亀裂

 ゴールデンウィーク前日、山原が終礼時に課題のレポートを生徒たちに渡した。

 ほとんどのゴールデンウィークの課題は一週間ほど前に既に配布済みなので、大部分の生徒は課題を終え、楽しい休日を過ごせると思っていた。

 その期待が大きかっただけに、新たな課題を見て生徒たちは憤慨した。

 「なんで今何ですか!」

 木村が山原に抗議した。

 「本当は昨日のうちに渡そうと思っていたんだが、印刷するのを忘れたんだよ」

 「ならそのまま忘れておけばよかったのに」

 木村がブツブツ文句を唱え始めた。山原にかろうじて聞こえないくらいの声で言っているのが面白かったのか、隣にいた前山がけらけら笑っている。

 レポートの内容について書かれた紙が前の席から配られてくる。亮平は一枚とって後ろの席に回すと、興味なさそうに紙を制カバンにしまった。どうせ中身は分かっている。

AIについてだ。これからの未来にAIがどのような影響を及ぼすかなどを書かなければならない。しかも、指定の枚数以上を原稿用紙に埋めていかなければならないので、書くのが得意な人以外は至難の業である。とは言いすぎであるが、少なくとも亮平にはそうなのだ。

「何これ、絶対無理だって」

白石が独り言のように呟いていた。木村に至っては、配られた紙を山原にバレないように破り捨てている。それを周りの生徒たちが面白そうに笑っていた。

山原は生徒たちにレポートの概要を口頭で説明し始めた。

 「AIと未来の私たちについて書いてもらいます。このことについては昨年度、三学期に社会の授業で習いましたね。その勉強した成果をここで見せてください。レポートと一緒に、自作のポスターも提出してもらいます。それをふまえ、6月の校内の発表大会で全クラスの前でスピーチをしてもらいます。ですので、生半可なレポートを作れば、自分が笑われるだけという結果になってしまいます。さらに、発表大会では順位もつくので、優秀な成績を収めた生徒に関しては内申書に役立つでしょう」

 松田がそれを聞いて既にレポート作成に取り掛かっていた。少々気が早い性格である。それが、良い方向にいっているのだから誰も文句は言えない。

 「よく調べ、よく考えてください。AIはあなたたちの将来で最も重要になってくることでしょう。その頃には先生は死んでいるかもしれませんが。また、もちろんわかっているかとは思いますが、引用元はちゃんとレポートの最後に記入しておくこと。あとの詳しいことは今渡した紙に書いてあるので、木村以外はちゃんと読んでおくように」

 山原はそう言って、ジロリと木村を睨みつけた。先ほど破り捨てていたことを山原に気付かれていたのだ。木村は苦笑いを浮かべて軽く頭を下げた。

 「それじゃ挨拶宜しく」

 すると、新しく学級委員となった森春が号令をかけて終礼は終わった。

 生徒たちはぞろぞろとそれぞれの友達を連れて帰っていく。彼女も白石と一緒に教室を出ようとしていた。最近は彼女の方から自分を避けて来るのでバスの下校時間も微妙に変えられているのだ。会えば気まずくなるからだろう。つまり、ここで彼女と話すしかない。

 亮平は彼女を呼び止めた。しかし、彼女は振り向かない。二回目も呼んだが彼女はそのまま行ってしまいそうになった。恐らく気づいていないふりを装っているのだろう。亮平としても引き下がるわけにもいかない。

 今度は彼女の肩を叩いた。彼女はようやく亮平の方を振り向いて言った。

 「何?」

 「俺が言ったことちゃんと守ってくれよ」

 「ゴールデンウィークはどこにも遊びに行かないってやつ?」

 「ああ」

 「分かったよ」

 「ありがと」

 彼女は素っ気なく踵を返した。

 「それで理由は教えてくれないのね」

 亮平は彼女が去り際に言ったことがひどく亮平の胸に大きな傷をあけた。 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る