翌日

翌日、亮平はいつも通り、橿原神宮前駅から大和八木行きの電車に乗った。

一日の休日を挟み、また煩わしい学校生活が始まる。彼女がいるだけまだマシだが。

ドアが開き、ホームと電車の空いた隙間に注意しながら、乗車すると、彼女が浮かない顔で座っていった。

「おはよう」と二人は挨拶を交わすと、亮平は彼女の隣に座る。すると彼女が言った。

「昨日の事なんだけどさ」

彼女がそう切り出そうとすると、亮平は慌てて言った。

「信じてくれなくてもいいよ。でも、少しでも怪しいと思う人物がいたらすぐに逃げてほしい」

彼女は浮かない返事をした。

「私のおじいちゃんも狙われてるんだよね?」

「悠衣に影響を与えた人物らしいからな」

「おじいちゃんには話した?」

「このことを?」

亮平は首を横に振った。彼女はなんで、というように首をかしげる。

亮平は答えられずにいた。悠衣はどう考えているのだろう。

彼女の祖父が風呂場で死んだのはその三日後である。

彼女の祖母がそれを発見した。どうやら溺死らしい。

警察は彼が直前まで酒を飲んでいたこともあり、酔ったための不運な事故だと判断された。無論、亮平たちはそうは思わない。

悠衣はその時、柄にもなく顔を歪ませ舌打ちをした。

そして、祖父が死んだことで、彼女はようやく亮平の話を完全に信じた。

だが、信じたとともに、自分が置かれた状況を理解して、ショックで涙を流した。

葬儀は二日後に行われた。

亮平も、母と一緒に神妙な面持ちで参列した。

葬儀が終わり、霊柩車が出るのを亮平は母と見送ると、遠くで悠衣が一人で立っているのに気付いた。そして亮平は悠衣の方に歩いていった。

亮平は悠衣の傍に寄り、少し迷ったが、悠衣の手を握った。すると、悠衣も握り返し、手を繋いだ。

悠衣の手は温かく、今の彼女よりもずっと大きかった。当然と言えば当然の事ではあるが、亮平はひどく不可思議に思えてきた。やがて悠衣は口を開く。

「清水寺の事ばかりに気を取られすぎていておじいちゃんの事に目が向けられていなかった。私のせいよ」

悠衣の声は震えている。亮平はかける言葉が見つからなかった。どんなに気の利いた言葉を言っても、悠衣には慰めにはならないだろう。

亮平は静かに悠衣の手を先ほどよりも強く、ぎゅっと握りしめた。


葬儀の後、頃合いを見計らって亮平と悠衣は彼女のもとへと言った。

すると、彼女は亮平を見るなり、亮平の胸に飛びついて泣き始めた。

亮平は悠衣をちらりと見て少し気まずい思いがした。彼女の方も何かそれを感じ取ったのか、亮平から離れた。そして「これも私を狙っている人がやったことなの?」と訊いた。

亮平は頷き、「そうだと思う。奴らは多分殺そうと思えばいつでも殺せるぞっていうことを俺たちに伝えたかったんじゃないか?」

「じゃあ研修旅行で行く清水寺は関係ないの?」

しかし悠衣が異論をはさむ。

「そうでもないと思う。確かにお爺ちゃんを殺したのは私たちに向けた挑戦状というような意味があるかもしれないけど、奴らは想像以上に清水寺にこだわってる。今まで私が時間を巻き戻した時、あのスーパーの事件以外はすべて彼女、別の私は清水寺で殺されてるの」

亮平と彼女はそれを聞いて息を呑んだ。悠衣は続ける。

「清水寺にどういった意味があるかは分からないけど、恐らく奴らはまた清水寺を犯行の舞台にする。もちろん、別のケースも捨てきれないけどね」

「どちらにせよ、奴らの意図が分からないことには、清水寺だけを重点的に絞らず、考えられることに対して全て対策を講じる必要があると思う」

「そうね」

犯人が何を企んでいるのかが分からない。これが亮平たちにとって不気味なことであった。果たして犯人は松木なのだろうか。姿の見えない敵ほど恐ろしいものはない。



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