最終章

最終章





亮平がやることは既に決まっていた。

まずは彼女にゴールデンウィークの予定を全てキャンセルさせることである。

が、かといって事情を話すわけにはいかない。なので、半ば強引に休日全ての日に亮平は彼女と遊ぶ約束を取り付けたのだ。

彼女は流石に困惑したような表情を浮かべていたが、やがて承諾した。

その後、どういう経緯でか分からないが、そのことが松崎達にバレ、亮平はまた何かといじられる羽目になったが、もはや気には止めなかった。

しかし、いくらゴールデンウィーク全ての日に彼女と会うにしても、この前のようにいつ命が危険に晒されるか分からない。

ということで、未来の悠衣が終始彼女に張り付くことになったのだ。また、ゴールデンウィークまでにも、学校以外の外出は全て未来の悠衣が見守っていた。

その為、悠衣は日に日に目の下にクマが出来てきていた。亮平は流石に見かねて、夜の見張りは車で五時間ごとの交代制になった。しかし朝が苦手な亮平はこれには苦労した。また、    

周囲にも警戒はしていたが、不審な人物は一切見かけなかった。

そこで悠衣が言った。

「おかしいわね。本当はこの時間、二人の男が私、今の悠衣を見張っているはずだった。でも、全くその男たちは見かけない」

「俺たちが時間を巻き戻したことが奴らにバレてる?」

「そう考えた方が良いわね」

亮平は愕然としたが、予想はついていたことである。対策もしっかりと出来てある。

万に一つも、悠衣を殺せるはずがない。亮平はそう言い聞かせて、一層警戒心を高めながらも注意深く集中力を研ぎ澄まし、彼女の無言のボディガードとなりつつあった。





そしてまずはゴールデンウィーク初日。

亮平と彼女は図書館に集まった。自習室で宿題を仕上げるためである。

と言っても、二人とも残っている宿題はレポートだけであった。

「AIによる未来の社会について」

亮平はこの題材を以前とは違って、重く受け止めていた。

もとはと言えば、AIこそが亮平や彼女、家族の運命を狂わせることになった元凶なのだ。とても他人事とは思えない。今の内にしっかりと対策をしなければならないのだ。

そのような思いが募らせ、亮平のペンはどんどんと進んでいった。

横でそれを見ていた悠衣が感嘆の声を上げる。

結局、十五分ほどで亮平はそのレポートを完成させた。

原稿用紙十五枚分。

枚数制限は、十枚以上十五枚以下であったから、何とかぎりぎりで終わらせたということになる。自分でも驚くほどだった。普段からこういう書く作業は大の苦手だったじゃらだ。

そこからは彼女のレポートを一緒に手伝った。

それを終えて、二人は図書館を出て、別れると、亮平はその足で悠衣の車に乗って彼女の後を付けた。

そんなことをしている自分自身に対して、亮平は引いたが、今はそんなことは言っていられなかった。

一日目は何事もなく終わり、二日目が始まる。

二日目は、二人で近くのイオンモールに映画を見に行った。

映画のチョイスは彼女だった。亮平はその映画をさほど面白いとは思わなかったが、ラストは何となく楽しめる映画であった。

そして、亮平の真後ろの席に眼鏡をかけて変装したつもりの悠衣がニヤつきながら亮平の方を見ていた。上映前は爆弾がないか確認したほどだったが、何も起こらず、映画を見終わり、昼食を彼女と食べると、一緒に買い物をした。彼女は、服を手に取って何度も試着した。

「んー、何かそれ派手過ぎない?」

とか

「あ、それめっちゃ似合ってる!」

と言う感想を使い分けながら何とか彼女を満足させていた。だが、苦だとは思わない。

こんな事件にさえ巻き込まれていなければ、今この瞬間は亮平にとってとても幸せな時間だったのだ。そうして、二日目も難なく終わった。

そして、そのまま、ゴールデンウィークは何事もなく過ぎていく。

これには、亮平も悠衣も心底驚いた。まさかの展開であった。

四六時中彼女を見張っていたが、怪しい人物は一人も出てこなかったのだ。

二人は犯人の意図が全く分からなかった。ゴールデンウィークは犯人にとってさほど重要なのではないのだろうか。彼女の祖父も死んではいない。

引き続き、彼女の見張りは続いたが、特にこれと言ったことは起きていない。

亮平も段々と不安になり始めてきた。自分たちが彼女の事を見張っているのを犯人は知っていて、油断した隙を狙って彼女を殺しにかかるのかもしれない。

もしそうならば、自分たちはこの見張りをいつまでやらなければいけないのだろうか。

亮平は連日続く見張りによって、疲労昏睡の状態だった。







そして、ゴールデンウィーク明け三日目、亮平はいつもの通り、授業中に机に頭を着けて寝ていた。すると、古文の教師であり、亮平のクラスの担任である山原が亮平に向かって怒鳴った。

「おい、佐藤!また寝てるのか!起きろ!」

亮平はめんどくさがりながらも、嫌々頭を上げた。

山原は五十を超えるくらいの眼鏡をかけた中年男性であり、普段は温厚だが、起こると女子生徒が何人か泣くくらい怖かった。

そんな山原に今亮平は怒られている。すると山原は呆れたように言った。

「おいおい。そんな事じゃ、研修旅行には連れて行ってやらないぞ」

「研修旅行?」

隣に座っていた前山が訊き返した。山原は、二重顎を出して頷き、

「ああ。今年は修学旅行前に一泊二日で六月下旬に研修旅行に行くことになっていると話したろ?丁度今日の終礼で発表しようと思っていたところだ」

そういえば、そういうことを以前山原が話していたな、と亮平は思い出した。

すると生徒内で歓喜が巻き起こった。そして一人の女子生徒が山原に訊いた。

「どこに行くんですか?」

「今回は近場にしようということになった。なので、京都に行く」

「ええー」と何人かの生徒ががっかりした顔を見せる。

亮平はというと、何か得体のしれないものを見たとき戸のように、顔が硬直していた。

そして「京都のどこですか?」と訊いた。山原はゆっくりと答えた。

「まずは二条城に行ってだな、記念写真を撮って、京都御所を回り、銀閣寺に行く。それで一日目は終了だ」

「少なっ!」

とある生徒が不満を漏らす。山原は無視して続けた。

亮平は、生徒たちと相反して、緊張感が高まり、ごくりと唾を飲み込んだ。

「二日目は、清水寺に行って、そこで自由行動だ」

その瞬間、亮平は全てを理解した。そして大きくため息をつく。

しかしそのため息は、生徒たちの騒音に掻き消され、山原に聞こえることはなかった。





亮平は学校から帰ると、彼女の家の傍で車を停めている悠衣にそのことを話した。

「犯人がゴールデンウィーク中に別の私を狙ってこなかったのはこれがあったからね」

悠衣は困り果てた顔をした。

「とりあえず彼女の見張りは続けるべきだと思う」

悠衣も同調した。

「問題は清水寺ね」

「どう思う?」

「私は行かせないようにするべきだと思う。強引にでも」

「でもそうなればまた犯人は彼女を狙ってくるぞ」

悠衣は黙りこくった。悠衣は、亮平と意見が違うことを悟った。

「きりがない。彼女を危険から遠ざけても、また新たな危険が迫る。それはウィルも危惧していたことだ。それよりも、ここで一度犯人と決着をつけるべきだと思う」

「清水寺に行くってこと?」

「そうするべきだ」

すると、悠衣は頭を抱えた。

「やめて。そうなればあなたはまた死んでしまうかもしれない」

「それでもいい」

「私はあなたを助けるために一緒に時間を巻き戻したの」

「俺は犯人を捕まえたい。でなければ、この問題に終わりはない」

亮平の意思は変わらない。しかし、悠衣の意思も堅かった。

「あなたはこれまでに何度も死んだの!その度に私は時間を戻してあなたを助けた!でも変わらず私はまたあなたを失う!私の事、今の悠衣の事を考えるなら、清水寺には行かないで」

「そういうわけにはいかない」

すると悠衣は涙を流し始めた。しかし、亮平は諭すように悠衣に優しく声をかける。

「俺が助けたいのは悠衣だけじゃない。俺はこの未来自体を変えたいんだ。そして、AIによって絶望の淵に立たされる人間を俺は救いたい」

「何のためにそんなことするの?あなたは彼女を助けるために時間を巻き戻したんじゃないの?」

「確かにそうだ。でも、ウィルたちと会い、自分の浅はかな考えに気付いた。俺は父さんの為にもこの人類を救う。これが俺の覚悟だ」

亮平の決心は揺らがない。

「でもその犯人を捕まえれば未来が変わるっていうわけじゃない。また新たな犯人が出て来るわ」

「そうだな」

「なら・・・・・・」

「だから俺はAIが人知を超え、職を奪うような未来を作らせないと言っているんだ。そうなれば、悠衣が狙われる心配もないし、犯人にとっても理想な未来を創ることが出来る」

しかし、悠衣はそれを否定した。

「そんなの綺麗ごとよ。あなた一人の力で未来を変えられるっていうのなら、とっくに誰かがそうしてる。でも現実はそう甘くはない」

すると、亮平は静かに笑った。

「諦めないことが重要だ。そしてそれには悠衣の協力も不可欠なんだ。力を貸してほしい」

悠衣は、亮平のその言葉に気圧された。そして、じっと宙を見つめた。

悠衣が何を考えているのかは分からない。ただ、悠衣にも悠衣の想いがある。

その悠衣の想いを踏みにじることになるのは分かっていたが、亮平としても譲ることはできなかった。それだけ亮平が背負っているものというのは大きかった。

自分の肩に、この世界の命運が握られている。そんな気分である。

「分かった」

やがて低い声で悠衣が言った。そして

「恐らく奴らは高確率で清水寺でまたあの惨劇を繰り返そうとしている。こうなったら、私たち二人だけでは手に負えないわ。やっぱり、守られる側にも事情を説明する必要がある」

亮平は驚いた。

「彼女に?」

悠衣は頷く。

「すべてを話しましょう」







四日後の日曜日に、亮平は彼女とファミレスで会うことになった。

「大事な話がある」とだけ言ったので、もしかしたら別れを告げられると彼女は勘違いしているかもしれない。そしてその亮平の予感は当たったと思われる。

先にファミレスに入って待っていると、案の定、緊張した面持ちで彼女が入ってきた。

亮平は手を上げ、彼女を迎える。

未来の悠衣は、斜め前のテーブル席で彼女にバレないように変装しながらコーヒーを飲んでいる。最も、未来の悠衣を見て彼女がこれが自分だと気づくはずはないが。

彼女は亮平の向かいの席に座り、メニューを開いて注文を頼もうとした。

しかし、亮平がそれを止める。

「注文は話が終わってからでいいかな?」

そう訊くと、彼女は「うん」と静かに答えた。やはり別れ話だと思っているらしい。

彼女の暗い表情を見て亮平はそう確信した。だから、彼女を安心させるために「研修旅行の話なんだけさ」と先に前置きをした。

すると、彼女も安心したらしい。少し表情が明るくなった。

「二日目に清水寺に行くことになってるよな。その時の自由行動でさ、俺と一緒にいてほしいんだ」

すると彼女は口元に笑みを浮かべて嬉しそうに頷いた。

しかし、本題はここからである。

「俺は君を守らなければならない」

「どういうこと?」

彼女は戸惑ったような表情を浮かべる。

「単刀直入に言うけど、悠衣を殺そうとしている奴らがいるんだ」

彼女は、一瞬時間が止まったように眉を吊り上げてぽかんとしていた。

亮平はそこから、水を一杯飲んで、今までのすべての経緯を彼女に打ち明けた。


やがて、亮平は話し終えた。順を追って詳しく話していったので、かなりの時間がかかった。

彼女はというと、始めこそ信じられないというような顔をしていたものの、亮平の真剣な表情と話の正確さを見て彼女は半信半疑でありながらも、何とかその事実を受け止めていた。  そして

「その未来の私というのはどこにいるの?」

と彼女は訊いた。亮平はちらりと後ろを見ると、悠衣は軽く首を横に振っていた。

「まだ会う時じゃないんだ。本人同士が会うのが危険って、タイムスリップものにはよくあることだろ?」

「そうだけど・・・・・・」

彼女は少し疑念を抱いたようだった。すると、亮平の隣に悠衣がコーヒーカップを持ちながら座った。彼女は顔が強張る。

「ええと・・・・・・」

亮平も少し戸惑った。紹介するなと合図を送ったではないか。彼女が信じてくれそうになかったから出てきたのか。すると悠衣は

「私が未来のあなた。永野悠衣よ」

彼女は口を半開きにして、しばらく悠衣、別の自分を見つめた。

「信じらんない・・・・・・」

彼女は呟いた。すると悠衣は、彼女しか知らないはずの情報を話した。

彼女の顔はどんどんと曇っていく。やがて彼女は

「本当に私なの?」

ともう一度訊いた。悠衣は微笑する。彼女はしばらく考え込むようにして下を向いた。

亮平はそこから、自分の身辺に気を付けるように言い、ひとまず三人は解散しようとすると、悠衣が彼女を呼び止め、亮平を追っ払って二人きりで何やら話していた。

亮平は先に店の外に出てそれを見ていた。何を話しているのか気になったが、彼女は何か思いつめたような顔をしているのを亮平は見た。

結局、悠衣が車で亮平を家まで送っていく最中も、何を話していたのかは教えてくれなかった。



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