ハワイへ

翌日、目覚めると、丁度悠衣から電話がかかってきた。

すると亮平はスマートフォンの画面を右にスワイプして電話を取った。

「もしもし。先生、じゃなくて悠衣」

慌てて言い直した。今まで悠衣に敬語を使っていたことや、先生呼びしていたことが不思議に感じた。

「どっちでもいいわ。それで、どうするか決まった?」

「いや・・・・・・」

そう言って亮平は口を噤んだ。

すると悠衣は突然「ハワイに行きましょう」と言ってきた。

「は?」と亮平が思わず訊き返した。

しかし悠衣は説明もなしに

「パスポートは持ってる?」

「い、一応持ってるけど」

「なら今日の13時に関空に来て」

「き、今日?」

そう言って一方的に電話は切れた。亮平は呆然とその場に立ち尽くした。

ちょっと何言ってるか分からない。

思わずとあるお笑い芸人のボケが頭から飛び出してくる。

完全に亮平は戸惑った。すると、悠衣からラインが送られてきた。

添付された写真をタップすると、持ち物がずらりとワープロで書き並んでいる。

本当に行く気なのか。亮平は困惑を通り越して呆れてしまった。

しかし、何か悠衣の方にも魂胆はあるのだろう。

亮平は仕方なく写真に書いているものに従い、急いで荷物を出していった。

そして、ベッドの裏に置いていたスーツケースを取り出し、そこに入れていく。

スーツケースに荷物を詰め込みながら、ふとしおりを片手に前日になって必死に荷造りをしていた修学旅行を思い出していた。あの頃は楽しかったとしみじみ思う。

スーツケースに詰め込み終え、一安心すると、亮平は重大なことに気付いた。

親に何て言えばいいのだろう。

まさか急にハワイに行くと言っても信じてくれるはずがない。仮に信じたとしても、行かせてくれるはずがない。

必死に言い訳を考えたが、良い言い訳が思いつくはずもなく、途方に暮れかけた。

すると、タイミングよくと言うべきなのか、母がドアをノックして入ってきた。スーツケースを隠す間もない。

すると、母の理恵は入って来るや否や、意外な事を言った。

「ハワイに行くんでしょ?」

亮平は意表を突かれたように驚いた顔をする。

「何で知ってんの?」

「悠衣さんとはお友達なの。ああ、別の時間軸の悠衣さんとね」

亮平は状況を飲み込めなかった。

「さ、早く車乗って。送ってくから」

亮平は困惑しながらも、スーツケースを引きずらないように重そうに両手で持ちながら

家を出て、車のトランクに詰め込んだ。

幸い、兄は朝から予備校に出ており、どこに行くかという面倒なことを言わなくて済みそうだ。

それにしても、なぜ母がそのことを知ってるのかだけが今の亮平の疑問である。

亮平は車の後部座席に乗った。すると、理恵は車を走らせた。

「いつから知ってたの?」

亮平は理恵が車を走らせてすぐ訊いた。

「ずっと前から」





空港に到着すると、亮平はトランクからスーツケースを下ろし、理恵に礼を言って悠衣との集合場所へと歩を進めた。

その間、亮平は母があの事を知っていた事実を何とか受け止めていた。しかし、その事について詳しく教えてくれようとしなかった。

行けば分かる、そう言って送り出されたのだ。

「行けば分かるってどういうことだよ」

周りに人がいないか確認しながらそう苛立ちを交えながら独り言を唱えた。

悠衣と合流すると、悠衣はにんまりといたずらっ子のように笑った。

「驚いたでしょ?お母さんの事」

「なんで教えてくれなかったんだよ」

「物事には時機というものが必要なのよ」

亮平は心の中で舌打ちした。少し未来の悠衣は小生意気である。

その後二人は搭乗口へ行き、ハワイ直行の便に乗った。

ビジネスクラスの席に座ると、亮平はまず通路に顔を出し、キャビンアテンダントがいないか見回した。やはり飛行機での旅行の良いところは美人なCAが沢山いることである。

しかし、悠衣が挑発的な目を向けてきたので、慌てて咳払いをして顔を席に戻した。

そうこうしている間に飛行機が離陸した。

飛行中は、最初は気圧の変化で耳がおかしくなったり酔ったりしたものの、比較的快適に過ごすことが出来た。

悠衣は映画の欄を見ながら、これはないのかあれはないのか、とずっと亮平に向かって言ってきた。悠衣が挙げた映画のタイトルは、ほとんど初耳なものばかりで、亮平には答えようがなかった。恐らくまだ脚本すら作られていない未来の映画なのだろう。

亮平はそれをうっとうしく思いながらも、長澤まさみ似のキャビンアテンダントに夢中だった。







ハワイに8時間のフライトを終え、ホノルル空港に降り立つと、二人は入国審査を終えて空港を出た。

亮平はパスポートは大丈夫だったのかと悠衣に訊くと、どうやら今の自分の家から自分のパスポートを盗んで未来の自分の写真を新しく貼ったらしい。

十七歳には見えないが、審査官に不審な目で見られながらも何とか突破できた。

二人はタクシーを捕まえると、悠衣は英語で目的地を話した。

運転手は一言オーケーと答え、すぐにアクセルを踏むと、車を走らせた。

運転手は陽気な男で、終始会話が途絶えなかった。といっても、亮平は彼の話を聞いているだけで、悠衣がずっと彼の相手をしていた。

日本語を教えてくれだの、何しにハワイへ来たのかなど、色々と踏み込んだ質問をしてきた。訛りが強く、亮平も途中からは全く何を言っているかさっぱりだった。

しかし、悠衣はずっと流暢な英語で運転手に話していた。亮平は少し、自分の彼女が随分遠いところにいると実感した。





タクシーが目的地に着くと、悠衣はドル札を取り出し、二人は車から降りた。

悠衣は運転手の話し相手をずっとしていたため、長時間のフライトもあって疲れていた。

また、亮平も、運転手の荒々しい運転によって車酔いして寝付けなかった。

亮平はふらふらと歩きながら「どこ行くの?」と尋ねた。

辺りは一面芝生になっており、その側に柵に囲まれてハイウェイがある。

遊具らしきものはなかったが、恐らく公園だろう。サッカーをしている大人たちが大勢いた。クラブチームだろう。その他にも、色々とスポーツをしている家族連れやランナーた

ちがちらほら見受けられる。

「私の協力者に会いに行くの。今日ここで待ち合わせしたから」

悠衣はそう短く答えた。

「協力者って、あの偽造とかしてくれた人?」

「そうよ」

しばらく広大な芝生を眺めながら歩いていくと、悠衣はベンチの前で立ち止まった。

亮平は怪訝な目で悠衣を見た。

すると、悠衣は側に腰かけていた一人のがっしりとした白人の中年男を見やり、やがて笑った。

「お久しぶりです」

男は顔を上げ、二人をじっと見つめると、やがて微笑した。

「そうだな。会えて嬉しいよ、ユイ」

男は立ち上がり、悠衣と握手を交わすと、亮平の方に顔を向けた。

そして、懐かし気な目で今度は亮平を見つめた。

亮平は、戸惑いながらも会釈する。すると男は

「いや、見つめて申し訳ない。実は君とはこれは初対面じゃないんだ。まあ君の方は僕の事を覚えてはいないだろうがね」

亮平は「え?」と驚いた。事実、この男の顔には身に覚えがなかった。その亮平の表情を男は読み取ると、

「無理もない。十年以上前の話だからね。あの時丁度君は赤ん坊だったかな」

一見怖そうに見える男だったが、一旦温和な表情を見せると、ひどく親近感が湧いてきた。しかし、この男が誰なのかは分からないでいた。

「私は君のお父さんの大学時代の友達だったんだ。いや、親友と言っていい」

「俺の父さんの?」

男は頷いた。

「私の名前はウィルだ。改めて宜しく」

その男、ウィルは悠衣の時よりも力強く、力強く亮平の手を両手で握り、固い握手を交わした。

「俺の父さんの親友だったって本当ですか?」

「ああ。そして君にはその話をしなければならない。君のお父さんのことを」

それが悠衣が自分をハワイまで来させた理由か。

悠衣はちらりと亮平を見て、その場を離れて行った。自分を気遣ってくれたのだろうか。しかし、父の事はよく知らないし、あまり知ろうともしなかった。今更何を話すというのだろう。

「十五年前、君の父さん、テツオはハワイに来たんだ。自分の娘を殺した犯人を追うためにね」

十五年前と言えば、父が死んだ年である。その年に父はハワイにいた。娘を殺した犯人を追うために。

そして少し間が経って亮平はようやく驚愕の色を浮かべた。

「娘・・・?」

「ああ。エリカという」

「ど、どういうこと?それは俺の父さんと母さんの子供ですか?」

「そうだ。君と兄さんの姉にあたる」

亮平は動揺を隠せなかった。

「そんなわけが・・・・・・母さんや兄ちゃんは一切そんな事・・・・・・」

「あえて言わなかったんだ。恐らく、エリカがただ単に殺されただけならば、君にそれを隠す必要はなかっただろう。だが、とんでもない事態になったため、君に姉の存在を言わなかったんだ。君の兄はその頃に物心がついてたから姉の存在を知っていた。だから姉の死だけはお兄さんに伝えたんだ。でも君はまだ幼かったため、姉の存在をなかったことにした。そして、君の兄もそれを隠したんだ」

亮平はしばらく何も言わなかった。

そしてゆっくりとベンチに腰掛けると、俯きながら額に両手で触れて自分の過去を掘り起こし始めた。ウィルはそれを黙って見ている。

しかし、やはり自分に姉がいた記憶は出てこなかった。亮平は諦めたように顔を上げる。

「さっき言ったとんでもない事態って何ですか?」とウィルに訊いた。

「その話を今からしよう。そして君の父さんが亡くなった理由も」

亮平は唾をごくりと飲み込んでウィルの話に聞き入った。





三十分、いや、一時間は経っただろうか。

ウィルは哲夫が松木に脅された下りで、自販機でコーヒーを買って休憩がてら飲み始めた。亮平も、コーヒーをもらったが、礼は言って飲まなかった。飲む気にはなれなかったのだ。   

亮平はさほど時間が経ったとは思わなかった。それほど、ウィルの話は衝撃的だったのだ。ウィルの話を聞いていくうちに、亮平は先ほどの乗り物酔いもあって、目が回りそうだった。

まさか自分の父も時間の巻き戻しについて知っていたのかという驚きと、十五年の前から悠衣の命を狙っていたという事実。

そして、自分と悠衣が結婚することを知った何とも言えない嬉しさ。色々な感情が亮平の

胸に押し寄せていた。

そして、その松木という男が、自分の姉の息子であり、悠衣を清水寺やスーパーで殺した犯人なのか。新しいいくつもの事実が浮かび上がり、亮平は興奮した。

しかし、その一方、自分の父や家族がこんな事に巻き込まれていたのかという今まで何も知らなかった。言いようのないもどかしさが、亮平の心を責め立てた。

そして、コーヒーをウィルは飲み終えると、地面にそれを置き、また話を続けた。



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