告白

佐々木はしばらく車を運転して、やがて歩道の脇に車を停めた。運転中、どちらからも話しかけようとはしなかった。すると、佐々木は大きなため息をついた。

「あの爆弾は、特殊な部品で作られていた。見たこともないようなものだった。恐らく、

未来の知識を生かして作られたものよ」

「どちらにしても、俺たちは彼を見捨てたことに変わりはない。だろ?」

佐々木は小刻みに頭を動かし、

「そうね」

とかすれた声で言った。

「でも、おかげで犯人と話すことが出来た。それだけでも彼の死は無駄じゃないわ」

「そうだな」

亮平はそう言うと、疲れたようにシートの背もたれにもたれかかり、車の窓から遠くに見える山を見ていた。

「そういえば、悠衣は未来で何をしたって言うんだ?あいつは未来がとんでもないことになる、とか言ってたけど」

佐々木は意味深な表情を浮かべる。亮平はそれを見て、瞬時に、佐々木は何かを隠しているのだと悟った。

「何を隠してるんだ?」

佐々木は答えない。

「先生!」

亮平が声を荒げて言うと、佐々木ははっと亮平の方を見る。

そして、しばらく考えるような仕草を見せた。

そんな佐々木を亮平がもどかしそうに見つめた。しかし、なおも佐々木は口を開こうとしなかった。まだ、佐々木の言う、いわゆる「話すとき」ではないというのか。しかし、もしこのまま佐々木が何も話そうとしないのであれば、亮平の佐々木に対する不信感はますます強くなっていくであろう。

何度か、佐々木の話に疑問を感じたことがあった。そして、先ほどの男が佐々木に向けて言ったこと。あれはどういう意味なのか。その数々の疑問が頭に浮かびだし、亮平はそれに押しつぶされているかのように叫んだ。それは、悲鳴にも聞こえる。

「未来で何が起こるんだよ!」

佐々木は、思いつめたような表情を浮かべた後、やがてため息をついて言った。

「今から話すことは、とてもショッキングな内容よ。でも、これは全て事実なの。受け止める覚悟はある?」

そう亮平にくぎを刺した。

亮平は「ああ。」と頷いた。すると、佐々木は重い口を開き始めた。

「あの男の言っていた未来というのを私も知ってる。今から40年ほど先の事よ。そこでは、AIが人類の知能を完全に超越し、日本の半数が職を失い、AIを大量に導入した会社のトップ役員だけが得をして、大変な格差社会が起きたらしいの。その中で、リストラをされた人々が、デモ隊を結成し始めた。ついには、会社に放火をして、自分をリストラした社長を殺す輩まで出てきた。その時から、デマの取り締まりが格段に強化された。そして、ある警官がデモに集まった人々を射殺したのをきっかけに、デモ隊はテログループを作って多くの警官を殺していった。それは日本だけに留まらず、争いの火種は拡大していった。その結果、世界中でパンデミックが発生。世界中のあちこちで、殺し合いや、奪い合いが起きたそうよ」

亮平は、予想外の佐々木の告白の内容に困惑しつつも、唾をごくりと飲み込んだ。

まさに地獄絵図である。そんなことが、近い未来で起きるというのか。今、世界で予想されているシンギュラリティ後の人類の生活の変化についてこんなことが果たして組み込まれているだろうか。佐々木は続ける。

「AIの技術を最大限引き伸ばして格差社会を生み出したのは、ひとえにミッドナイト社という会社の発明が大きかったの。だからそのテログループは当然、その会社を壊滅させようとした。その時、テログループは絶大な力を誇っていたからこの会社を潰すのは簡単だった」

「力って、どのような?」

「単純な力。暴力よ。要するに、会社を爆破させたの」

亮平は思わず、恐ろしさに身震いした。

「そのときに、テログループは、会社の地下に特殊な施設があることに気付いた。そして、中に入ると、時間を逆行させる装置があった。大量のマニュアルとともに。テログループはもちろん歓喜した。これで過去へ戻ってミッドナイト社を潰せばすべては元に戻ると信じ込んでいたから。でも、試作段階にも入っていなかったその装置を、無理やり起動させたことによって、その場にいた誰もが、意図せぬ時間に戻った」

「それがこの時代?」

「そう聞いたわ。でも、それは違った。ある人が教えてくれたの。そのテログループは今よりも十年ほど前に時間を巻き戻したらしい」

亮平の中で恐怖が悪寒のように走り抜ける。

 「十年も前から?」

 「そう。意図しなかった時間よ」

「でもさ、先生は過去に戻る前に時間の流れを大きく変えてしまえば、時間軸が大幅にズレて離れてしまうとか言ってなかった?だったらその犯人はとっくにそうなってるはずだろ?」

佐々木は間を置いて躊躇いながらも言った。

「あれは嘘よ」

「嘘?」

驚きとともに、不快感が隠せない。清水寺で全員の命を救いたいと亮平が言った時も佐々木が時間軸がどうのこうのと言ってやめさせたのだ。結局、清水寺の事件は起きなかったが。

「なんでそんな嘘を?」

「そうでも言わなければあなたは全員を救おうとしたでしょ。そうなったらあなたの命は危険にさらされる」

佐々木はなぜそんなに自分にこだわるのか。その理由が分からない。だが、そのことを訊く前に、他に訊いておくべきことを先に訊いておこうと亮平は思い、

「それで、誰からその話を聞いたの?」

「数年前、今から数年後の事ね。私は大学を卒業して、カウンセリングの職に就いていた。

そしてある日、カウンセリングに来た患者の男が突然、時間の逆行について話し始めたの。

その男の正体が分からなかったから、もちろん最初は信じなかった」

 「でも最終的には信じた?」

 「ええ。私のこれまでの過去、そしてこれからの未来についてその男は事細かく言及したの。そこで私は戸惑いながらもその男を信じた。するとその男は、過去に戻れる装置を私に手渡した。でも、私は過去に戻りたくはなかったの。大切な人を二度も失うことになるかもしれなかったから。しかし、最後には決断した」

 「その男と一緒に時間を巻き戻したの?」

 「いや、男はその時間に残った。それに、私は時間の巻き戻しでこの時間軸に来たわけではないの」

 「どういう意味?」

 「少し複雑なの。また後で話すわ」

亮平はただ黙って、相槌を打つこともなく、佐々木の話を聞いていた。

佐々木は続ける。

「そのとき、私は決心したの。大切な人を救うために時間を戻すことを。正直、AIがどうのこうのとか、未来がどうなろうとどうでも良かった。それは定められている人類の運命だと思ったから。ただ、私は大切な人を守りたい。その一心だった」

「具体的にそのミッドナイト社を潰すためにそのテログループはどうしたんだ?ミッドナイト社なんて会社、聞いたことないぞ」

「それもそのはずよ。現時点でまだ存在していない会社だから。その会社が誕生するのは今から七年ほど先の話なの」

「ならテログループはなんで悠衣を狙うんだよ。悠衣とその会社に何か関係でもあるのか」

「彼女こそが人類を危機に陥れたAIの開発者なのよ。だからそのテログループは開発者である彼女を殺せば未来は平和になると思い込んでる。そんなわけがないのに」

 「悠衣が開発者?」

 納得と言えば納得であるが、彼女がそんな分野で活躍するのか。そして何よりも、彼女がそんな人類が不幸になる発明をするとは信じられなかった。

「じゃあ先生は悠衣を助けるためにこの時代へ?」

「遠回りした言い方をすれば確かにそう。でも、それが私の真の目的ではない。私の大切な人は彼女なんかじゃないわ」

「じゃあ誰なの?」

佐々木ははぐらかした。亮平も今踏み込むのは無駄足だと思い、質問を変えた。

「先生が過去に戻ったのは清水寺の事件前?」

佐々木は頷いた。

「そこから私は時間を何度も行ったり来たりしたの」

しかし、佐々木の言葉に、亮平はある疑問が頭に浮かんだ。

「待てよ。時間を行ったり来たりって、時間を戻すことは3回しか出来ないんじゃ?」

佐々木はかぶりを振る。

「言い方を間違えたわ。二回しか、ではなく、あと2回。これが正解なの」

亮平は訳が分からないというような顔をした。佐々木はそれを察し、説明を始める。 

「一人の人間が時間を逆行できるのは7回まで。それ以上は理論上では死んでしまう」

「なら俺はあと5回出来るはずだ」

佐々木は否定した。

「いや。あなたは既に6回時間を巻き戻したことがある。私と一緒にね」

亮平の頭の整理が追い付かない。身に覚えが全くない。数えれば、確かに自分は2回しか時間を巻き戻ってはいないはずである。

「言ってる意味が分からないんだけど」

佐々木は声色を変えて言った。

「つまり、6回時間を巻き戻したということは、あなたと私は今までに6回彼女を助けようとしたっていうこと」

「で、でも記憶がない!」

「それは時間を遡ったときに、私があなたのヘルメットを外したからよ。ヘルメットを被らずに時間を巻き戻せば今までの事を夢だと錯覚して記憶を失う」

「な、なんで俺の記憶を消したんだ?」

「私たちは、それぞれの大切な人を救えなかったから」

つまり、これまでに6回時間を巻き戻して彼女を救えなかった言うことか。そして、チャンスはあと一回しかない。だが、佐々木の話を聞いていく中で気になることが何点かある。   

その疑問を亮平は一つずつ解決していこうと佐々木に質問した。

「でも、記憶を消したのになんでまた過去に戻らせてくれたんだ?」

「あなたが死のうとしてたから。それを防ぐためには、あなたとまた時間を巻き戻すしかないと考えたの」

「なんで俺の命を?」

亮平は訊いた。

佐々木は、亮平を見てためらうような表情を見せたが、やがてゆっくりと答えた。

「私の大切な人は佐藤亮平、あなただから」

佐々木の答えは亮平の想像だにしなかったことだった。亮平の黒い瞳は大きく見開かれ、口はあんぐり開いている。

確かに今までの佐々木の言動からなぜ自分に拘っているのかは気になっていた。しかし、それは亮平が大切な人だからだと言うのである。一体、亮平と佐々木にどんな関係性があるのだろう。

そして、亮平は驚きで心臓が激しく動悸し、思わずどもった。

「せ、先生の、し、正体は、誰なんだ?」

しばらく佐々木は答えようとしなかった。沈黙が続く。

亮平には、その時間がとても長く感じられた。亮平も、その間に自分の頭に溜まりにたまった情報量を整理する。

佐々木の正体、そしてなぜ彼女が今までこのことについて隠してきたのか。

そして、彼女の大切な人は自分だという。

なんとなくだが、ずっと亮平が思っていたこと。しかし、違うと思っていたこと。

それが、佐々木の正体なのか。

亮平の頭は混乱している。

そして、物語は核心へと迫っていった。

「佐々木と言うのは、私の母方の旧姓。本名は・・・・・・」

亮平はじっと黙って、佐々木の答えを待った。

「永野悠衣よ」





すると、二人が乗っている車の横をパトカーがサイレンを鳴らしながら横切っていった。

亮平の腕時計は、6時を指している。

夕焼けで、空は真っ赤に染まっていた。

太陽が、また別の場所へと昇るために、落ちていくのが窓から見える。

時間の流れは、また急速に、進み始めた。












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