いて心臓の鼓動がバクバクし始めた。それを彼女に悟られまいと必死に心を落ち着かせようとする。しかし、落ち着けるはずもない。

やがて、彼女が顔をうずめながら甘えたように言った。

「だって、もし明日私が死んじゃったら、もう一生出来ないんだよ。処女のまま私は死ぬの?」

亮平は何と返せばいいのか分からなかった。その顔は夕日のように赤く火照っている。

「亮平とつながりたいの」

最後に彼女は顔を上げて亮平の顔を見ながら短く言った。

すると、亮平は決心がついたのか、彼女と見つめあって、やがて彼女の唇に自分の唇をゆっくりと寄せ付けた。優しく、穏やかでありながらも、少しさびしさが漂う口づけであった。

亮平は自分の唇をゆっくりと彼女のから離し、体操服を脱ぐと、彼女をベッドに倒した。

そして亮平は彼女の服を脱がせる。彼女は何も言わずにそれに従った。

やがて、亮平は吸い寄せられるかのように彼女の体に身をうずめた。

亮平の手は緊張によってたどたどしかった。だが、紛れもなく亮平は幸せを実感していた。


その後、亮平と彼女はまた時間差を空けてオリエンテーションが行われている部屋に戻った。

すると生徒たちはジェスチャーゲームが終わってビンゴゲームの真っ最中で会った。誰も二人が抜けていたことに気付いている様子はなかった。

暫くしてビンゴゲームが終わり、生徒たちはそれぞれの部屋に戻っていく。

帰る途中、亮平は彼女と目が合い、先ほどまでの甘い時間を噛みしめて、手を振りあった。

亮平は部屋に戻り、まだベッドに彼女の温もりが残っている中、静かに目を閉じた。




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